プランゲ文庫 

砂町銀座
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今日は国会図書館の憲政資料室へ行く。母の短歌の師である稲垣浩の歌誌『陸奥』を見に行ったのである。見て確認した上でコピーしてもらった。もしかしたらと期待したが、昭和22年刊の『陸奥』創刊号に母の作品は載っていない。母は青森の『樹氷』に加わった後、昭和12年に稲垣浩が創刊した『美籠』にはじめから参加し歌を学んだ。昭和12年といえば母は19歳である。大戦が勃発し戦況が悪化すると『美籠』は『地上』と合併させられ、正常な軌道に復するのは昭和23年に『国原』が『美籠』を引き継いで創刊されてからといえる。では『陸奥』はどういう位置づけになるのか。それはこれから調べたい。
父が亡くなって以来、母の歌を収集すべくあちこちの図書館・文学館を渉猟してきた。しかし状況はかなり厳しい。『美籠』はあることはあるが肝心な部分がごっそり欠落している。某氏が借り出したといわれるが、本人は既に亡くなっている。古本屋も常にチェックしているが、なかなか引っかからない。ただし、奇跡的に存在するのが終戦直後、米軍占領下の歌誌で、GHQがすべての出版物を検閲するため提出させていたのである。メリーランド大学を休職し参謀第2部で戦史の編纂作業に当たっていたプランゲ教授がその資料的価値に気づき、検閲制度が終了したとき、資料のうち図書、雑誌、新聞などをメリーランド大学に移管した。これが俗に「プランゲ文庫」と呼ばれるものである。その後、日本とメリーランド大の共同作業によりマイクロフィルム化が進められた。『地上』『国原』の分はプランゲ文庫のマイクロフィッシュから収集することができた。まさにGHQさまさまである。

今日1年ぶりに行ってみたらシステムが新しくなり、パソコンライクなシステムでマイクロフィッシュから簡単にPDF化できるようになり、読み取り精度もグンと向上していた。ただし、使い方が慣れないので手間が掛かった。
     

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コメント:

そのまんま東

『国原』で検索すると、東国原英夫が出てくるんです。

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