祭り囃子に誘われて 

ついおしゃまな女の子に目が行く
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24日の日曜日は夕方から亀高神社の祭り囃子に誘われて、お神輿を追いかけてきた。亀高神社は砂町銀座の赤札堂の裏手にあるので、お神輿は狭い砂銀を通り抜けてから、裏の参道を戻ってくる。ぱっとしない天気で写真映えしない条件だが、コンパクトカメラで100枚余り撮った。六丁目の亀森稲荷の時と同様、担ぎ手グループごとのカラフルな半纏が見て楽しい。なお、亀高とは葛飾郡亀高村の名残で北を表亀高、南を裏亀高といった。我が団地内には亀高小学校がある。亀高神社は亀高新田開拓に際し鎮守として寛永年間に創建。大空襲で焼失する災禍にも遭ったが、昭和38年に地守稲荷神社を亀高稲荷神社に合祀し、亀高神社と改称。現社殿は昭和43年に落成した。ただし地守稲荷とはどこにあったものか判然としない。ともあれ江戸っ子は本当にお祭りが好きだし、そのために氏子制度が維持されているのがエライと思う。

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野辺地の祇園祭も同じ土日に行われたが、初日は土砂降りの雷雨に見舞われたそうだ。野辺地の祇園祭は京都伝来のものだから、ワッショイはなく整然と進む。化粧した稚児たちが笛・太鼓で拍子をとるのもみやびに見える。一方、弘前ではねぷたの死亡事故で7日間の日程が5日で中止になった。油圧でねぷたを上下させる仕掛けとは戦車なみの装備ではないか。それに1週間もねぷたで跳ね続けるなんて津軽人にしかできない狂気である。

2時間ほど付き合って帰ったらぐったり疲れた。

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付記:本所七不思議の1つ、たぬきばやし。どこからともなく聞こえるお囃子にひかれて祭りの場所を探しても見つからず、家に帰って寝たと思っていたら実は草原だったという。
      

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警察ですから 

北砂5丁目


マスコミサイトでは毎日.jpをよく見ている。仕事でお世話になったからというわけではないが、老人には何となく画面がゆるくて見やすいのだ。これでもかという情報の詰め込みでは目も心も疲れる。さて8月9日、長崎原爆の日の意見交換で、長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会の川野浩一議長が「集団的自衛権については納得していませんから」と述べたのに対し、総理が「見解の相違ですね」と捨て台詞を吐いたという問題。ざっと見たところではこの件は毎日・朝日だけが報じたもののようで、読売・産経はもちろん、東京新聞をはじめ他の地方紙にも見当たらなかった。同じ場面にいながらおかしな話である。こんな象徴的な言葉を記者が聞き逃すとは思えないし、朝日・毎日が勝手に書いたのだとしたら安倍応援団が放って置くまい。不思議な一瞬の空耳アワーである。

その毎日.jpにこんな記事が載っていた。
北海道の男性に道警の捜査員から電話があり、去年の何月何日、生協に買い物に行ってますねと言われた。生協とは近所のコープさっぽろのことだ。
「なぜ分かったんですか」
「レジでポイントカードを出したでしょう」
「どうしてそんな記録を持っているの」
「警察ですから」
道警はカードを持っている別の女性にも電話を掛け、「駐車場で紺色の車を見なかったか」と尋ねたほか、「トマトジュースを買ったのでは」などと訊いている。女性は釈然としない思いが残ったという。 
事件は2011年に起きた資産家殺人で、被害者宅がこの店の近所。容疑者は不起訴になっているが、これらの聞き込みは不起訴になった数か月後のことだった。捜査機関が企業などに情報提供を求める際は、刑事訴訟法の定める「捜査関係事項照会書」を渡せばよく、裁判所の令状は要らないのだとか。これでは個人の行動は簡単に筒抜けになってしまう。自衛のためにはポイントカードを使わない選択しかない。前述の男性は以後ポイントの提供を受けるのを止めたという。24時間紐付きですよアルソックじゃなかった日本警察。これであなたも安心です?
   

ヤング・ポートフォリオにずっこける 

白河・お祭りの日


野辺地はこのところずっと朝晩ストーブを焚いているとか……。

残暑見舞いをやっと出し終えてやれやれと思ったら、メルマガの仕事が入ってきたり、夜疲れが早く出たりでブログの更新が思うようにいかない。メルマガの仕事はすぐやる必要はないのだが、仕事に飢えているので入るとガツガツやってしまう。それに今週いっぱいは古紙回収のために新聞をスキャンしなければならない。これが難儀である。予定が完全にふさがってしまう。そんなわけで、書きたいことはたくさんあるがなかなかまとめきれないのが実情だ。
ギャラリーは少しずつ回っている。先日は三菱一号館で「バルテュス 最後の写真―密室の対話」を観た。身体の自由が利かなくなった晩年のバルテュスがポラロイドカメラを得て、デッサンの代わりに撮影した作品150点を展示している(実際には200点以上あるように思えた)。隣家の娘アンナをモデルに、8歳から16歳までの長きにわたり撮ったものだ。しかし、これはニューヨークでは展示されたが、ドイツのフォルクヴァング美術館では<幼児性愛>の非難を恐れて展示を中止したという、いわく付きの作品である。
ところでこのポラロイドだが、何というカメラで撮ったのかという疑問が湧く。アマチュアユースの一体現像タイプで、サイズは美術館の情報では10..2×10..2cmとなっている。若干の誤差はあるが、これは手元にあるスペクトラフィルムのサイズと合致する。したがってポラロイドスペクトラで撮ったと断定していいように思うがどうだろう。バルテュスの作品はポラの苦手なシャドーの深みをよく出していた。とはいえ、ポラロイド社が破産したので、現在スペクトラもそのフィルムも発売されていないのはまことに残念。
17日のNHKテレビの日曜美術館でバルテュスを取り上げていたが、5月22日に放送されたものというテロップが入る。確か1か月くらい前にも同じものを放送していた。私がバルテュスの生涯や三菱の展示を知ったのはその時だ。いくら希望が多いからといって、半年に同じものを3回は多すぎるのではないか。
今日、日曜日は都写真美術館地下で「原点を、永遠に。“ヤング・ポートフォリオ”20年の軌跡」を観る。清里フォトアートミュージアム(K・MoPA)開館20周年記念として、K・MoPAが収蔵する世界の若者の作品と選考委員の若い頃の作品、合わせて約500点を展示している。ヤング・ポートフォリオとは、35歳までの若者の写真を公募により購入するK・MoPAの文化支援事業だという。日本だけでも、知った名前の写真家の作品がずいぶん多数収蔵されていることに驚いた。そこまではいいが、K・MoPA館長・細江英公氏の挨拶に「本展は……真如苑・社会貢献基金の助成を受けて開催……」とあり、少々ずっこけた。