老人が生き難い世界で 

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前に書いた航空機騒音増大反対で区議会に出す署名活動に上から下まで歩いてみた。こういうことは20年ぶりだが、結果はよくない。反響が非常に悪い。我が棟は確か200戸強だから、署名が取れたのは1割ちょっと(25戸)に留まった。チラシが入って知ったのは私も同じだし、知らない、チラシを見ていないというのはいかに情報に怠慢か分かる。断る口実にもなっている。そもそもこの棟は単身者が多く、他者との接触を拒む傾向にあるが、電灯が点いていて出てこないのはほとんど居留守だろう。ドアスコープで覗いていて無視されたこともあった。それだけに、快く署名をしてくれた人には大感謝している。最近とみに増えた外国人居住者宅には頼まなかった。
20年前に自治会で動いたところだから多少は知っているはずだが、状況はだいぶ悪くなったように感じる。自治会がやるなら署名するという人がいたが、この自治会を牛耳っている勢力が国交省の親分を出しているのだからやるわけがない。ドアを開けてお願いすると急に認知症を装う人、飛行機の便が増えるのはよいことだという人、なぜか反対できないという人、「けっこうです」という人(全然けっこうではないよ)、乱雑な議論に持ち込んでしょうがないと言う人……まあ、よくこれだけの屁理屈が言えるものだ。

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1人、手が離せないから後で家へ行くと言う人に部屋番号を教えたが来ない。よくあるお断りの手だと思ったら、後日エレベーターの中で会ったご婦人から「署名集めている人ですか?」と声を掛けられた。それがその時の人で、わざわざエレベーターを降りて署名してくれた。こちらは顔を知らなかったが、署名のバインダーを持っていたから分かったのだろう。感謝感激である。隣のおばさんにも署名していただき、話しをすることができた。結果はよくなかったとはいえ、団地の様子が色々と分かったのは収穫だ。

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某日、昔の会社の同僚(実は上司)で2つ下のY君と錦糸町で会って少し飲む。静岡の男で向こうに帰っていたが父親が亡くなって家も親戚に取られ、再度上京して不安定な日雇い仕事で苦労している。一緒に住んでいる女性も引きこもり気味だと聞いた。彼から連絡があるときは必ず借金の申し込みだ。私より多い組合年金を受けていたはずなのに、いつの間にか負債がかさんで年金を前借りし、4割減になってしまったようだ。収入もさることながら、しばらくぶりに会って痩せているのに驚いた。今、高齢者が東京で生きていくのは大変なのだ。仕事とてノルマが厳しく、ちょっと体調を崩せば簡単にお終いになってしまう。あまり飲めなくなったと言っていたが、大丈夫なのか。身体が心配だ。
         

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寺山記念館・三沢市内を巡る 

いつも野辺地行きは緊張する。しかし前夜に支度しておいたはずだが、朝使った肝心要の目薬と耳鼻科用のスプレイを入れ忘れてしまった。
天気は上々で4時前に野辺地着。不動産店で掛けてもらっていた写真はレイ変で撤去されたので、お礼を兼ねてお土産の夕月を社員に渡し、弟の車でお寺へ。草を取り軽く掃除して花を手向け、風が強いのでろうそくだけ点けて拝む。その後1人で写真を撮り歩く。旧姓Aさんの薬局へ寄って四方山話。彼女も介護してきた夫を昨年亡くしている。公民館でトイレを借りたり、暗くなるまで撮り歩いたので、帰ると弟はもう寝てしまっていた。

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次の日は早起きして三沢の寺山修司記念館へ行く。電車賃は三沢まで片道800円もする。駅からMISAWAぐるっとバスという無料バスが出ている(土日祝のみ)。三沢空港や航空科学館、寺山修司記念館のある市民の森などを回る。寺山修司記念館は平屋建てだが、平面形は柱時計の形をしているという。常設展は寺山ワールド全開の立体展示で、気がつかず見逃したところもあったのは残念。企画展は森山大道の写真展「裏町人生~寺山修司」と中居裕恭の追悼写真展「北斗の街――遡上の光景」。「裏町人生~寺山修司」は新著の発刊に合わせピンクのパネルに貼ったり、三沢の犬の写真を大伸ばしして壁に貼ったり。だが私の目当ては中居の写真の方だ。彼の作品は森山がセレクトしたものを、ホールの壁面だけでなく、文学碑のある森へ続く屋外の「短歌の径」にも点々と展示しているのが新鮮だ。館内では訛りの抜けない寺山の声がボソボソと答えている。ふとそれが中居の声に重なった。

