セルフイメージ 

谷中


さすがに暑い。今日土曜日からエアコンを使い始めたが、1年の間にリモコンの電池が切れてしまい単4は買い置きもない。暑い中、コンビニへ買い出しに行かざるを得なかった。東南東の我が家は特に朝が暑く、恐怖の朝日が一気に朝の室温を上昇させる。夕方からは一転、扇風機でも涼しいくらいになる。

つのだじろうの『うしろの百太郎』という漫画が70年代に守護霊・背後霊のブームを巻き起こした(つのだの『恐怖新聞』というのも怖かった)。さて昔、背に縫い目のない子供の着物は魔が忍びこむとされ、魔除けとして背守りが付けられた。糸じるしや刺繍、縫い取り、端布、押絵などだが、同じ趣向のものに百徳着物や守り袋、迷子札がある。京橋・LIXILギャラリーの「石内都展―幼き衣へ―」と「背守り 子どもの魔よけ 展」は2つの会場を使い、石内の撮り下ろし写真とともに魔除けの実物を展示している。実物の方は写真撮影が可能だ。昭和以降、洋装化に伴って消えようとしていた背守りの文化的価値を認め、保存してきたのは2人の女性だった。佐治ゆかり(郡山市立美術館長)の解説によると、自分では見ることもできない無防備な背中は、「うしろ」の世界(異界)を想起させる。つまり人は背を境界として「うしろ」(異界)と表裏一体の存在なのだという。弱い子供に対しては、特に背をしっかり守る必要があった。今でいうワクチンみたいな効用であろう。なお、百徳着物とは子育ちのいい家や長寿の年寄りから端布をもらい、丹念にはぎ合わせて作った着物で、子供に着せると丈夫に育つという風習があった。以前紹介したぼろのパッチワークを連想させるが、その昔、大勢の人の知恵と労力を集めて作られた布は貴重であり、布自体が人の身体を守る霊的存在と考えられたとしてもおかしくない。両展とも8月23日まで(毎水曜日と8/14~17は休み)。

20日は光門映恵(みつかどあきえ)の絵を見に谷中へ出向く。光門といってもご存じないだろうが、劇団河馬壱の役者として5回出演している。ぼそぼそと話すセリフ回しが逆に新鮮だった。その光門が無事美大を卒業したというので、どんな絵を描くのか興味津々だったのだ。ただし今回は彼女の個展ではなく、同世代の男子の造形作品とともに展示され、ディレクションを含めた勉強の一環だったようだ。光門の絵は全て自画像で、空白の背景にピュアなセルフイメージが突出している。今後、彼女の人生にどんな背景(関係)が描き込まれるのか、あるいは背景も主体もないゴチャゴチャした現実に直面したとき、彼女がどんな表現をとるのか、果てしない期待を抱かせるキャラクターではある。
      

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当たり前体操 

清澄白河
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昨日の朝は足がつって目が覚め、今朝は蚊の飛ぶ音がして起きてしまった。いずれも7時半頃でつまり寝不足となる。今はたまにメルマガの校正が入る他はやることがない。夕方にはたいていギャラリー回りに出かける。本当はもっとやらなければならないことはあるのだが、大事なことにはなかなか手が付かない。

月火と衆参予算委員会の国会中継、集団的自衛権の議論を観ていた。現内閣は(もともとおかしいが)一体どうなってしまったんだろう。当たり前の論理が通じないだけではない。九条という理念を捨ててしまったので、国防論議も朝鮮半島だのホルムズ海峡だのという限られた場面の紙芝居になってしまう。自分たちがやりたくて決めた解釈改憲なのに、いざ現実的な自衛隊員のリスクを野党が訊くと、そんなもんじゃありません、今までと変りませんと必死に取り繕う。じゃ、あの閣議決定は何だったのか。戦場へ行くということだったのではないのか。小野寺五典など情けない被害者面して、(野党が言う)それは空想です、むりやり場面を作ってますと泣き言を言う。懸命な議論を前にニタニタ笑っている麻生太郎のようなヤツもいる。野党は野党でも、次世代の党という思いっきり前世代の党の山田宏は最悪だ。身体を揺すって河野談話の再々検証を要求したが、安倍タコ政権に軽くいなされてしまった。山田の眼はパラノイアそのものだ。逆に共産・笠井亮の追及、民主・福山哲郎の食い下がりはなかなかだった。社民・吉田忠智は名前の通りお人好しすぎる。ともあれ、安倍くんには、右足を出して左足を出せば歩けるという当たり前体操の歌詞をよく読んでほしいものだ。

蚊取り線香が切れたので買いに行ったが、蚊取り線香より液体蚊取りの方がスマートだ。実は先日、寝ていて足で蚊取り線香のトレイをひっくり返してしまった。少し高いところに置いていたのに、私の足は本人の意思を凌駕している。買ったのはイオンのべープリキッドM1というPB商品。税込み598円だった。
           

胸にジンときた 

森下


水曜日は朝から調子が狂った。6時ごろ目が覚めたのでそのまま起きてしまったのが間違いの元で、身体が目覚めないまま食べた朝食が下痢を引き起こした。パンが生焼けだったこともいけなかったようだが、どうも私の腸はデリケートでこういうストレスにすこぶる弱い。回復に数日かかる場合もある。それに最近とみに疲れやすくなったのは老化というやつか。やむを得ない現象だろう。午後4時、世田谷区立図書館へ行こうとしてアメッシュを見たら、西から猛烈な雨雲が近づいてくる。悩んだ末に結局あきらめたが、雨が降り出したのは6時頃だった。木曜日の今日もアメッシュとにらめっこしているが、雨雲は単純に西から東へ動くわけではなく、東京上空では拡散してしまうことが多い。ヒートアイランドなどの影響だろうか。今日は台風のせいか、雨雲は時計回りに回転している。

中学・高校のアルバムから集合写真をスキャンしている。プリントのスキャン自体はいたって簡単だが、その後がものすごく大変だ。というのも、当時のプリントはモノクロだが、仕上げはかなり雑でネガのゴミや埃は至るところにあり、経年変化による退色が進んでいる。静電気のスタチックマークらしき痕跡、銀粒子の浮き上がりも見受けられる。普通に肉眼で見ている分には気にならなくても、スキャンして拡大すると特にゴミなどははっきり分かるので、それを1つずつ潰していくと結構な時間が掛かるし、目が疲れる。拡大して1人ひとりの顔をじっくり見ていわゆるスポッティング作業をするのだが、それは同時に54年前の自分や級友(あるいは恩師)と見つめ合い、対話することにもなる。ひたむきに私を見つめる顔、顔、顔……。同期会で会う人たちもいれば、既に他界した人、行方不明の人、居場所は知っていても連絡しない人もいる。掘っ立て小屋のような中学校の校舎、函館の展望台、清水寺、金比羅様、奈良公園、小豆島、屋島……さまざまな場所で撮られた写真が残っている。修学旅行のは同行写真屋の中判カメラによる作品であろうが、前後はうまくポケてホリゾントで撮ったようにも見える。ともあれ、スキャンとスポッティングというデジタル化の手段により思わぬ過去と向き合うことになり、胸にジンときてしまった。

注)スポッティングは主にプリントに出たゴミの跡を墨でつぶす補整術。デジタルの場合は墨ではなくソフトウェアで行うため強力な補整が可能だが、格段に大きな労力も要求される。