空っぽの街/玉手箱の里 

夜中の0時過ぎ、風呂に入っている間にWindows10のupdateが行われ、書きかけて完成間近のブログ原稿がおシャカになってしまった。もっとも、0時過ぎてからは更新していいように設定したのは私であるが……。

マンションの建築現場と、右端はトークイベントの様子。左から平井・浜・北島の各氏
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人も猫もいない空き地の光景、「遠近法の教科書」と平井玄が評した空っぽの東京が延々と続く。これは新宿photographers'galleryで行われている浜昇「VACANT LAND 1989」の印象である。同名の分厚い写真集も出版されている。バブルで地上げされ放置された空っぽの都市は現在巧みに修復されたかに見えるが、多数の自殺者を生み共同体を崩壊させた時間は戻らない。写真家・浜昇に評論家の平井玄とphotographers'galleryを主宰する北島敬三を交えたトークイベントでは、これを津波ならぬカネがもたらした大災害の被災地とする捉え方が共有された。

                 
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浜は70年代後半の自主ギャラリーPUTで活動し沖縄も撮っているが、その辺りのことはよく知らない。「VACANT LAND 1989」を撮るきっかけは、四谷に住む浜が町内会の記念誌か何かを出すために、住民に取材したことにあるらしい。四谷では兵隊から帰って築き上げた街がダメになった。浜は何もできないので写真だけは撮っておこうと思い、つまらない作業だが、裁判に使えるよう場所をきちんと記録することに務めた。葉っぱや草が写ると風景写真になるので夏は撮らないし、転居先や挨拶の記された立て札は画面から外したそうだ。昔、都市論や風景論が流行ったが、生きた人間が存在しない場所では都市論・風景論にならない。これらは個人の歴史が抹消された単なる空き地だという。浜は今、東京の工事現場をデジタルで撮りつづけている。
新宿に育ち今も新宿に暮らす平井は、著書『愛と憎しみの新宿』(ちくま新書)で写真集『VACANT LAND 1989』に一章を割いている。

                    
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六本木のストライプハウスギャラリーで行われた塚原琢哉「60年前の記憶 遙かなる遠山郷」はこれはこれで大変印象的な写真展だった。南アルプスの山襞に囲まれた下栗の里 遠山郷は、今でこそ日本のチロルと呼ばれ「にほんの里100選」にも選ばれているが、写真を始めて間もない頃の塚原が訪れたときは、秘境にも近かったのではないか。60年もの間、陽の目を見ることなく眠っていたネガからプリントされた写真は、霜月祭りなど伝統行事を守る当時の山村の暮らしを奇跡のように甦らせる。写真集が信濃毎日新聞社から刊行されている。

                         
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7丁目へ行ってみたが猫には会えず、代わりに東京新聞の兄さんにばったり遭遇した。向こうも「アレ?」という顔をしていた。帰りにテルに挨拶しようと思ったら、寄っては来たがチトご機嫌がよくないようだった。猫の心と秋の空か。そして、ざくろ小路の子猫に襲いかかった過酷な事件のことも取り上げようと思ったが、また来週だ。

                  
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テルという名の女 

                           
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検査の結果、眼鏡を作り替えることにした。私の目は左が老眼、右が軽い近視で、両方に乱視があり、左には網膜前膜による色抜けや歪みがある。取りあえず眼鏡で補整できる分はやっておきたい。若いうちは目が補正するが、だんだん無理を生じ疲れの原因になるとのこと。現在の眼鏡は20年近く使っているはずだが、なぜか乱視の補整はしていない。検査士に見せるとフレームが大きすぎてレンズや視野に歪みが出るという。実際、外して光を反射させ確かめると周辺が妙に歪むのが分かり最初から気になっていた。そこでフレームごと新調することにした。値段は2万6千円弱。出費だが目にはまだ30年は働いてもらわなくてはならない。

                               
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砂銀へ行きついでにテルの様子を見たが、天気がイマイチなせいか行きも帰りも寝ていた。別の日、起きていたので呼ぶと近くまで来るが触らせてくれない。写真を何カットか撮らせてもらうと、つまらなそうに奥へ引っ込んでしまった。砂銀の先にいる白黒ぶちのノラは、喧嘩したのか尻尾の先が使い古しの筆みたいになっていた。よく見えなかったが後ろ足も損傷しているようだった。猫の世界は熾烈だ。
ところで、テルという名前は何だか人間くさくて呼ぶのが照れくさい。過去にテルという名前の女性を2人知っている。1人は弘前の下宿屋の女将。当時は襖で仕切っただけの部屋に怒りあくどいとも思ったが、農場実習の日に別立てで弁当を作ってくれたり、実は大変お世話になったのである。4年の時だったか、清水の舞台から飛び降りるつもりでそこを「脱走」し、自炊に入った経緯は以前ブログに書いた。