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帰りは例のバスで一旦駅に出、それから三沢の市街へ写真を撮りに向かった。弟にシャッター通りが延々続くと言われたが、それ程でもなく人通りも結構あり、写真も撮れた。基地のゲートへ行けば以前OWLという反戦喫茶があった辺りも見られたろうが、高校や中学校を撮ったあと坂を上ると、偶然引き込み線の踏切に出た。かつて70年代に反戦労働者学生のデモ隊と機動隊が対峙した場所だ。引き込み線はそこで終わりになり、その先の線路跡が歩道になっていた。西日が斜陽の街に強い陰影を投げかけている。
駅に戻り反対側に回ると、廃止になった十和田観光電鉄の駅舎兼待合室が健在で懐かしい昭和ムードが目一杯漂っている。十鉄の電車に乗ったのは数回だが、こんな風景があることは忘れてしまっていた。今はバスの待合室となり、切符売り場とそば屋、自販機コーナーがあるが、大事にしてもらいたいものだ。その他、付近には寺山修司ゆかりのポイントがいくつかある。

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3日目は家の回りの草取りをし、I氏の不動産店へ写真送受の相談に行く。三沢は一握りの大地主が土地を押えているので流通は難しいのだとか。草は根っこが強固で取りきれず、除草剤を撒いておく。弟は樹は切るくせに草は取らないので、つい蔓延ってしまうのだ。しかし、予報では3日目は時々雨となっていたのが好天に恵まれ助かった。もう一度墓を拝んで帰路に着く。
宇都宮を過ぎた頃、新幹線の電灯がいきなり消えて携帯の緊急地震警報が鳴り電車は停止。これで13分遅れた。家に帰ると仕事のやり残しが5本あったのに加え、新たに4本入っていてうち2本は至急だという。大変なことになった。

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関東太平記 

2日続けてうつらうつらし、夢を見ていた。よく覚えていないがかつての職場の夢であった。久しぶりのKさんに挨拶し、もう一度顔を見ると大嫌いな別の人に変っていてビックリした。いろんな人が出てきたようだったが、もう思い出せない。今回は起きてすぐ夢をメモする作業を怠ったから。しかし、仕事関係のオブセッションがここまで現在の深層心理に関わっているとは……。

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6日は河馬壱公演の初日。例年より1か月以上早い。今年は小栗判官に材をとった『オグリスとテルリンド』。小栗判官というのを知らなかったが、ネット情報によれば、「小栗は大蛇と契った罪で常陸に流され、その地で武蔵・相模郡代、横山大膳が養う照手姫(北面武士の娘)を見初め強引に婿入りする。怒った横山によって小栗は毒殺され、照手姫は売られて美濃国青墓で下女奉公をする。死んだ小栗は閻魔大王に許されて餓鬼身として蘇生。藤沢遊行寺の上人の尽力によって土車に乗せられ、熊野に運ばれてその湯を浴びて復活する。照手姫と再会した小栗は、横山に復讐する」というのがあらすじだ。不屈の愛の物語と言えようか。

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一方、河馬壱のオグリスは、とんでもない遠回りをして天山北路で三蔵法師一行に出会ったりしたあげく、美濃の青墓ではなく、メキシコのアオハカでテルリンドに遭遇する。河馬壱はキャストを自在に入れ替えて人形劇風に、またミュージカル風に展開する。すじとは無関係にサックスが鳴り響いたりするのも河馬壱の一種のお約束だろう。
ところで、河馬壱版では取り上げていないが、一説に小栗は上杉禅秀(氏憲)の乱に加担し、鎌倉公方・足利持氏に攻められて落ち延び、家来とともに潜伏中に照手姫に出会ったことになっている。禅秀は持氏への不満が嵩じて挙兵するや、周辺の武士を巻き込んで持氏を追放、一時鎌倉の地を制圧するが、室町幕府に見放され反対勢力に包囲されて潰えた。昭和58年、東京新聞が「関東太平記」の題でこの乱を描き夕刊に連載している。編集委員・故三浦昇の文に酔いしれたものだ。挿絵は平松礼二。

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航空機騒音反対の署名活動を始めた。まず同じフロアから回ったが、拒否やお断りが多い。ものすごく疲れることも意外だった。その結果はまたブログで報告したい。14日から16日まで帰省する。今回は三沢の寺山修司記念館へ立ち寄り、森山大道展・中居裕恭「北斗の街――遡上の光景」展を観る予定。