読むトロンプルイユ 

北砂3丁目


“だじゃれ俳句”というべきものがあることを知ったのは、案内広告の代理店にいた時、芝信用金庫から会社に毎月届けられていた小冊子『楽しいわが家』によってだった。斎藤良輔の「しゃれ・ことば」という連載エッセイで紹介されていた。昭和の初めに当時の作家、漫画家、芸能人などの間で風変わりな句会がよく催されたが、その中の作品だという。

   コスモスと 電話をかける女かな
 
   洋服の 胸につけたる牡丹かな

   紅梅の 急な坂道下りけり

   病人の熱さがらざり ヒヤシンス

1句目は東北なまりの女が電話をしているさまが、コスモス揺れる風景にダブる仕掛けだ。2句目は牡丹とボタンが掛けてあるし、3句目は急な坂道がどこかで紅梅という叙情にすり替えられる。4句目も同様で、いずれも不思議な感覚に幻惑される。読むトロンプルイユ(だまし絵)とでもいえる日本語のお遊びだ。戦争の暗い影が近づいてくる直前に、のどかなひとときを楽しんだしゃれ遊びだったことが想像されると、筆者は書いている。
“だじゃれ俳句”とは筆者がつけた仮称だが、私は勝手に冗談俳句と呼んでいる。この冗談俳句、一度挑戦してみたいが難度は高い。ただの語呂合わせでは済まないし、インパクトのある表現にするには相当のヒネリが必要だ。そして最後は俳句としてさりげなくきれいに纏めなければならない。句会に参加していたのが錚々たる文化人だったからこその作品である。素人が手を出して上手くいくとは思えない。

注:この連載は斎藤良輔著『しゃれ・ことば―言語遊戯クロニクル―』(1985未来社刊)に纏められている。
  

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パソコン受難 

門前仲町
門仲

冷静沈着な私が肝を冷やすような事態が起った。パソコン(EPSON DIRECT MT-7800)のWindowsXPが立ち上がらなくなったのだ。今月の古紙回収のために新聞をあらかたスキャンし終わった直後だった。前日に同じことが起り、システムの復元を行ってようやく回復しスキャンを終えたが、次の日また立ち上がらなくなった。今度はシステムの復元を掛けても直らず、しかもシステムの復元作業が1回2時間もかかる始末だ。これでは話にならない。止むなくセーフモードで立ち上げ、メールとネットのみの環境に甘んじるが、ウイルス防御が働かないので接続は最小限にせざるを得ない(といいながらずっとつなぎっぱなし)。

こういうときの頼みの綱であるはずのメーカーサポートが、どうも頼りないのだ。最初、システム診断でオーデオドライバーがおかしいと出たと話すと、男のサポート員がいきなり削除しろという。結局、それは全然関係なかったのだ。その時はシステムの復元を行って直した。次の日また立ち上がらなくなったので、電話して修復インストールが出来ないかと聞くと、修復インストールのことを知らないらしく、話が通じない。その日はスタートアップ項目を全部取り外しても立ち上がらないということだけわかった。次に出た女性は、リカバリCDから修復インストールは出来ないという。だが、話しているうちにヒントが浮かんだ。トラブる前夜に出たブルースクリーンのメッセージだ。ntkrnlpa.exeに問題があるという。話はいささか専門的になるが、ネットで見ると物理アドレス拡張 (PAE) カーネルを取り外せば解決するらしい。Microsoftのサイトにやり方が載っているが、推奨はしないよとも書いてある。boot.iniの書き換えを慎重に行う。祈るように再起動。3日目にしてようやく復旧した。じゃ、さっそくアダルト動画を……。
     
注1:ブルースクリ-ンとはWindowsが異常を感知した時に出る真っ青な画面。このエラーコードやエラーメッセージには重要な手掛りが記載されている。ブルースクリーンは再起動すると消えてしまうが、この情報を記録するフリーソフトを入れておいたことが役に立った。
注2:物理アドレス拡張カーネルとは何のことか、なぜこのことが急にトラブルの原因になったのかは不明。直前に別の理由でboot.iniを書き換え元に戻したことがあったので、それが災いしたのかもしれない。マイコンピュータを右クリックし、プロパティ→システムのプロパティ→詳細設定→起動と回復→設定から編集する。

   

夢十夜 

用賀


こんな夢を見た。――なぜか私は営業をさせられることになり、どこかの社長に会いパンフの注文を取ってこなければならない。それをやらせるのは昔の会社の常務でイヤなヤツである。彼は現実に私が会社にいたとき、営業ではない我々に営業をやらせるよう画策したことがあった。小細工が好きな小人物である。アポを取ってタクシーに乗ると隣にいる別の事務所の誰かが「大納言さん、(本来の仕事の)予定に入っていたのに来なかったって言ってましたよ」と言うではないか。予定を見間違えたり思い込みをしたりして現場を欠席することは、仕事が忙しい頃によくあったことだ。大変だ、連絡しなければ、行かなければと思ってタクシーを降りるとそこは別の駅で、電車に乗ろう、電話を掛けようとするが身体が重くて動けない。それもそのはず、私は布団を背負って歩いていたのだ……目が覚めると、掛け布団を引っぱり上げて寝ていた。ふうっ、なんだか焦る夢を見て冷汗をかいてしまった。もっと長いストーリーだと思ったがアモルフな部分も多く、文章にしてみるとこんなものか。
夢を見たら起きたとき忘れないうちにノートに記しておくようにすると、だんだん夢を記憶できるようになるというので、一時期、京大カードにメモっておいたこともあった。よく見る夢のパターンは、野辺地に帰っていると電車の時刻が迫ってきて慌てるというもの。時々亡くなった父や下の弟が出てきたりする。