ニキビができちゃった 

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大変なことになった。毎月古紙回収を頼んでいたMさんから応答がなくなってしまった。以前にも一度同じことがあり、その時は会社に電話して取り次いでもらったのだが、Mさんの心境を推し量ればもうその手は使えない。10年近く続いてきた古紙回収だが、一旦終わらせるしかなさそうだ。自治会が毎週火曜日に1階の通路で回収しており不便はないが、自治会の回収に対抗して始めた当方としては敗北感が否めない。毎月、その日に合せてビラを入れ必死でスキャンしてきたルーティンがなくなるのは、寂しいだけでなく、私の性格からして期限がなくなれば新聞がどんどん溜まっていくのではないかという心配につながる。別の業者を探して頼むことも考えたい。Mさん、長い間ありがとうございました。無理難題を押しつけたことを許してください。

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さていささか旧聞に属するが、昨年2月22日の猫の日、1つの労働争議が幕を下ろした。詳しくはリンク(こちら)を見てもらいたいが、当事者は教育社労働組合。私も70年代末期に多少の関わりから何度か東村山の本社前集会に出たり会議に参加したりしたが、いまメンバーの写真を見ても名前が思い浮かばない。教育社(現キョーイクソフト)はトレーニングペーパーという受験教材で急成長し、後に科学雑誌『Newton』でも名前を売った会社である。
1971年、ご多聞に漏れぬ劣悪な労働環境や差別的待遇に抗して労組が結成されると、経営者高森圭介は暴力ガードマンを導入し、ロックアウト、刑事告訴、解雇といった強硬な姿勢で応じ、泥沼のような長期戦に入っていく。闘いは42年に及んだ。42年と言えば人が生まれて育ちその子供が成人する年月である。だが彼らの年月は重苦しい。法廷闘争はことごとく労働者側の敗北に終り、解雇撤回・職場復帰は成らなかった。同時期に展開された中央公論社や光文社など各争議の余裕を持った勝ち方とは違い、当初から分の悪い闘いだったと言わざるを得ない。
なお、教育社闘争に顔を出していた当時、よく行動を共にし飲み歩いたS高校のT君は音信不通となって久しい。彼の家に押しかけてご家族に迷惑を掛けたこともあったが、皆さんどうしているんだろうか。気に掛かる秋だ。

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夢十夜9 

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久々にリアルな夢を見てしまった。仕事場で先輩がバックナンバーを見て欄外の何とかを確認せよと言うが、書棚にあるのは縮刷版でそこまで細かいところが見えない。そう言うと先輩は向こうで怒鳴り出したが無視してやる。激しい地震が起きて、川岸に建つ船のような形のビル(現実にそのビルで働くことが多かった)が川上に動き始め、皆が慌てふためく。ビルはごちゃごちゃした所でやっと止まった。さっきも同じことがあったようだがよく思い出せない……。
私にとってリアルの仕事はいずれも完敗だった。私の言動は行く先々でパニックを引き起こした。大納言さんは勘弁してくださいという声は私にも聞こえないわけではなかったが、軌道修正はうまくいかなかった。それが職場を追われる原因の場合もあった。多くの人が私のしでかす脱線事故を修復してくれたのだ。団地の自治会でも同じような事情だったろう。私のためにノイローゼになった人、胃潰瘍が悪化した人は数知れない。仕事が最小限となった今、ようやくそのことを振り返る荒れ地に立ったがもはや遅い。明け方の夢はそんな記憶を正当化しようとしつつ、居直りきれないオブセッションの断片であろうか。

西尾真代「13番地」2014
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絵が好きだという知人が、昔「絵は奥が深いが写真は表面で止まってしまう」と言っていたのを思い出す。写真を拡大すればフィルムの粒子(デジタルならば画素)に還元されるのは間違いないが、それは絵画も同じ。知人の言うのはもっと抽象的な話なのだろう。掲載の画像は西尾真代の個展「Pastscape」(ギャルリー東京ユマニテ)から。写真をもとに描いている。ならば写真でいいのではないかと思ったのが、観に行くきっかけだった。彼女が言うには、写真は色彩が一定せず自分の記憶とも違う。この作品は祖父の家が取り壊された跡を撮った写真をもとにしているが、色は下地に使われているだけで、一見モノクロームの写真のようだ。エニシダの花に子供時代の彼女が写り込んだ写真は、すっかりにB/Wに変換されている。鮮やかなエニシダの黄色に違和感があったと言う。記憶を絵画にするのではなく写真を介在させ、写真の力を借りながら写真の〈記録〉を遠ざける……彼女の手法は、同様の横尾忠則の「Y字路」シリーズや宮本三郎の民家における写真と絵画の関係とも違った困惑を写真家に突きつける。この個展は終わりだが、同じ京橋付近では北井三郎「北京―1990年代ー」(ツァイトフォトサロン)や「鉄道遺構・再発見」(LIXIL)が開かれている。

強行採決に終わった安保法制に関しては内田樹氏のこのコメントが秀逸だった。

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超然としたS女史に負ける 

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来た、来た、来た、来た~日刊アルバイトニュース!……ではない、臨時福祉給付金。来たと言っても申請書だが、これを送り返せば6,000円もらえるそうだ。いままで私は低所得ではあったが、給付金がもらえる低所得者ではなかった。これで名実ともに低所得者になったわけだ。気がつかなかったが、そう言えば今年は住民税が年金から引かれていない。
前回、軽減税率のことを書いたら絶妙のタイミングで、始まってもいないマイナンバー制度を使った2パーセント還付案がアナウンスされ、思った通りさっそく袋叩きに遭っている。マイナンバーという未完成のシステムに税の還付をくっつけたのが間違いで、日本型消費税制に軽減税率を導入するのがいかに難しいかを遠回しに物語っているとも言える。軽減税率は公明党が消費税増税に同意するに当たり、少し抵抗姿勢を見せようとして持ち出したガス抜き装置だから、公明党自身、腹の底では最後はポシャってもいいと思っているに違いない。いつもの伝で主張したが負けましたという言い訳だ。公明党は安保法制で創価学会員の意見も聞かないなど、最近とみに強硬な姿勢が問題化しつつある。もっとも、小田嶋隆氏などは今度の還付案は財務省のアドバルーンではないかと書いていた。各方面の反応を見ようとしていると言うのだ。

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砂銀からの帰りにSさんに会う。Sさんは2年ほど前に私と同じフロアから1つ隣の駅の都営住宅に転居した女性だ。歳は私と同じか少し上ではないかと思う。ここにいるときは猫と一緒に暮らしていたが、都営ではどうしているのか。彼女には自治会をやっていた時に会費集めを手伝ってもらったので感謝している。病院や図書館はまだこちらを使っているらしく時々道でバッタリ会うが、彼女は超然として歩いているのでいつも気がついて声を掛けるのは私の方だ。越した当初は都営は家賃が安いし広いし、早く申し込んだ方がいいわよと言い、大納言さんなら絶対大丈夫よと付け加えるのだが、何が大丈夫なんだろう。私の収入が低いこともお見通しなんだろうか。上の若い男の足音がうるさくてと言ってみたが、さっぱり聞いてくれない。いつも自分の言いたいことを一方的にしゃべると、じゃお元気でねと言って去って行く。猫みたいに気まぐれな人だ。

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