崩壊か構築か? 

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こんな日は仕事はほっぽり投げても許されよう。
6月15日は奇しくも57年前の安保闘争で反対派が国会正門に突入し、樺美智子が亡くなった日である。狙ったのか偶然かわからないが、慌ただしい幕引きの裏にはアベの体調もあるという。国会審議最終日のアベはどす黒い顔色をしていた。
前号記事のコメントに書いておいたものを補足訂正すると、アッキーと結婚記念日を祝っていた6月9日の夜、アベは体調不良を来たし慶大の主治医が私邸に駆けつけたというのである。繰り返される異常なぶち切れ答弁も、体内に常に地雷原を抱えているとすれば分からないこともない。虫歯どころではないのである。だが、テレビは加計学園の他、ロンドンの火災や淫行事件などに掛かりきりで思考停止し、強行採決の事実などきれいに抹消してしまったようだ。政権のダメージコントロールが功を奏したかたちだ。しかし歴史が繰り返されるとすれば、アベの祖父・岸信介は強引な政権運営が災いして6月19日には退陣に追い込まれているのだが、ね。

                      
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16日は西麻布のチトおしゃれなNANATASU GALLERYへ行ってきた。
久野彩子という女優みたいな名前の作家の造形作品展『Rebirth』である。
ロストワックスで造形した金属にモルタルや樹脂などを組み合わせて精緻な宇宙を創りあげていく。それは壊れていくもののようでも、これから築かれていく途中のようでもある。緊密な都市の再構築というモチーフが小品にまで貫徹している。見つめればミニチュアの迷宮に引き込まれるようだ。

このギャラリーは写真撮影可能                      
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写真には土門拳賞という賞のほかに土門拳記念館を持つ酒田市の土門拳文化賞があり、今年はストラーン久美子の『横須賀ブルー ペルリ164年目の再上陸を想起する』(選評はこちら)が選ばれ、新宿ニコンで展示された。作者は20年間アメリカで暮らし、帰国後は米軍基地でそのカルチャーの違いを教えているという。
観ていくとキャプションの「を臨む」というところに紙を貼り付け直してあった。私が「見る」という意味ならば「望む」ですよというと、もともとそうなっていたのをお客さんに言われた直したのだと当惑していた。また、「防衛大学」というのは存在しない(大学ではなく防衛大学校だ)とも指摘されたそうである。それは知らなかった。夜、高円寺の鳥渡へ行くと隣の男が「ウオッカ」「ウオッカ」と話していたので、「ウオツカ」が正しいのではと言うと沈黙した。今回の鳥渡の展示は萩谷剛『ゆきまちめぐり』。6×6のモノクロで冬の喜多方を堅実に撮っている。カメラは旧ソ連製のイスクラだと言っていた。中古で5万円くらいするとか。

                      
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歯医者通いは特定秘密 

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団塊の世代のS君が脳梗塞で入院したというので、早速見舞いにと思ったら「誰とも会いたくない」と頑固を言っているそうなので見舞いは諦め、代わりに昔のモノクロ写真をプリントし直して送った。彼と彼の息子を立川のレストランで撮ったものと、もう1枚は有志で足尾へ行ったときの写真で、彼の娘と息子が足尾の道ばたで遊んでいる。いずれも86年の秋冬のものだ。S君からは「孫がこの年頃になっている」という返事が来た。手術はしなかったが延べ3か月、80日の入院とは長い。独り身ならば完全にアウトであろう。彼は退院後の今も右手右足と発音にマヒが残り、車の運転も自転車もダメだそうだ。好きなビールは御法度となった由。インド旅行も控えざるをえないだろう。

