置き去りにされるもの 

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北海道新幹線が開通して道産子の皆さん泣いて喜んでいたが、朝日新聞によればJR北海道自体が年400億円の赤字で黒字路線は1つもなく、新幹線も年50億円規模の赤字が出るのだという。これは3年間のことらしいが、その先急に黒字になるとは考えられないし、新函館北斗止まりという暫定開業がこたえそうだ。早速、北海道では駅の廃止や在来線の減便が発表されている。青い森鉄道も通過する寝台特急列車はすでに廃止、貨物列車は新型機関車に換えて運行を続けるが、青函トンネル内での新幹線とのすれ違いが新幹線の速度を制約するのがネックで、貨物列車を丸ごと新幹線に載せる方法が検討されている。

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先日、東大島文化センターで学習会があって行ってきた。航空機騒音問題学習会というもので、江東区上空の飛行計画撤回を求める会が開いた。司会や会長はどういう人物か知らないが、議員の挨拶などを聞くと主体は共産党で、主たる報告も34歳の白石たみお共産党都議が行っている。それによると、20年の東京オリンピック・パラリンピックに向けた国際競争力強化・日本経済発展のため規制緩和して羽田空港の機能を強化し、発着機数を時間当たり80機から90機に増やし、現在は6,000フィート(1,800メートル)以下では陸地上空を飛行しない原則を撤廃し、都心上空を低空で飛行するルートを導入するというもの。
具体的には北風の6~10時半および15~19時の離陸時に荒川上空を北上、南風の離陸15~19時は悪天候の場合も、都心上空から計器飛行で空港に向かうというルートを導入する。1時間当たり21機、2~3分に1機の割合で通過するという。北風は1年間の約6割に当たり、7か月にも上る。離陸機が東砂・大島付近(1,000~1,600メートル)をエンジン全開で通過する際の騒音は70デシベル前後となる。朝6時に始まる飛行は生活への影響が大きいが、騒音だけではなく落下物やナノ粒子による大気汚染、飛行機そのものの事故も心配だ。国交省はセミの鳴き声は80デシベルだと言ってるとか。

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運動は4月の院内集会のほか、国会議員への働きかけ、署名活動を行う。品川区ではデモを行った。8月にはルートが決定されることになっているそうで、決まる前に阻止する必要がある。なお、この変更で影響を受ける地域は、これまでの3区から11区に拡大する。
国交省では区内でも説明会を開いているがオープンハウス型の説明会(立ち話程度)では説明にならない。桝添都知事も23区長会もやむを得ないという立場だし、山崎江東区長は騒音は瞬間的・単発的(?)という考えで、事故については国がしっかり対策するだろうと言い、教室型説明会は必要だとするが国に今回のルートの変更は求めない姿勢。だが、国は20年以降もさらなる需要増を見込み、滑走路の増設、新しい飛行場の建設に税金を投じるつもりらしい。過去あれだけの犠牲を払って開港した成田がさっぱり役に立たず、結局羽田に回帰するのは何ゆえか。定見なき行政に引き回されるのはたくさんとの思いが募る。

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狂い咲きサンダースロード 

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米国で社会主義者を自称するサンダース氏。敗れるにしてもここまでやれば本望だろう。「狂い咲きサンダーロード」は80年に石井聰亙がつくった怪作アクションだが、全共闘運動の残像の一つと言えるだろうか……?

あまり期待していなかった「あーす ぷらざ」の屋須弘平展。遙々行ってみればドッコイ予想に反し非常に充実した内容で驚かされた。屋須弘平の写真展は2005年にJICA横浜でも開かれていたようだが情報自体知らなかった。今回は屋須の作品のほか、カメラや写真機材、遺言書、手記、手紙など、彼の魅力ある人間像を彷彿とさせる品々が多数展示されていた。これらは遺族から譲られ郷里の一関市が収蔵しているもの(指定有形文化財)である。
1846年、仙台藩の蘭学医の長男として生まれた屋須弘平は父からオランダ語を学び、17歳で江戸へ出、さらに横浜の伝習所に入って医学の他、天文学、スペイン語を習得する。折しも勃発した戊辰戦争では、幕府側に付いた仙台藩が形勢逆転を狙ってメキシコ政府に接触する密議があり、計画は頓挫するものの、藩ではその役を屋須に任せようとするほどの存在になっていたという。
74年、金星太陽面経過を観測すべく来日したメキシコ観測隊の通訳を務めたことが転機になった。隊長コバルビアスに天文学を学びたいと頼み込み、翌年、フランス船でメキシコへ渡る。コバルビアスを頼ったのだが、政変で彼とともにグアテマラへ移住するも状況は学問どころではなくなっていた。

