空蝉橋 

空蝉橋
空蝉橋 
出世稲荷神社
出世稲荷

JR大塚駅の西側に線路を跨ぐ汚れた陸橋があるのをご存じだろうか。この橋には空蝉橋といういとも風流な名前が付けられている。タカイシイギャラリーが大塚にあった頃この下の商店街を通り、そのたびに気になっていた。それが例によってネットの情報で解明したのだ。12日は山羊座の厄日だが思い切って確認しに出掛けた。名前の元は橋の場所にあった出世稲荷神社である。ネットではよくわからなかったが、交差点の果物屋の気さくな女将さんに聞いてわかった。空蝉橋の西側の細い道を上りきった先にある。その表示板によると、元あった出世稲荷は明治になって大塚駅ができ、のち貨物線の拡張工事に伴い現在地に遷された。当時は枝振りのよい赤松の大木があったが、工事のために伐採されてしまった。松の木には夏ともなればセミの抜け殻が多く見られたので、橋の名を空蝉橋と名付けたという。
空蝉といえば『源氏物語』や能の演目を、あるいはさだまさしの歌を思い浮かべるかもしれないが、古語辞典によれば「うつせみ」(現身)は「うつしおみ」の転「うつそみ」がさらに転じたもの。この世、この世に生きている人間を表す。またこれが仏教用語と結びついて空蝉となり、セミの抜け殻、ひいてはセミそのものを表した。「空蝉の世」ははかない世、無常の世のこと、となっている。枕詞として「空蝉の」は「命」「代(世)」「人」「妹」「人目」などに掛かる。夏の季語でもある。空蝉橋の周りにはラブホテルが林立している。男と女は世の無常を噛みしめながらエッチするのであった。 
    

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コメント:

大塚と言えば

「おおつかぁ~かどま~ん」のCMしか浮かびません(ーー;)
山手線から、何やらキッチュな建物が見えたものですが…今もあるのでしょうか?

Re: 大塚と言えば

大塚の話では……。

大塚駅、降りたことがありません

今度行ってみようかな。
さと「空蝉」が「人目」にかかる枕詞ということ、中学生で始めて知りました。小学生の5年・6年の頃、言葉によるいじめに耐えていた頃のことが鮮明によみがえってきて、とてもいやな言葉として記憶したことが思い出されました。

  • [2012/08/15 09:13]
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  • メタボの白クマ
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Re: 大塚駅、降りたことがありません

そんなイヤな記憶を甦らせてしまってすみません。
しかし、なぜ空蝉が「人目」の枕詞なんでしょうね。

現は夢か

空蝉と言う言葉、懐メロの中にあったような、で思い出したのが藤山一郎の(古賀政男の、と言うべきか)「影を慕いて」の3番「永ろうべきか空蝉の 儚き影よ 我が恋よ」の一節。しかしこの曲、名曲評価へのあざとさが目立って懐メロ好きの間でも好みと言う人はほとんどいない。美空ひばりの(これも古賀政男の、と言うべきか)「悲しい酒」もその轍を免れない。同じ藤山一郎でも「今もこの胸にニコライの鐘が鳴る」(東京ラプソディー)や「輝く聖路加か はるかに朝の虹も出た」(夢淡き東京)等東京歌謡散歩につながりそうな曲のほうが好まれているのは確かだ。文学散歩・歴史散歩に比べると俗的低さは否定できないが。
それにしても「現身」と「空蝉」の出自が同じとは知りませんでした。現と空、ほとんど真逆が同根、存在と思い込んでいる現実そのものがぬけがら・まぼろしだよ、ということになれば、これはほとんど仏教哲学の世界でしょう。色即是空・空即是色はそんな意味だったでしょうか。

Re: 現は夢か

そうですか、「影を慕いて」にね……。日本語の中でごっちゃになった結果とはいえ、確かに色即是空・空即是色につながるものを感じます。

歴史の証人

早速「マピオン」の地図で探してみた。確かに名前があった。未知なる処なので夢が膨らむ。東京がまだあるうち(!)に他のこんなところをたくさん写真入りで紹介してほしいものだ。観光雑誌では味わえない趣がある。そういえば「川を歩く会」だったかな?その後どうなってるの。

Re: 歴史の証人

川歩きね。どうなったんでしょうね、ははは。
なんてのは冗談ですが、日程がとりにくかったりでぐずぐずしてます。秋になったらやりますよ。

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