夢十夜13 

7時に目が覚めたので、目覚ましを掛けて二度寝したら起きられず、寝坊して結局9時半起床。妙な夢を見てしまった。昔の仕事仲間に招集がかかり、以前のような部屋に集められている。私が行くと1つのテーブルに既に3人が座り、まさに始動せんとする態勢だ。別グループのSさんやKさんの顔もあった。仕事は数式ばかりぎっしり詰まった学術書。付箋がたくさん付いている。皆「これこれ、こういうのは手作業だよね」と張り切っているが、相変わらず手元照明がなく視力が心配になる。ゲラがまさに出ようとしている……。虫歯を治しに歯医者へ行く。女性の歯科医。左上の奥歯が腐っている。先生はなんとかかんとかと説明しているようだが話が分からない。知らないうちに注射を打たれたようだ。今日はこれで終わりか。だけどちょっと待て、私はN歯科クリニックで治療中なんじゃなかったっけ。この歯もそこで治せばよかったんでは? アチャー、今更引き返せない。いつも私はこんなことばかりしている……地震が来て建物が揺れ動き、患者達が顔を見合わせる。目が覚めた途端にイヤな過去を思い出し猛烈な自己嫌悪に襲われてしまった。

                       
DSC09406bh.jpg DSC09386bh.jpg DSC09414bh.jpg

昨年ある同人誌に私の短歌を載せてもらったことは書いたが、次の号にまた俳句の作品と対で載せたいという電話があった。前回、洗いざらい出してしまったので……と辞退しようとしたが、もう台割りに載せられているようだ。そこで昔のメモやスクラップを引っ張り出したら、何とか1回分くらいの歌が集まりそうだった。今読めば赤面の至り的なものも多いが、それを纏めてページに組み、最後に新しい歌を強引に押し込もうとしたら、ある言葉がやはりどうしてもしっくりこない。再三ああでもないこうでもないと考えながらページをつくっていたので時間を食い、ブログの更新が後回しになってしまった。この歌は東京歌壇に出したものと同じだが、たぶん採用されまい。今年になって東京歌壇は不作が続いている。新聞短歌は人情の機微や街の移り変わりなどが主流で、私の歌のような虚仮威しは好まれない。

                      
DSC09380bh.jpg DSC09379bh.jpg DSC09362bh.jpg
DSC09368bh.jpg DSC09369bh.jpg DSC09384bh.jpg    

ジーンズがへたったのでダイエー大島店へ買いに行ったら、ジーンズの棚はなくなり品揃えがまるで少ない。同じジーンズは見当たらない。東大島店へ行ってみるとこちらはもっとひどい。2階の衣類や靴を含む生活用品の売り場が全廃され、一部は3階へ移ったが、フロアは既にドラッグストアに取って代わられていた。なお、東大島のダイエーは元忠実屋で、ダイエーに買収された。
経営危機のダイエーはイオンに吸収されたものの、凋落ぶりは半端じゃない。店が残っただけでもよしとしなければ。しかし、おかげで木曜の市が取りやめとなり、うるさい「もっくんソング」が消えたのは朗報だ。このため私は3年ほど木曜日にダイエーに行くのを止めてしまっていた。客を寄せ付けないほどうるさいキャンペーンソングで集客を図る、それが前時代の感覚だということに経営者は気が付かなかったのか。

                       
DSC09316bh.jpg DSC09393bh2.jpg DSC09352bh.jpg 

                

スポンサーサイト

中上健次とは誰か? 

DSC_4909bh.jpg DSC_4928bh.jpg DSC_4915bh.jpg

4月13日、今年も亡くなった弟のアパートを訪ね、高石(川崎市麻生区)の丘を一巡りして帰ってきた。弟のことは毎年書いているので詳しくは触れないが、彼が亡くなってもう16年。追悼の旅はまだしばらく続きそうだ。

             
DSC_4940bh.jpg DSC_4947bh.jpg DSC_4954bh.jpg
DSC_4925bh.jpg DSC_4972bh.jpg

駅前のマクドナルドの裏手に五反田川が流れており、私製(?)の橋が架かっている。渡ったところに棕櫚というカフェがあるが、やっているのかどうか分からない。まず川とこれを撮るのが毎年の儀式。護岸の深い五反田川がクネクネと流れる丘陵地に、鉄道そして住宅街と飲み屋群が緊密な風景を形作っているのがこの地の特徴である。南口を撮り、陸橋を渡って北口へ出て津久井道を線路沿いに西へ歩き、GSのところから高石神社の方へ上がっていく。魚屋も馬頭観音もお地蔵様も、その上の中学校も変わらない。校庭では青い体操着の生徒たちが走り回っていた。
弟がいたアパートは今年もひっそり静まりかえっていた。平日のせいだけではなく部屋がだいぶ空いているようだ。アパートの桜の木は切られたが、近所の家の桜が満開の枝を延べていた。傍の丘の斜面も桜と菫、菜の花が満開であった。
そこから下って千代ヶ丘に出、細い用水路みたいな川筋を辿ってまた駅に戻るのが恒例のコース。途中の深ピンク色のベニトキワマンサクが見事だ。今年は細山調整池のゲートが開いていたので中へ入って少し写真を撮った。広大な谷間(普段は水は入っていない)に桜が見事な満開である。線路の南側を通って駅に着く頃には、夕陽が射してやっといい雰囲気になった。川っぺりに建つ小屋みたいな焼き鳥店では、女将がぼけっとテレビを観ていた。パチスロ店の駐車場周りを撮って、最後にドトールコーヒーに入る。誰とも口をきかない旅はこれで終わりだ。

