終の栖 

北砂4丁目
朝顔

我が家の墓は祖母が生前に建てたもので、当時は横置きの墓石が新鮮だったが、40年も経って周りがだいぶ傷んでいたのだ。5月の帰省で花立てが破損しているのがわかり、石材屋に相談した結果、花立てと線香立て、ろうそく立ての部分をまとめて取り替えることにした。花立ては現在の石の上に付けた壊れやすいものから石材に穴を穿った堅牢なものへ、線香立て…というが浄土真宗は線香を立てず寝かせるのでその形式に変更し、ろうそく立てと併せ石で囲んで風雨を防ぐようにする。この改造で費用は20万円(税抜き)だという。いいだろう、安いものだ、やってくれと気前よく頼んだ。9月初めの父の命日までには完成するはずだ。
祖母が亡くなったのは4月18日だったが、葬儀の日の朝は北国としても季節はずれの大雪で、起きられない私を尻目に下の弟が雪かきしてくれたことを思い出す。その弟も今は黒い墓石の下に眠っている。
         

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コメント:

墓石は黒御影ですか…

ご先祖様へ、良きご供養をなさいましたね。
併せて施主様への功徳にもなりますし…。


写真の花、携帯画面ではよくわかりませんが、槿でしょうか?
天まで届けと言わんばかりの勢いで、いかにも夏らしい…笑。

Re: 墓石は黒御影ですか…

いやー石まではわかりません。お墓の改造計画はまだ続きがあるんですが、それは来年の課題ということで……。

写真の花は朝顔だと思ってました。ちがいますかな。

年一回盆に死者が帰ってくる。迎え火を焚いてそれを迎え、死者が向こうの世界へ戻るときには送り火で送る、という風習は日本だけのものであり、それも縄文の狩猟文化から生まれたもので、その後の農耕文化の中でも取り入れられ、仏教文化の中ではあたかも仏教思想であるかのようにパクられて現在に至っている、と梅原猛は言う。岡部氏の話では中国の雲南省あたりには似たような風習があるらしく、日本縄文独自とは言い難いらしい。そうした学術的意味合いは別としても、盆の風習は日本民衆の死者に対する親和性、優しさと言うべきものを物語るいい死生観だ。
そんな死生観のツールであると思えば墓の修理の費用くらいは気前良くていい。人の金だと思って勝手なことを言いますが。

Re: タイトルなし

適宜タイトルを付けて下さい。

お墓は霊界に通づる液晶ディスプレイみたいなものでしょうか。
しかし大見得切ったものの、20万を捻出するのに四苦八苦してます。おまけに今月のギャラはゼロ。どこから出せというのでしょう。おまけにお墓の改造は来年もあります。来年は父の七回忌ですし、金がかかります。

舟っこ流し

岩手県盛岡市の伝統行事に「盛岡舟っこ流し」がある。炎に包まれた精霊舟がゆっくりと川を流れ、先祖をしめやかに送るのだが、夕闇の川面を燃え盛る炎が水面を赤々と照らし精霊を送ると盛岡はもう秋を迎える。地方紙に写真入りで報じられていた。これも死生観のひとつなんだろうか。

Re: 舟っこ流し

ワイヤレスマウスが壊れて仕事になりません。

盛岡の舟っこ流しは灯籠の代わりに小舟に火をつけて流すダイナミックナものらしい。お盆に帰ってきた御霊を送る……それは日本人特有のあの世観でしょうね。当方、お盆は帰らずに終わってしまいましたが……。

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