半貧困 

亀戸

湯浅誠氏の講演会へ行ってきた。湯浅氏は反貧困ネットワーク事務局長、自立生活サポートセンター・もやい事務局長で、「年越し派遣村」の村長も務めた。江東区議会の1会派である市民の声・江東が亀戸で開いたものだが、300人近い(推定)聴衆が集まったのは貧困が喫緊の大テーマになっているからだろう。敗戦から数えて66年、不景気の時期はあったとしてもひたすら成長を続けてきた果てに、貧困が問題になるとは思ってもみなかった。しかも自分がその崖っぷちに立たされようとは……。湯浅氏の話は希望の道を示すところまではいかなかったが、国→企業→家庭→個というカサ状の社会保障構造が固まったのは70年代中盤だったというのは興味深い。カサからはみ出すケースは想定されていなかったのである。偶然かどうかそれは私が東京へ出てきた頃である。

最後に質疑応答があり手を挙げた1人を見て驚いた。顔見知りのSさんというご老人で「日本人は贅沢ですよ。デパートへ行ったら高いカニに人が群がってるんです。西欧の食事はホントに質素ですよ」などと、いささかKYなことを言い出したので笑いが漏れた。最近は病気でいつもやっと歩いているような感じだったが、大丈夫なんだろうか。
    

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チリも積もれば 

団地

今日は月1回の古紙回収の日だったので、前夜は溜まった新聞を選り分け、取っておきたい記事を必死でスキャンした。この作業に1週間以上かかる。古紙回収の日というのは私が勝手に決めて回収のおじさんに電話し、同じフロアの各戸に小さなチラシを配ってお知らせしているのだ。回収はだいたい下旬の土曜日である。ずっと前、私が自治会をやっていたとき集団回収に踏み切り戸別回収を始めたが、宗教団体に自治会を乗っ取られてからは1階に降ろさなければならなくなり、彼らの盆踊りの費用にされるのもばからしいのでこういう方法にした。読み終わった新聞を無造作にごみ箱に捨てている人がいるが、もったいない話だ。今日の新聞は確かにお金にならないが、1か月分の新聞はトイレットペーパー2個くらいにはなるのである。

それにしても新聞の情報量は多い。私はスポーツ欄などはほとんど読まないが、そのほかの記事で読んでいるのは3分の2くらいだろうか。回収前にもう一度ざっと目を通し、取っておきたいものだけスキャンしてパソコンのファイリングソフトに取り込む。しかしこれらの記事もまた死蔵され、後々役に立つのはせいぜい1パーセントといったところだ。自己満足ともいえる。

午前2時、廊下に置こうとしてドアを開けると、外は冷たい風が吹きまくっていた。新聞が風で飛ばないよう、しっかりテープを掛けておく。
  

蛇崩 

蛇崩
蛇崩交差点

上目黒の夫婦殺傷事件はなんともおかしな犯罪である。金が欲しいという理由でいわき市から東京までバスで出、中目黒まで行って目についた家に押し入り主人を刺殺する。容疑者の言うとおりなら、犯罪までもが現実性を失い迷走する現代を見る思いだ。欲望と手段がとてつもなく乖離し、欲望は満たされないばかりか当人を更なる窮地に追い込んでしまう。今回の容疑者があっさり捕まったのは、街中に張り巡らされた監視カメラのおかげだとか。どこまでも無防備な犯罪者と監視カメラの社会は互いに馴れ合っているかのようだ。

実は被害者宅の辺りは私もよく知っている。かつて蛇崩に住んでいたとき、中目黒駅までの蛇崩川緑道は通勤のほか散歩や買い物によく歩いた道筋である。被害者宅も蛇崩川の谷間に面した住宅街の中の一戸で、遊歩道から見るとそびえ立つようないかにも金持ちの家という印象だった。それが加害者の被害者意識に火を付けたのだろうか。被害者宅から少し上流側へ行くと『歩道』の歌人・佐藤佐太郎の自宅があった辺りでその表示板が立てられている。佐太郎は折に触れ蛇崩川の四季を詠んだ。蛇崩川は全域で暗渠になったが情緒ある風景は変わっていないと思う。凄惨な事件には結びつけにくい。