                         
DSC_4963bh.jpg DSC_4983bh2.jpg DSC_5010bh.jpg
DSC_4997bh.jpg DSC_5020bh.jpg DSC_5025bh.jpg

土曜日はくまくま会例会で中上健次について写真家の渋谷典子が話すというのを知り、A氏を誘って参加した。場所は日大文理学部の百年記念館。くまくま会というのは、中上が創った熊野大学の聴講生による熊野を語る東京の会の略だが、主宰者が急逝したため今回で終了となる由。この日の参加者は20人余り。
会は中上の戯曲『かぬかぬち』の上演の一部始終を捉えたETVのDVDから始まる、この時写真家として同行し、かつ夫婦共々中上と親交のあった渋谷が語るエピソードの裡に、稀代の作家の実像を垣間見ることができた。中上唯一の戯曲とされる野外劇『かぬかぬち』は、壮大なスケールで新宮の神社跡を使って上演され、3日間で2,000人が観たという。かぬかぬちとは金属神のことらしい。中上にオーラはないと話していた渋谷だが、途中涙ぐむ場面もあった。それを指摘したA氏の眼力は鋭いと思った。最後は自己紹介で、中上ともくまくま会とも全然関係のない私にはきつかった。中上と小学の同級生だったという女性研究者も参加していた。中上をケンジクンと呼び手をつないだという。

               
DSC09300bh2.jpg DSC09308bg.jpg DSC09301bg.jpg
                    

アルブミンから古典技法へ 

DSC09114bh.jpg DSC09173bh.jpg DSC09109bh.jpg

七転八倒してやっと東京歌壇へ投稿する短歌1首ができた。歌を考え出すと、ああでもないこうでもないと3日以上掛かるときもあり、頭脳が他へ回らなくなる。歌集1冊分の名歌を一気呵成にひねり出した啄木(実際それは白鳥の歌であった)でも天才茂吉でもない私には、他愛ない素材であれ考え抜くことが全てである。しかし、如何に苦心作で名作のつもりでも選者の佐佐木先生が認めてくれなければそれで終わり。現在は東京歌壇も錚々たる名手がひしめき合い、大変な難関になっているのだ。この際、先生に付け届けをするのも妙策だろう。

                    
DSC09151bh.jpg DSC09085bh.jpg DSC09160bh.jpg

年来の冷え性(寒い寒い病)について、たかしくんからアルブミン値をチェックせよというアドバイスがあった。血清アルブミンは肝臓で生成され食事で直接どうこうというものではないが、俗にいう老人は肉より魚という説はうそで、肉を食べた群の方が死亡率が低かったという。その指標となるのがアルブミンだということだ。実際アルブミンを上げる力は魚より肉が何倍も高い。
そのあたりの理屈はともかく、この間、食物の陰性陽性については気を配ってきたが、動物性タンパク質が知らず知らず少なくなっていたのは事実だ。牛乳は飲まず卵も3日に1個食べればいい方だった。肉か魚かではなく魚さえ少なくなっていたのだ。草食系を通り越してポテンシャルの低い枯れ草系に成り下がっていたようだ。私の場合まずはその転換が必要だろう。動物性タンパク質を適度に増やし、アルブミン値が上がるように心がけたい。
歯の治療は心配したほどではなかった。左上の歯の被せものを外し土台の歯を整形した。虫歯はその程度のものだった。ただし、外した後の歯茎はかなりムニャムニャするので、これが来週までに治らないとまずい。

         
DSC09108bh.jpg DSC09111bh.jpg DSC09165bh.jpg
DSC09153bh.jpg

ところで、アルブミンといえば写真家なら鶏卵紙(アルブミンペーパー)という前時代の印画紙を思い浮かべるかもしれない。今日はちょっと珍しい写真ギャラリーへ行ってきた。場所は池尻の住宅街、会期は土日のみ、ガレージの車をどかしてそこに展示する、スタッフは親子3人……ファミリームードのギャラリーだ。Monochrome Gallery RAINの名はオーナー雨宮一夫氏の雨に由来する。“写真の原点への回帰”を謳い2015年3月14日にオープンし2年目だというが、行ったのは今日が初めて。主に現代作家が古典技法で制作したモノクローム作品を取り扱う。現在はスプリングセッション2017として、藤田修(フォトエッチング)、コウムラシュウ(カリタイプ & リスプリント)、日下部一司(ゼラチンシルバー & ガム印画)、白石ちえこ(フォトドローイング/ぞうきんがけ)、安田雅和(カーボンプリント)の各作品を展示している。こうした作品は近似したものをデジタルでつくれないわけではないが、立体感や耐久性では古い技法が勝り、複製不能の稀覯性も高い。今回の展示では、白石ちえこのいわゆる「ぞうきんがけ」(印画に絵の具を塗って拭き取る手法)が圧巻であった。ダゲレオタイプで作品をつくる新井卓も出てきたし、デジタル隆盛の反動か古典技法が見直されつつある。

              
DSC09127bh.jpg DSC09139bh.jpg DSC09034bh.jpg