荒畑寒村の恋 

亀戸・浄心寺
亀戸事件

5月は麻布十番の仕事がないそうだ。それはヘタをすれば仕事が全然ないということを意味する。大変困った。どうやって食べていけばいいのだろう。ギャラリー廻りをしてもそれは食い扶持にはならない。

東京新聞夕刊に連載されていた瀬戸内寂聴の「この道」が終わった。「この道」は有名人が自分の半生を自慢気に語るコラムだが、寂聴は自分のことはそっちのけだ。与謝野晶子に始まり、自著『美は乱調にあり』『諧調は偽りなり』『遠い声-管井須賀子抄』で描いた大杉栄と辻潤という天才と伊藤野枝を中心に、神近市子、堀保子、荒畑寒村、幸徳秋水、管井須賀子の愛と死に移っていく。「烈しい生と美しい死」を貫いた女=野枝と須賀子が寂聴のライフワークになったが、彼女たちの生涯に寂聴は自分の「この道」を仮託したつもりであろうか。連載の終わり頃、野枝の遺児、魔子やルイズ、野枝の妹、魔子の娘、戦後を生き延びた寒村、辻潤のかつての恋人たちが登場して、「伝説」がにわかに生々しいリアリティを帯びる。なかでも寒村の話が抜群に面白い。寂聴の「今、いちばんしたいことは」との問いに「死にたいですね。ソビエトはチェコに侵攻するし、中国はあんなふうだし、日本の社会党ときたらあのざまだし……人間というやつはどうも、しょうがないもんですね。この世はもうたくさんだ。早く死なせてもらいたい」。3人目の妻亡き後、90歳のとき40歳の女性に恋をするが片恋で終わったという。寒村は93歳で天寿を全うした。

大杉栄と野枝が大杉の甥とともに虐殺されたのは1923年9月、関東大震災の直後である。同時期、亀戸では労働運動の活動家10人が軍により殺害された(亀戸事件)。その慰霊碑が蔵前橋通り沿いのお寺にひっそりと建っている。
    

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高石再訪 

駅裏の川 坂道 地蔵2
15日の日曜日、弟の住んでいた川崎市麻生区を訪ねた。実質的な命日である13日が仕事でつぶれたため、この日になったのだ。麻生区は川崎市の西端に当たり、起伏に富んだ地形が首都圏のベッドタウンでありながら里山のような景観を見せてくれる。現在も農地や山林が区面積の4分の1を占める準農林地帯である。麻生という地名は8世紀頃から朝廷に献上する麻布の原料、麻を多く産したことに由来する。江戸期以降は柿や木炭が生産され、養蚕も盛んだったという。

香林寺 香林寺 学校
高石
今年は天気がよくなく、去年行った高石神社はパスし香林寺の五重塔などを見物したが、既に桜は散って季節は早くも次の花に移っている。香林寺の隣に細山郷土資料館があるが、改装中で入れない。驚いたのは弟のアパートの北側にあった果樹園が宅地に変わり、道路まで作られていたことだ。いつかはこうなるだろうと思っていたが、見慣れた風景ががらりと変わることには寂しさを禁じ得ない。周りの家々もなんだかよそよそしく感じられる。このあたりはみな坂道でしかも曲がりくねっているので、未だにどこがどうつながっているのかのみ込めない。弟のアパートは高石だが、会社は金程、友人のアパートが千代が丘、コンビニや交番があるのは細山と、町名も細々変わる。細山には五反田川を堰き止める細山遊水池が造られており、黄昏の光の中に葉桜がぼうっと見える。

遊水池 
読売ランド前駅のホームで電車を待っていると、弟が亡くなった後、何日か部屋の整理に通いホームで走り去る特急電車を見送った漆黒の夜が昨日のことのように思い出される。あのとき本を売った古本屋も店をたたみ、向かいのアダルト店は焼き肉屋に変わっていた。 
              

『たまらん坂』 

団地にて
団地の桜

ついに風邪で4日寝込んでしまった。川歩きの日の夜からおかしかったので、風呂に入らず早寝したが間に合わず、次の日から喉の粘膜が猛烈に痛くなった。寒気がして水仕事もできないので、寝ているだけ。幸い仕事がないので助かる。原因は部屋の乾燥だ。毎年ひと冬結露で悩まされるのだが、それがなくなったらヤバイと気づくべきだった。水曜日にやっと近所の医院へ行き診察を受ける。すると直後に社長から電話が掛かってきて、13日の金曜日に竹橋に入れとの指示だ。S氏が亡くなりその代役だという。思わず聞き返した。13日は下の弟が孤独死で見つかった日なので、川崎へ行くつもりだった。S氏とは先月仕事で会い元気なハゲ頭を見たばかりだった。彼は一度故郷の山形に帰り印刷会社に勤めたが、定年になってまた東京に舞い戻ったのだ。しかし神経質な現場ではどこか浮いているように見えた。60年代、ベトナム反戦で兵器工場に侵入し、機械に砂をかけたグループの1人だと聞いた気もする。やりたいことをやり切った余生だったのかもしれない。享年67歳。67は牡羊座にたくさんある厄年の最後の1つであった。謹んで冥福を祈る。

風邪で伏せっている間に黒井千次の『たまらん坂 武蔵野短篇集』(講談社文芸文庫)を読了した。収録された短篇は「たまらん坂」「おたかの道」「せんげん山」「そうろう泉園」「のびどめ用水」「けやき通り」「たかはた不動」の7篇で、本来漢字で書く実在の地名を平仮名で示したところに作者の密かな思惑がある。主人公は定年を迎えたり定年間近だったりする初老の男である。この時期、新刊でもないこの本を平積みにしておいた東京堂書店の狙いはそこだったのだ。編集部がカバー裏に印刷した惹句を引くなら、「日常と皮膜一枚で隔たった異境で彼らが出会う甘やかな青春の残像、人も自然も変貌する現実の苦味を、清冽な筆致で描く連作短篇集」である。「異境」とある部分は「異界」がよりふさわしいかもしれない。