関係の写真家とは 

ギャラリー冬青/新中野
冬青

関係の写真家とは何か。思い返せば20年以上前になるが、それは写団かげろうのメンバーだった通称「いっちゃん」に私が進呈したネーミングである。いっちゃんといえば知る人ぞ知るあの界隈の名物男で、歳は私よりひとつ上。会以外でも一緒に飲み歩いたり撮り歩いたりするほど親しく付き合ったが、かげろう解体のあおりを受けて交流は途絶えたままだ。彼は酒ほどカメラや写真を愛しているわけではないが、人付き合いがうまく、その上でカメラをナンパの道具にしているふしがあった。そのくせ彼を慕う素人劇団の女優とはいつまでもプラトニックだった。かげろうの撮影会でうまくモデルを見つけてくるのも常に彼であった。私はそういう彼を半ばちゃかし半ば尊敬して「関係の写真家」という称号を贈ったのである。「関係」とは同じ吉本読みである彼と私に通づるキーワードでもあった。
月日を経て見れば関係の写真家とは実は私の方だったのではないかという疑問が生まれる。私はカメラをナンパの道具にしたり(あまり)しないが、仕事や酒の席での写真、交遊のあった友人知人の写真、家族や故郷の写真など、持ち歩いてきたカメラで撮ったチョロスナは関係の遺産ともいうべき価値を帯び始めている。長く使って愛着のあるのはミノックス35。名機ミノックスの35ミリ版(←誤植ではない)だが、フォールディングタイプで持ち運びに大変便利だった。しかし逆光に弱く、距離は目測。2回巻き上げなので勝鬨橋から通過する船を狙うと、2カット目は船のお尻しか写らない。そういうところが愛しいカメラだった。
     

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終の栖 

北砂4丁目
朝顔

我が家の墓は祖母が生前に建てたもので、当時は横置きの墓石が新鮮だったが、40年も経って周りがだいぶ傷んでいたのだ。5月の帰省で花立てが破損しているのがわかり、石材屋に相談した結果、花立てと線香立て、ろうそく立ての部分をまとめて取り替えることにした。花立ては現在の石の上に付けた壊れやすいものから石材に穴を穿った堅牢なものへ、線香立て…というが浄土真宗は線香を立てず寝かせるのでその形式に変更し、ろうそく立てと併せ石で囲んで風雨を防ぐようにする。この改造で費用は20万円(税抜き)だという。いいだろう、安いものだ、やってくれと気前よく頼んだ。9月初めの父の命日までには完成するはずだ。
祖母が亡くなったのは4月18日だったが、葬儀の日の朝は北国としても季節はずれの大雪で、起きられない私を尻目に下の弟が雪かきしてくれたことを思い出す。その弟も今は黒い墓石の下に眠っている。
         

なんだかなぁ社会 

江古田/気になる家
江古田

スマートフォンの音声認識系アプリのCMが勘弁できないのは私だけだろうか。
「しゃべってコンシェル」とかなんとか全貌はよくわからないけど、話しかけるとスマホは検索を実行して音声で答える。または別のアプリを実行したり電話を掛けたりする。その音声にはへんな訛りがあるようだが、CMにはわざわざその訛りをとりいれ新しさを訴求しているのだから、何をかいわんやだ。以前、パソコンの日本語変換に音声入力がとり入れられたものの、レスポンスが悪くすぐ廃れたことを思い出す。スマホの音声認識は早口の日本語でもすぐに理解しているようだから、変換能力は格段に進歩したといえる。しばらく使えばスマホはユーザーの性格を理解し、スマホの中に固有の人格に近いものが生じ、ユーザーの側にも擬似的な恋愛や嫉妬や憎悪の感覚(錯覚)が生まれたりするのだろうか。人工頭脳はパソコンの親玉みたいなものかと思っていたが、電話とは意外だ。もっともスマホは既にパソコンを超えるものではあるらしいが……。しかしあんなふうに通話以外でスマホに話しかけ、人間よりスマホとの対話が日常のものとなっていく社会はなんだかおぞましい。