半貧困 

亀戸

湯浅誠氏の講演会へ行ってきた。湯浅氏は反貧困ネットワーク事務局長、自立生活サポートセンター・もやい事務局長で、「年越し派遣村」の村長も務めた。江東区議会の1会派である市民の声・江東が亀戸で開いたものだが、300人近い(推定)聴衆が集まったのは貧困が喫緊の大テーマになっているからだろう。敗戦から数えて66年、不景気の時期はあったとしてもひたすら成長を続けてきた果てに、貧困が問題になるとは思ってもみなかった。しかも自分がその崖っぷちに立たされようとは……。湯浅氏の話は希望の道を示すところまではいかなかったが、国→企業→家庭→個というカサ状の社会保障構造が固まったのは70年代中盤だったというのは興味深い。カサからはみ出すケースは想定されていなかったのである。偶然かどうかそれは私が東京へ出てきた頃である。

最後に質疑応答があり手を挙げた1人を見て驚いた。顔見知りのSさんというご老人で「日本人は贅沢ですよ。デパートへ行ったら高いカニに人が群がってるんです。西欧の食事はホントに質素ですよ」などと、いささかKYなことを言い出したので笑いが漏れた。最近は病気でいつもやっと歩いているような感じだったが、大丈夫なんだろうか。
    

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コメント:

本文を読みやすく

14ポイントまで上げました。デフォルトは12ポイントで昨日まで13ポイントにしていたのですが、まだ読みにくい。高齢者でも読みやすくしました。多くのブログは字が小さすぎると感じています。

湯浅誠氏の「貧困と貧乏」の違いがネットでみて少しだけ分かった。”溜め”がなくなると貧困にも貧乏にもなるという事か?

Re: 貧困と貧乏

貧乏(金がない)だけでは貧困ではない。制度や家族、友人など他の諸要素などをひっくるめて駒がなくなった状態が貧困だということのようです。

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