                             
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もう1人はかつて高円寺北口にあったバー・テル(正確な表記は不明)のママである。私は1人でこの手の店に入れない性格なので、行ったのは誰かに連れられていったか誰かを誘っていった場合だろう。何かのイベントの帰りに、今は故郷に引っ込んだT氏と3人、新宿で飲んだこともあった。店では溝のすり減った『ラブユー東京』のB面『涙とともに』をよく掛けてもらった。蟹座の人、テルさんが亡くなってもう二十数年は経つだろうか。お弔いの知らせをもらった時には故あって出られず悔いを残した。テルのあった路地の辺りは再開発で一変し、今や痕跡を探すべくもない。

                    
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隻眼の黒猫テル 

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6時頃寒くて一度目が覚めたので、ヒーターを数分点けてトイレに行き、寝直したところ次に目覚めたのが11時。寝たのが通常通り2時だからほぼ9時間眠ったことになる。明け方に寒くて目が覚めるのは冬期の常で、深刻な問題だ。敷き布団が少々へたってきたことや、マットレスが同様にへたったことなどが関係しているかもしれないが、マットレスなど買おうとすると結構高い。前の冬は保温シートを下に敷いたりした。

前に書いたツナ餃子の話。時々作り続けていたが、多少コツが分かってきたので記しておく。まず素材として千切りキャベツをさらにカットして使っていたが、餃子はざく切りの方がいいという説があり、一度使ったことのある餃子用のカット野菜(旭物産製)に戻した。しかし、このカット野菜は消費期限が短いこともあり、調味料やツナを混ぜた上で保存するしかなく、そうやって保存した方が味が馴染んで大変美味となる。味付け(特に塩)はほんの少しだけでよい。半日も置いておくと水が出てくるのでそれは捨て、時々かき混ぜる。
その後ダイソーで買った餃子包み器が活躍するが、包み終わったら小麦粉でいいから取り粉は必ず付ける。ツナだから焼くときの水は少なめに。ただ最後の焼き色を付けるのだけは上手くいかない。どうしても生白いうちに上げてしまう。最後は強火で一気にやった方がいいかもしれない。

                    
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砂銀へ行く途中のお宅に黒猫がいる。左目が抉りとられ痛々しい。奥さん(?)に声を掛けて写真を撮らせてもらい、ついでに名前を聞くとテルだという(私は勝手にクロと呼んでいた)。通り過ぎてから奥さんが追いかけてきてどういうことでしょうかと聞くので、単なる趣味です、猫が好きなのでと答えたが納得してくれただろうか。奥さんは中年の半ばくらいだと思うが、よく見ると結構美形であった。同じ通りの古書店で佐藤佐太郎『短歌作者への助言』(1979)購入、100円也。

                                  
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このところ立ち寄ることが多かった新宿二丁目のギャラリー、ポルトリブレが今年末で幕を下ろすという。ポルトリブレとは自由港という意味で、話し好きなオーナー平井勝正氏の人柄もありいつもたくさんのアーティストが集まっていた。幕引きの理由は入居しているビルの建て換えということだが、文字通りに受け取るわけにはいかないようだ。

                        
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ワカサだけではやっていけない 

乙供駅前
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10月はこんなに寒かったっけ、というような日が続く。ファンヒーターを点けないわけにいかない。そのくせ朝は日が射せば結構暖かい。
新聞のスクラップの大変さを書いたことがある。我が家には新聞の手付かずが7、80センチは積もっているし、仕分けしスキャンがこれからなのが何か月分かある。今スキャンしているのがやっと12月分だから先は長い。10か月分くらい遅れている。現実は溜まる一方である。どうしたらいいものだろうか。
前に2回、短歌を載せてくれた同人誌の編集長から、次号に俳句を予定しているので短歌もまた載せないかとのお誘いがあった。今度は作り置きがないので新たに作らなければならない。こんなことはやったことがない。出来るだろうか。いま帰郷の時の情景を元に頭をひねりつつある。締め切りは今月29日。ギリギリだ。

