なんだかなぁ社会 

江古田/気になる家
江古田

スマートフォンの音声認識系アプリのCMが勘弁できないのは私だけだろうか。
「しゃべってコンシェル」とかなんとか全貌はよくわからないけど、話しかけるとスマホは検索を実行して音声で答える。または別のアプリを実行したり電話を掛けたりする。その音声にはへんな訛りがあるようだが、CMにはわざわざその訛りをとりいれ新しさを訴求しているのだから、何をかいわんやだ。以前、パソコンの日本語変換に音声入力がとり入れられたものの、レスポンスが悪くすぐ廃れたことを思い出す。スマホの音声認識は早口の日本語でもすぐに理解しているようだから、変換能力は格段に進歩したといえる。しばらく使えばスマホはユーザーの性格を理解し、スマホの中に固有の人格に近いものが生じ、ユーザーの側にも擬似的な恋愛や嫉妬や憎悪の感覚(錯覚)が生まれたりするのだろうか。人工頭脳はパソコンの親玉みたいなものかと思っていたが、電話とは意外だ。もっともスマホは既にパソコンを超えるものではあるらしいが……。しかしあんなふうに通話以外でスマホに話しかけ、人間よりスマホとの対話が日常のものとなっていく社会はなんだかおぞましい。
   

関連記事
スポンサーサイト

コメント:

長くなりました<(_ _)>

短期間ですが視覚障害者と関わりを持ったことがある身としては、障害を持つ人が便利かつ気軽に利用できるような方向に開発をすすめてほしいなぁと思いますね。

それはさておき、我が国におわします八百万の神々には付喪神も含まれますから、スマホにだって神は宿りましょう(笑)。
そう考えれば、スマホと会話を交わす日常も、許容範囲に…やはり、なりにくいですね。
公共の場のあちこちでスマホとの会話がなされたなら、うるさくてかないません。
でも、週末のデモ隊のシュプレヒコールを「大きな音だね」とコメントする野田総理より、スマホと語り合う人のほうがはるかに真っ当に思えるのですが(苦笑)。

Re: 後藤君ほどでは

野田ソーリもうちに帰ればスマホに「無理はしないで下さいね」などと言われてニヤニヤしてるんでは。

スマホ

車内で携帯電話の会話が禁止されよかったのに、今度はスマホで会話され始めたら、又、元の木阿弥じゃないか。迷惑この上ないものばかりどうして作るの!

Re: スマホ

まったくです。資本主義ですから何でもありですが、CMで描かれる社会は2、3か月以内に身近なものになりますよ。広告が予見しているのか広告がつくりだしているのか……。

ITの罠

「疲れ果てたあなた、私のまぼろしを愛したの」と杏里が歌ったのはいつ頃だったか。生活や仕事に疲れた男が身近な女の中に理想の虚像を被せて救いを求めた時代もあまりいい時代とは言えなかろうが、その虚像愛を冷静に指摘する覚醒せる女がいただけマシだったと言えるのだろう。その後生身の男女関係の煩瑣に堪ええずにヴァーチャルの中に逃げ込む男の問題が語られ、ついには人間関係の生臭さそのもの・肉欲恋愛を回避する草食男子の時代まで来たか。
逃げ込む場所としてのヴァーチャル世界・IT世界には、対となるリアル世界の希薄化という罠があることは肝に銘じるべきであろう。
パソコン画面でIT批判をするというのもものすごい天に唾という気もする。「クレタ島人はうそつきだ、とクレタ島人が言った」風に言えば、パソコンなんてダメだとパソコンが言った。

Re: ITの罠

>パソコンなんてダメだとパソコンが言った。

パソコンならそのくらい言いそうですな。
同じバーチャルでもパソコンとスマホでは全然違います。パソコンにスマホのような意味で人格を感じるような人はいないでしょう。ドコモのCMがスマホを別の人間で表しているのはあながち比喩ではないと思います。

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック:

この記事のトラックバック URL
http://dynagom.blog.fc2.com/tb.php/152-26eeb8df