                       
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追い詰められても悪巧みは止めない安倍晋三が、国会で無自覚の裡に仰天の発言をしていた。6月5日の衆院決算行政監視委員会の質疑で山田宏がこう聞いたのだ。歯と健康の話で、定期的に歯医者へ行く人と歯が痛くなってから行く人がいるが、総理はどっちか……と。するとアベはお仲間の質問だからか気を許し笑いながら、基本的に痛くなってから行くが、しょっちゅう痛くなるので定期的に行くようになっている、と答えた。政治家は風邪を引いたというだけで重病を疑われる商売である。ましてや総理大臣だ。そうペラペラと身体の不調を言うものか。子供じゃあるまいし、あの歳でしょっちゅう歯が痛くなるなんておかしくないだろうか。彼は前歯の乱ぐいが目立ち、それだけで欧米の指導者には見られないような幼児性を感じさせる。まさか歯痛のせいで悪巧みに拍車が掛かっているわけではあるまいが、ひょんなところでアベチンの急所を知らされたような気がした。

                         
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先々月の記事(こちら)に魚屋が閉店した写真を載せたように、このところ北砂地区は閉店・廃業がすこぶる多い。いつも使っていたクリーニング店が跡継ぎがいなくて廃業閉店、写真店が閉店、米屋が閉店、お年寄りがやっていた寸法直しの店が廃業、赤札堂前の青果スーパーが閉店、自転車屋が……おっと、こちらは建て換えのため空き店舗にて仮営業であった。なにしろ、砂銀を挟む北砂3・4・5丁目は官民挙げての木密不燃化10年プロジェクトが動き出している地域ではあるが、店舗や店主の代替わり期にも当たっていたのか。閉めた方がよさそうな酒屋はいつまでもやっている。

                      
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さて、土曜日は短い散歩から帰って串団子を1串食べたら急に眠気が兆し、1時間ほど居眠りして出遅れた。串団子恐るべし。最終日のイー・エムは断念したので観たのはZEN PhotoGallery(加納典明 写真展「絶夜」)とギャラリー冬青(渡邊博史『顔、顔、顔、』)のみ。疲れが激しいので夜の予定は諦めた。忙しいばかりで得るところ少ない1週間だった。

中野・阿佐ヶ谷・高円寺 

何だか妙に忙しない。原因のひとつはギャラリー回りだ。毎日夕方には出かけて1か所か2か所は必ず回るついでに、電車の中で新聞を読むのが日課になっている。以前は適当に取捨選択していた(せざるを得なかった)ものを、最近は都合の付く限り有料以外のほとんどを回るようになってしまった。これでは身がもたない。電車で新聞を読むのも目に良くはないと思う。

                  
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2日、荒井眞治の写真展『アメリカを好きですか?』が最終日なので西荻まで出向く。荒井は毎日の出版写真部長を務めたが10月に定年を控えるという。展示は在日米軍基地の街を撮ったもの。最後に付け足し(心情的にはこちらがメインかも)のように写真とともに掲げてあった伝説のロックバンド「村八分」の結成メンバー、山口冨士夫への追悼文がチト気になった。山口は2013年に福生駅前で他人に殴りかかるアメリカ人男性を止めようとして突き飛ばされ、脳挫傷のため死去。享年64。「村八分」はメンバーが入れ替わりつつ現在も続いているという。
会場のSAWYER CAFEはゆったり目のスペースでジャズのレコードが揃い、酒も飲めて深夜までやっている。西荻は漫画家などが多く、ミュージシャンは腐るほどいるとか。確か北尾トロも西荻ではなかったか。北尾は数々の裁判ルポで知られるが、最近は自身のインプラントの失敗を本にしていたようだ。中央線沿線のこうしたインテリ文化圏は独特の雰囲気があり、それがまた物語を生み出す分厚い舞台にもなっているのだが、私はついにそこへ入り込めなかった一人だ。そういえば昔、男女デュオの歌う「中野・阿佐ヶ谷・高円寺」という歌謡曲があったな……と、暮れゆく車窓を見ながら思い出していた。

