眠っている本はブックリボンへ 

待ち合わせはラドリオで
ラドリオ

読み終えた本をブックリボンという運動体へ送った。都営地下鉄駅など都の施設に持ち込んでもいいが、段ボール2つ分の本はいささか重い。したがって今回は宅急便を使った。去年送りそこねたものを見直し、整理追加して2箱分にまとめたのだ。この本は出版文化産業振興財団を通じて児童福祉施設・矯正施設などに届けられるという。毎年2回、6月と11月に回収が行われているようだ。ブックオフに送っても二束三文にしかならないらしいし、古書店に宅急便で受け付けるところはない。福祉へのカンパと思えばこれがベターの策であろう。

ミロンガ
ミロンガ

先月開かれた橋口伸一展の写真撮影を仰せつかったことは以前書いたが、それを1か月かけてA4判とL判にまとめ渡した。橋口氏にもどういうふうにまとめていいかわからなかったようで、これは試行的な妥協点だ。むろん「関係の写真家」を自認する私にこのような撮影は初めてだし、苦労したというのは嘘ではない。とくに造形作品の写真は建物と同じで垂直線をきちんと出すことが求められる。彼の作品は細い角材を組んだ台に載っているのでなおさら目立つ。これは日頃あまり使っていないSILKYPIXのデジタルシフトを駆使し何とか処理した。また会場のギャラリーf分の1が外光をふんだんに採り入れる構造になっており、白熱灯と昼光が混じるだけでなく、日没以後は薄暮の青い光が写り込むのには大変困った。さらにいえばL判というのもこの手の写真ではあまり使わないし、縦横比が違うので大事な画像をカットせざるを得ない。これだけはプリントに島田写真を使った。ともあれ肩の荷を降ろしほっとした。写真を渡した後、橋口夫妻に神保町のさくら水産でおごってもらう。
   

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ムクドリが消えた日 

猫

この1週間は仕事もない(正確には金曜日に1日あり)のにやたら忙しい。ポスティングは雨を予想して早めにやってしまったが、例の同窓会のおばさんの仕事の仕上げでB5両面を100枚刷り、HPプリンタのインクを使い切ってしまった。HPのカラーインクは結構高い。これで刷り直しでも出たら目も当てられない。幸いご本人から何の問題もないという連絡が入った。これを23日の総会で配布するほか、親戚にも送るのだそうだ。相馬大作について「地方出身者が花のお江戸で……」「東北にも坂本龍馬のような人がいた」などと自分勝手に結論付けている。最初のレイアウトで、東京タワー下の金地院にある大作の墓の写真を載せておいたのだが削除されてしまった。日蓮正宗の熱心な信者である彼女の宗旨に反するというのが理由だ。金地院は江戸における南部藩の菩提寺だったのだが……。

夕景

台風は過ぎ去ったが不安定な天気が続く。雨が降ったり止んだり。心も揺れてなかなか定まらない。夕方、外に出ると団地の森に巣くうムクドリが夕立のような鳴き声を立てて騒いでいる。時として空を覆う大群で飛び回ったりする。道路の上の電線に一列にすき間なくとまっているさまは不気味だし、フンも危ない。各地で群棲するムクドリの被害を訴える声が聞かれるが、この団地でも数年前から夜中の騒音が目立っていた。ところが去年の夏、連中は完全に姿を消した。3・11の影響であることは明白だ。小鳥でも地震は怖いのだろうか。写真の左下に、小さいが電線にとまっているのが見えると思う。
       

大先輩の旅立ち 

河骨川跡
河骨川

火曜日は厄日なので家にいるつもりでいたら、菱刈俊作 HAUS展が最終日なのに気づき、急遽渋谷まで出掛けた。雨にもかかわらず、渋谷駅付近は大混雑で歩きにくい。あまり行きたくない場所だ。井の頭通りをずっと上りNHKの前、ブティックの地下にある聞き慣れないギャラリー。コラージュと立体作品が展示されている。ギャラリーの調度品も作品かと思うような風格があった。菱刈さんから写真家の深瀬昌久が亡くなったことを聞かされる。井の頭通りと隣り合わせの細道が昔の河骨川の跡だ。河骨川は一説に「春の小川」のモデルといわれている。帰路、乗り換えついでに新宿三丁目のサードディストリクトギャラリーに立ち寄り、那須悠介写真展「躑躅」を観る。作者によると躑躅はつつじだが、「てきちょく」とも読む。てきちょくには「行っては止まる」「躊躇」という意味があるとか。写真は躊躇の方を指しているのだろうか。行き止まりだが先にまだ何かありそうなモノクローム風景23点。

帰ると社長から電話あり。また訃報だ。仕事仲間の内でも大先輩といえるIさんが亡くなったという。70代の半ばくらいだったのか。入浴中に亡くなり、3日ほど経って弟さんに発見された。Iさんには川歩きに2回来ていただいたが、休憩が少ないので膝に支障が出たと言っていた。Iさんの長電話は有名で、知っていることを全部言わないと終わらず1時間は覚悟しないとならない。2か月ほど前に電話があり1時間前後話したが、それが最後の電話になるとは思わなかった。ご冥福をお祈りします。