                         
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さて、株高と台風襲来で望外の勝利を手にしたアベだが、なぜか顔色は冴えない。政権の公約では2019年10月から消費税を10パーセントに上げるという。その時はあの複雑きわまりない軽減税率が適用される決まりだ。2パーセントは幼児教育無償化等の財源に当てるのだとか。前回の税率UP予定時は「新しい判断」を持ち出してスルーしたが、この例がある以上、次回リーマン・ショック級の異変がない限り延期はしないという約束も虚妄だろう。もし増税が延期されれば幼児教育の無償化はご破算となるか? アベは仮定の質問には答えないと逃げるだろうが、政治はすべて仮定(イフ)である。もしもの時にどうするかを考え手を打つのが政治なのだ。だからこそアベ自身も非常事態条項をつくろうとしているのではないのか(実態はうそっぱちだが)。
19年は五輪特需で多少の景況感アップはあるだろう。だが貧困層に厳しい消費税の負担は永遠に続く。消費税が上がり五輪の負債を抱え込んだ日本の経済がやっていけるとはとても思えない。だいたい「国難」という切迫した意識と、何十年も掛かる少子高齢化対策をどう結びつけるのか。国難というのなら富裕者に税負担を頼むのが筋ではないだろうか。
 
                  
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若狭勝が政治家を引退するそうだ。共同代表には若手の玉木が就くような口ぶりだ。大山鳴動して何とやらを絵に描いたような騒動だった。党首が選挙当日にパリ見物では、当日も選挙事務所の名前で電話し投票を呼びかけていた自民党と差が付いて当然だろう。この方法は「○○に一票を」といわない限りセーフとのことだが、限りなく黒に近い。それを得々としてテレビでバラす田崎史郎の神経を疑う。

                       
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昨日、悲(かなし)辺地にて…… 


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寒い野辺地から帰って、東京でさらに寒い思いをするとは……。今回は弟が胃が痛いとか何とかで対応が悪く料理は手抜き、天気もイマイチであった。しかも右手が火傷の後とあって、雑草取りは中途半端に終わった。弟は草には無頓着な一方、庭の山桜を切りエントランスのさわらを切り、その他灌木も幾つか切ってしまったようで、父が育てた緑がどんどんなくなっていくのが淋しい。
10月14日は鉄道記念日。12時前の新幹線で上野を経つ。今回は往復とも座席が通路側なので景色は見られない。八戸で青い森鉄道に乗り換え、3時半野辺地着。青い森鉄道701系はJR時代の白鳥などと違い通勤電車であり、台車のせいか揺れ方が激しい。準急「しもきた」はディーゼルエンジンの振動が響くので敬遠している。
野辺地は相変わらずひっそりしている。弟の車で花を買って墓所へ行くが、弟はお寺へは入らないという。やむなく1人で墓の草を取り泥を落としてから、線香を上げて灯明を点す。両手を合わせ目をつぶると父母や弟の笑顔が見えるようであった。お寺から淋しい日暮れの町を徒歩で家へ向かう。

                          
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次の日は寝坊して10時頃起きだし、昼食後の腹ごなしに家の回りの草取りをする。それから母の従弟Tさんの家まで弟と行ってお土産を渡し、弟と別れて写真を撮って歩く。金沢の石神様を訪ねるとYさんが出てきたので話をするが、壊れた鳥居再建に進展はないようだ。後の家のUさんが動かないのでみんな動けないという雰囲気。筋向かいのK建材の奥さんが古くからここにいてよく知っているかもしれないというので、今度はKさん宅へ行き3人で話す。かつて幟を作ったが揉めごとが起こってお蔵入りになったった由。石神様は女の神様だからよく揉めるということだ。そのうち、石神様の祀り主のUさんは私が育った浜町の人であることや、石神様の後のUさんは野辺地の文化人S・Uさんの奥さんであることが分かって驚いた。U・Sさんは『野邊地方言集』の復刊などにも携わっているはずで、早くに亡くなったことが惜しまれる。そんなことを話している間に外は真っ暗になっていた。

                        
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3日目は枇杷野開拓への淋しい道を途中まで行ってみたら、養豚家のOさんが養豚を止めてしまっていた。「歳で疲れるから」と言っていた。昼食後は旧姓Aさんの薬局に寄って話をし、墓参りついでに写真を撮り歩く。海中寺の中に地蔵堂と稲荷神社があるのを知ったのは収穫だった。前回見つけたガーデンカフェという喫茶店に入って小休止し、帰ろうとすると空が夕日に染まっている。しかし急ぎ足で鳴沢橋の所まで来るともう色は薄れ、写真にはならない。

                    
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衆院選がどんな状況か知らないが、Webを見てもテレビをつけてもアベのおぞましい顔が出てくるのはどうしたことか。メディアは全て自民党に乗っ取られた(これは事実)かのようだ。今日の東京新聞で竹田茂夫氏が「安倍政権の本音は強面の国家作りにあり、経済は国民を引き寄せる餌にすぎない」と書いている。消費税で教育の無償化……「赤い羽根」のような詐術になぜ騙される?

                              
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