    
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たまたま某君のブログを見ると道浦母都子『無援の抒情』を取り上げていた。彼のブログは1日の閲覧数何百人とMyブログとは比べものにならないが、俳句や短歌などの記事にはコメントがほとんどつかない。でも、彼が取り上げている詩歌はしっかりしたものばかりだ。さて、道浦の人口に膾炙した「カルチェラタン」の一首は、このところ連絡の取れない友人N君が「つまらない」と言下に切り捨てて以来、私もあまり評価していなかったが、某君はその「音楽性」を買っているようだ。仲間内では亡くなったI君が評価していた以外評判はイマイチだったように思う。何となく「マジ」な詠いぶりが気に入らなかったのかも知れない。しかし、歌人の評価は少なくとも一冊の歌集を読んでかからなければ公平ではない。東京新聞の「一首のものがたり」でも道浦を取り上げ、「われらがわれに還りゆくとき」という彼女の歌集の言葉を引いて論評していた。

                   
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総理のご威光すさまじい 

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大学の恩師が1月28日に亡くなったと届いた同窓会報に書いてあった。享年89。エントモロジーの泰斗である先生に、その昔とんでもない戯言を述べてとことん呆れられたのはこの私だ。おかげでその後の30年ほど、私は先生の記憶から完全に消去されてしまった。今年の年賀状に「90歳になるので以後賀状のやり取りは遠慮したい」とあり驚いたが……。東京の地にてただご冥福を祈るばかりだ。

         
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これまでの眼科クリニックに愛想が尽き、今日南砂のK眼科へ行ってきた。予約は朝9時。我が家からだと丸八通り1本だが、混みそうなバスを避けて急ぎ足で向かうと約25分で着いた。南砂町駅は改修工事で出入り口が移動され広場はゴチャゴチャしているが、そこに面するビルの2階、前からよく知っている場所だ。なお、町名は「南砂」、駅の名前は「南砂町」であるから注意を要する。
さて、眼科は朝から患者が詰めかけ、若い女性の事務員がキビキビと動いているのは気持ちがいい。患者に高齢者が多いのは前のクリニックと違うところ。雰囲気もいい意味でだいぶ違う。診察はまず眼圧や曲率を測り、視力検査はタブレット操作の省スペース視力計で行う。どういう原理かランドルト環はクリアですごく見やすい。視力も1ランク良く出る感じだ。メーカーをさぐろうとしたが分からなかった。また、チャートで視野の歪みなども検査する。それから散瞳の眼薬を付けてしばらく待ち、眼の奥を撮影する。そこまでは想定内だったが、次に女性の先生のところに回され、いつもと違う猛烈な光を何度も何度も浴びせられたのには参った。終いに吐き気がしそうになった。
院長の診断は、網膜前膜と白内障があるがいずれも軽い。眼底出血は認められない。色が抜けて見えるのは網膜の感度低下だと言う。とりあえず、網膜の機能を改善する飲み薬カリジノゲナーゼとドライアイの点眼薬ヒアレインを出してもらった。来週はメガネ合わせと視野検査を行う予定だ。結局、左側だけ視野が歪み色が抜けたりもやが掛かったように見える原因ははっきりしなかった。徹底的に検査してもらったので一安心ではある。

            
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観てますか、お昼の『やすらぎの郷』。倉本聰オリジナル脚本による大人のドラマという触れ込みで、テレビ・映画関係者専用の老人ホームを舞台にし、主人公の石坂浩二を筆頭に昭和の名優たちがゴロゴロ出るので話題性があり視聴率も上々らしい。昼めしのおかず代わりに時々観ているが、どうも食えない。山本圭のあだ名が「大納言」だということや、私の好きな風吹ジュンを認知症にし自殺させてしまったことも何だが、致命的なのは石坂浩二はじめ俳優みんな老人が身についていないことだ。そのため老人のお面をかぶった俳優がドタバタしているようにしか見えない。倉本先生の悪口はプロにはなかなか書けないだろうから私が代弁しておく。

