エディターの奨め 

北砂5丁目
北砂5丁目

G君に「文章は何で書いてる?」と聞くと「Wordでしょ」当然、と言わんばかりの返事だった。Wordのようなフル装備のワープロは起動がもたつき、書く気が削がれる。ちょっとした文章にワープロを立ち上げるのは、喩えてみれば大根を切るのに電動ノコギリを使うような大仰さがある。そこで登場するのがテキストエディターである。エディターといえばかつてMS-DOS時代にはVZ editorが定番だったが、私としてはサポートに忘れられないめちゃくちゃな対応をされたことですっかりイヤになり、縦書き可能な原稿エディタというのを買ったりした。これは必要に応じ原稿のます目が表示できた。本来ソースコードを書くためのエディタを文章書きに使う方法は、重たいワープロソフトを立ち上げずとも済むため通に大変重宝されたのだ。

Windowsになってフリーソフトでも無数のエディターが公開されるようになり選択に迷うほどだが、私は成り行きもあって、新聞の投書のように字数の決まっている原稿にはTeraPadを、ブログ書きにはMeryを、ワープロを使うほどではない印刷用には秀丸エディタ(シェアウエア)を使っている。秀丸エディタ本来の印刷機能は貧弱だが、秀丸パブリッシャーというアドインを組み合わせるとレイアウトの設定や縦組み印刷などができるようになる。秀丸は老舗だけにアイコンなどのデザインに若干古さを感じる。お気に入りのエディタの表示や背景色やフォントを自分好みに変え、字詰めや行間隔を動かして最適な環境を整えることは一種のフェティシズムであろうか。Meryを使っているのは画面デザインがスッキリしていて、カスタマイズの自由度が高いためだ。今改めてエディターのことをいささかマニアックに語らざるを得ないのは、このことが一般には意外なほど認知されていないからである。
     

スポンサーサイト

プチ風邪症状 

冬の日が落ちる
夕焼け

21日、夕食後しばらくして猛烈な下痢に襲われたが、厄日のせい、食べ物のせいだと思っていた。22日の明け方、今度は猛烈な寒けに襲われて眠れなくなった。ファンヒーターをしばらく点け、コタツ毛布を掛け布団の上に追加してやっと眠った。今にして思えばこれらはみな風邪の前兆だったようだ。24日、午後から寒けがして頭が痛いので、安い栄養ドリンクを鍋で湧かして飲み、ペットボトルを湯たんぽにして6時に寝た。そこそこの時間に起きたら寒けと頭痛は治っていたが、下痢は続いた。おしっこが放置しておいたお茶みたいな色になっている。下痢とともに胃の消化力も弱まったみたいで、なかなか腹が空かない。すっきりしない日々である。若い頃は「御用納め」が済むと必ず風邪で寝込んでいた。八戸にいたとき何か月も咳が止まらなくなり、郵便局でゴホゴホやっていると窓口の男に「ちょっと待って下さい!」と言われた。本当に咳をして催促するヤツが居るんだろうか。現在は番号札制だからゴホゴホは効かない。私の風邪は喉の異変に始まり、ほどほどの熱が出て鼻が詰まり、汗をかくと治るパターン。この状態で外に出ると車の排気ガスがすごい悪臭に感じるので、治りかけであることがわかった。しかしこのパターンは加齢とともに変化し、今は時期も症状も一定しない。しかしここ数年思うのは、どうも私は0.5度くらいの変化を寒けと感じてしまうようだということ。平熱が低いのかもしれない。寒けを感じて体温を測ってもらうと何ともないと言われる。27日にはさすがにすべてが正常に戻った。

仕事がない日が今週も続く。例によって古紙回収のため新聞の整理とスキャンに精を出す。仕事がないだけでなく今月はギャラもなかった。貯金の水位をハラハラして見ている。
    

奨学生 

北砂4丁目
北砂4丁目

もう7、8年前のことになろうか。今日のように寒い年末の夜だったが、チャイムが鳴ったので開けると若い男であった。いや、その前にやり取りがあったのかもしれないが、覚えていない。新聞を取ってくれというのだ。いつもこの手の勧誘はがらの悪い専門の勧誘員が来て脅したりすかしたりするのに、この日来たのは配達の青年であった。彼の顔は切羽詰まったように青ざめている。聞けば販売店の社長が契約を取ってこなければ正月田舎へ帰さないというので、上(13階だろう)から回ってきたのに1つも取れない。何とかお願いできないかというのであった。私も1、2度見たことのある社長の顔が脳裏に浮かんだ。団地から遠からぬところにある販売店だ。姑息なやり方で契約を取ろうとしたあの男が社長では、真面目な社員は浮かばれない。今また帰省を餌に青年に無理難題を押しつけている。いつもは一言で断っている新聞だが、事情を聞けばそうもいかない。青年は必死の面持ちである。しばし考え込んだ末、結局6か月だけ取ることにした。亡くなった弟もこの新聞の奨学生として大学に通っていたが、人一倍要領が悪いのであちこち回された挙げ句、辞めてしまった。家へ来た青年もそんな奨学生の1人だったのであろうか。つい彼に弟の姿を重ねていた。