大波小波または編集者の不在 

深川資料館通り
白河

東京新聞夕刊の匿名コラム「大波小波」で「屑屋お払い」氏が、嵐山光三郎の評伝小説『美妙 書斎は戦場なり』(中央公論新社)が旧著を書き直したものにしては誤りが多すぎると呆れている。雅号の縁山を綠山とし、当時の戯作者名も半分は誤り、引用やルビの誤りも随所にあるという。「いさぎよし」と読む「屑とせず」の「屑」に「せつ」とルビを振った例を挙げ、資料を集めても読めなければただの紙屑と断じる。

身につまされる話である。これが本当なら編集者も校閲者も機能していないということになる。天下の中央公論新社がそんな雑な仕事をするものだろうか。嵐山光三郎という人はよく知らないが、この調子では他の著書も怪しくなってくるではないか。本来ならまず校閲者が固有名詞や引用文など当たれるところは当たって調べ、素読みを掛けた上で、編集者がさらに調べて判断するのでこんな事態にはなりにくい。なにより問題意識を持った編集者がいなければまともな本はできないという事実の証拠ではないだろうか。むろん、この場合の編集者には校正・校閲者を含んでいる。
三省堂選書の『中小都市空襲』という本を古本屋で買った。著者は八王子空襲を記録する会運営委員の奥住喜重。日本の中小都市に対する空襲を主に米軍の「作戦任務報告書」に基づいて解析した、一般受けしそうにない本である。終わり近くBAKAという言葉が数カ所出てくるが、著者は「何だろう」で済ませている。BAKAは海軍特別攻撃機「桜花」の米軍側コードネーム(BAKA BOMBとも呼ばれた)に他ならない。ちょっとでも日本の戦記を繙けば簡単にわかる言葉であった。米軍資料をほとんど咀嚼せずに本にしたことの弊害が表れた部分だが、ここでも痛感させられるのは編集者の不在である。
   

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反転回路 

新宿三丁目
丸ノ内線

ある人からのメールに、最近ブログに仕事の話が載らないねとあったが、仕事がないので書きようがない。これまで各現場には必ず好みの女性が何人かいたものだが、彼女たちとの縁もこれまでだろうか。無念ぢゃ……。

この前、畑中純が亡くなった(享年62)というのでマスコミが取り上げていた。『週刊漫画サンデー』に10年描き続けた『まんだら屋の良太』は、半架空の温泉郷を舞台とする物語に引き込まれた。あの頃は私も漫画を読むために週刊誌を買っていたのである。先日、G君と飲んだとき何かの拍子にかわぐちかいじの『蒼氓の叛旗』という漫画が話題にのぼった。天狗党を描いたものと言われ、そういえば……とぼんやり記憶が甦った。とはいえWikiのかわぐちかいじ作品一覧には載っていないし、タイトルほどの展開もなく中途半端に終わった感じではなかったか。かわぐちかいじといえば、私には大作『沈黙の艦隊』などより『反転回路』という初めて読んだ作品が印象に残っている。沖田総司が高台寺党の伊東甲子太郎に変容する奇想天外な内容だったが、これもWikiに載っていない。Wikiには載ってない、誰も知らないとなるとそんな作品が現実にあったかどうか心配になってしまう。私の記憶はここへきて相当に変容・変質しているようだから。
     

空蝉橋 

空蝉橋
空蝉橋 
出世稲荷神社
出世稲荷

JR大塚駅の西側に線路を跨ぐ汚れた陸橋があるのをご存じだろうか。この橋には空蝉橋といういとも風流な名前が付けられている。タカイシイギャラリーが大塚にあった頃この下の商店街を通り、そのたびに気になっていた。それが例によってネットの情報で解明したのだ。12日は山羊座の厄日だが思い切って確認しに出掛けた。名前の元は橋の場所にあった出世稲荷神社である。ネットではよくわからなかったが、交差点の果物屋の気さくな女将さんに聞いてわかった。空蝉橋の西側の細い道を上りきった先にある。その表示板によると、元あった出世稲荷は明治になって大塚駅ができ、のち貨物線の拡張工事に伴い現在地に遷された。当時は枝振りのよい赤松の大木があったが、工事のために伐採されてしまった。松の木には夏ともなればセミの抜け殻が多く見られたので、橋の名を空蝉橋と名付けたという。
空蝉といえば『源氏物語』や能の演目を、あるいはさだまさしの歌を思い浮かべるかもしれないが、古語辞典によれば「うつせみ」(現身)は「うつしおみ」の転「うつそみ」がさらに転じたもの。この世、この世に生きている人間を表す。またこれが仏教用語と結びついて空蝉となり、セミの抜け殻、ひいてはセミそのものを表した。「空蝉の世」ははかない世、無常の世のこと、となっている。枕詞として「空蝉の」は「命」「代(世)」「人」「妹」「人目」などに掛かる。夏の季語でもある。空蝉橋の周りにはラブホテルが林立している。男と女は世の無常を噛みしめながらエッチするのであった。