獺祭って旨いのかな
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布団は冷たいが町は温かい 

                           
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思い出の松浦食堂。右の酒屋はお休み
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いやはや、今回の帰省(墓参)は雨風に祟られて散々であった。1日目(13日)は東京も雨で駅まで行くうちに手提げ袋の上に載せた新聞がビショビショになった。雨風が強いので墓参は中止、草取りも写真撮影もできないので、ローソンでカーネーション1本を買い仏壇にお土産と伴に供える。カーネーションは土の代わりに消臭剤と似たようなビーズが入っている。どのくらい持つものであろうか。夕食を食べ、飲んでいるうちに弟が絡み出したので、まだ6時だが早々に引き上げる。風呂は面倒だし私が入った後のお湯は捨てることになり、もったいないのでシャワーにするが当然寒い。ベッドは冬布団を掛けたので大丈夫だろうと思っていたが、夜中に風が強くなり、身体が温まらない。毛布を追加したがまだ寒く、PETボトルにお湯を入れて湯たんぽ代わりにしたが効かず、熱いお湯を入れてやっと寝付けた。

                    
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次の日は寝坊したので、昼ご飯を食べてから墓参りに行く。周りを掃除して花を供えるが、線香やろうそくは風が強いので立てられない。写真を撮り歩きついでに、本町の旧姓Aさんの薬局に寄り四方山話。中学のN先生が亡くなったという。N先生は音楽の担当で私をコーラスメンバーから降ろした事件の恨みが忘れられない。顛末についてはこちら(たかしくんに言わせると生徒虐待だという)。ついでに大根のど飴を1つ買う。家のまわりの草取りをするが、地面が濡れているので靴が泥だらけになってしまった。ダイエーのアイディアショップで買った狭いところの草が取れるという器具を使ってみたが、屈んでやるので膝と腰がけっこう痛くなる。結局、3分の1ほどはやり残した。
さて下町の途中に脇へ入る二股道があり、いつも歩いて撮っている道だが何となく気になっていた。今回たまたまそこにいた男性と話をしたところ、この道が江戸期の旧道だと聞かされた。道は川で途切れているが、かつては橋で川向こうの道につながっていたのだという。意外な情報だった。藤川旅館の横の道は新しい道だということになる。

真ん中の写真、右の道が江戸時代の旧道だという
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3日目も烏帽子のお山は姿を見せない。親戚のHさんのところへお土産を届け、写真を撮って歩くが天気が悪く遠出する気にならない。鳥居が壊れた石神様へ行ってみた。再度近所のYさんやUさんと話をする。石神様が財務省の土地であること、Uさんの本家(在北海道)から毎年しめ縄が送られてきていること、石神様は軽石なので年々小さくなってきていること(屋根を掛けるのが望ましい)、鳥居の廃材で賽銭箱を作ってもらったらお賽銭ごと盗まれたことなどの話を聞かされる。塩ビの鳥居が安価なので本家の人の意向も聞き、何とかご近所を纏めてもらえないだろうかなどと話していると、Uさんが私には荷が重すぎてできないと言い出した。とりあえず本家の電話と住所を聞いて置いてもらうことにする。確かに高齢のUさんに負担を掛けるべき案件ではない。帰り際にYさんはこっそり「(ご近所は)みんなこうなんですよ」と打ち明けてくれた。石神様の存続に責任を負わされたくないという思いらしい。

                
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もう一度お墓に寄り灯明だけ点けて懇ろに拝んでおく。帰り道、偶然役場の近くにGARDEN CAFEという小洒落た喫茶&雑貨の店を発見したので入って珈琲を飲む。広い店内はログハウスふうでテーブルやイスも手造りで纏められ、カントリーウエスタンが掛かっている。弟に聞くと彼の同級生の娘さん達がやっている店だそうだ。女性向けだというが、野辺地は喫茶店が少ないので続いてほしいと思う。

                    
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