新しい街 

ノボタンの葉は柔らかい
ノボタン

今日初めて新しい地域にポスティングした。砂町銀座の南側、清洲橋通りと明治通りおよび丸八通りにはさまれた街区だが、砂銀の北側とは印象がかなり違う。ひと言で言えば生活水準がほんの少し上である。敷地の大きな団地や廃屋は少なく、整然とした街路に家がぎっしり立ち並んでいるという感じだ。お寺や神社もある。つまりこちら側が古くから開けていた土地だという証拠だろう。例の「江戸明治東京重ね地図」で見ても町屋が多く、神社仏閣や村役場があるのは南側である。明治になると北側の小名木川沿いに工場が建てられていく。その工場群が団地や大規模マンションに変貌したのだ。

亀高神社の参道
亀高神社

今まで30年近くこの街に住んできたが、こんなふうに歴史を細かく考えたことはなかったし、地域の差違に思いを馳せることもなかった。これもポスティングの効用であろうか。今日は街の一角に少し配っただけだが、慣れないので無用の行ったり来たりが多く、いささか疲れた。
   

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秋深し 

路地

今日は久々にチラシ配りをやった。実に半月ぶりのポスティングである。今度は配布の地域も変更され、6丁目がなくなった代わり4丁目が加わった。やる前に配布禁止住宅というのを確認して会社に確認書を出さなければならないのだが、新しい地図では禁止住宅の数がめちゃくちゃ増えた。増えたというより1区画(1番地)丸々禁止というところが2つもできてしまったのだ。これは痛い。数十戸は減ってしまうが仕方あるまい。そのほか個人的に入れるなと言われているところが何戸かある。始めてみると季節の変わり方に驚かされる。私の配っている地域は路地ばかりなので、3時過ぎにはもう翳って暗くなってしまう。住宅地図が読めなければ配布はできない。これからは配布禁止がシビアなので少し慎重にやる必要がある。マーカーで印を付けながら配布する方法は、効率が悪いがこうなると必須に思える。冬至まであと1か月もない。

犬

以前、3丁目に私を目の敵にして吠えかかる犬がいることを書いた。夏の間はバテたのか出てこなかったのだが、秋になったらまた吠え始めた。しかし、カメラを向けると少しビビるようだ。それより、こちらがカメラを向けることで状況を客観視できる効能が大きい。もっと吠えろ、撮ってやるぞ、という感じである。その写真を掲載しておく。かなりでかい(立ち上がれば私より大きいはず)上に歯も鋭い。学童をかみ殺したりしてマスコミで報道されているのはたぶんこんな犬だろう。
     

厄の1日 

団地

21日は私、山羊座の厄日だった。案の定、月1回の10時出社でキツかった上、仕事ではモレがあって恥をかいた。団地に帰ってエレベーターに乗ろうとしたら、同じフロアの人と一緒になった。私と同じくらいの歳だと思うが髪はフサフサで、けしからん男だ。風貌からして九州男児かもしれない。仮にSさんとでも言っておこう。Sさんが私の話を遮るようにして、こんなことを言い始めたのである。「この団地、築何年で建て替えだ?」虚を突かれた。「えっ!?……もう30年経ったっけ?」「30年なんかとっくに過ぎたよ」。そうか、いつまでも住んでいられると思っていたが、建て替えというものがあるとはね。知らないことはないが無視していたのだ。建て替えられれば当然家賃は上がるだろうし、今でさえ高い家賃が上がればどうなるかは明らかだ。住み続けるにしても煩雑な引っ越し作業が避けられまい。しかし、旧公団の中高層住宅が建て替えられたという話は聞かない(今まで建て替えで問題になったのは低層住宅のみ)ので、まだ多少の余裕はあるはずだ。「それとも250万もらって出るか」と、Sさんはそう付け加えた。250万という数字にどんな根拠があるというのだろう。相場なのか。どうも私はそういう方面に疎いし対応も遅い。それに今後は少子高齢化・人口減少で住宅事情の変化は予測がつかない。現在の大家、都市再生機構は建て替えなんて面倒なことをあきらめ、売り飛ばすかもしれない。当団地は77年に入居が始まっているからそろそろ35年。別に35年で建て替えというわけではなく、そんなに経ったかという思いだ。私は82年に入っているので来年30年目になる。

ところで、今月のチラシ配りは中旬が完全なブランクになった。先方がチラシを送ってこなかったためで、今後は旧来の受け持ち地区の3・5・6丁目が3・4・5丁目に変わってスタートする。多少風景も変わるだろう。