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屋須は帰国費用を稼ぐためにドイツ人の写真館で働き写真術を学ぶ。その後、グアテマラ・シティに自分の写真館フォトグラフィカ・ハポネスを開き、カトリックの洗礼も受けている。89年に写真館をたたみ日本に帰国した屋須は、築地に写真館を建て母親と姪を呼び寄せて新しい生活を始めようとした。そこへ割り込んできたのが高橋是清のペルー銀山開発計画である。運命はなかなか彼に安息を与えようとしない。是清に請われるままペルーに渡った屋須だったが、銀山は廃鉱同然で計画は失敗。屋須は日本人従業員の帰国の算段に奔走しなければならなかった。再びグアテマラ・シティで写真館を開いた彼は既に45歳になっていた。グアテマラ人マリアと結婚し、後にアンティグア・グアテマラに移転する。重篤な病を得て1917年2月死去。享年70であった。
屋須弘平の写真を観るに、写真の化学とともに西洋の作画法をいち早く習得した彼の才能は並外れている。写真館ではホリゾントに独自の自筆画を使ったり、二重露出を試みたり、現地人の民俗や行事を撮った群像写真でも人間味ある工夫の跡が感じられる。屋須がアンティグアに移ったのはその植民地都市の古い佇まいに惹かれてのことだったらしい。屋須弘平の作品と現代の羽幹昌弘の写真を対比させる展示は併設展示として行われていたが、百年余を経て健在な石造建築の文化はそれだけでまた驚きである。
妻マリアと並んで写る小柄な屋須のポートレイトが残っている。飄々とした優男風の表情が秘める望郷の悲しみは、ともすれば見過ごされてしまいそうだ。

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※今回の記事は山姥さんから情報をいただいたほか、Fs氏のブログも参考にさせてもらった。
 ただし、Fs氏が掲載している屋須の年表は私には見つけられなかった。

        

屋須弘平――奇跡の写真群 

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見て読んでためになる「Fsの独り言・つぶやき」に面白い記事が載っていた。横浜の通称あーすぷらざで開かれている屋須弘平の写真展である。江戸後期に蘭学医の長男として現一関市に生まれた屋須は、江戸に出て医学・天文学を学び、紆余曲折を経て中米グアテマラのグアテマラ市に写真館を開設(後アンティグア・グアテマラ市に移転)、風景や人物の記録を残し彼の地で没した。だが、驚きは百年前のグアテマラが日本人の手で克明に記録されていたことだけではない。歴史に埋もれていた彼の業績が陽の目を見ることになったのは、1976年アンティグア・グアテマラ市の大地震の際、大量のガラス乾板が見つかるという東日流外三郡誌もびっくりの偶然だった。
屋須弘平については、1986年にSTUDIO EBISUで、92年には神田の平永町橋ギャラリーで写真展が開かれた。屋須のことを紹介したのは写真評論家の飯沢耕太郎氏で、グアテマラに渡って調査もしている。この時は屋須の代表作と共に羽幹昌弘が同じアングルで現代のグアテマラを撮った写真を展示していたが、今回の展示も一部これと同じ構成をとっている。ぜひ観に行きたいが、ネックは午後5時までという開館時間と横浜から電車でさらに30分近く掛かるアクセスである。夜明けとともに江戸を発たなければなるまい。

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虎視眈々と常任理事国入りを狙いながら、女性差別撤廃委員会にはごり押しのだめ出しを認めさせた。いったい国連というのは日本にとって何なんだろう。同委員会は先日、日本政府に対し慰安婦問題での日韓合意は元慰安婦中心のアプローチではない、夫婦同姓や再婚禁止期間など民法規定の改正勧告、ポルノ規制への努力、国会議員など主導的な立場に立つ女性の割合を20年までに30%にすること、等々の厳しい注文をつけた。スガは早速反発していたがそれだけではなかった。皇室典範の男系継承が女性差別とする記述があったのを日本政府が抗議して削除させたというのだ。審査過程で取り上げられず最終見解案で突如示されたことをもって、中国人主査の意向が働いたのではとの見方が出ているとか。スガは「歴史や伝統が背景にあり、国民の支持を得ている。女性に対する差別を目的としていないのは明らかだ」と語っていたが、世界のどこでも女性差別の歴史と伝統は根深いし、「目的としていない」で済まされるなら苦労はない。大して関心がない私でも皇室典範は差別だと思う。女性が天皇になって何の不都合があるのだろう?
これとは別に、子供の人身売買やポルノ問題を担当する国連のブーアブキッキオ特別報告者は日本に関する報告書を出し、いわゆるJKビジネスの「性的搾取を促進し、搾取につながる商業活動」の禁止を勧告した。この報告者は昨年、日本の女子生徒の13%が援助交際をしていると言ってスガに噛みつかれた人である。後に取り消したというが、その文書は公開されていない。ただ、日本が性差別大国であることがしだいに世界のコンセンサスになりつつある。

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