徒歩帰宅 

九段下

容赦なく空港を浸食する津波、何百もの車をおもちゃのように翻弄する津波、波立つ海に防波堤を飲み込む津波……克明に記録された津波の映像が怖さを増幅する。
11日は新しく行った現場で地震に遭い、仕事は中断して帰宅すべしとの指示が出た。妥当な判断であろう。弟に携帯で連絡すると母も無事とのこと。そうしているうちにもひっきりなしに余震が襲い、会社の壁にはひびが入っている。駅へ向かうが案のじょう電車は動く気配がない。5時半、あきらめて地上に上がり靖国通りを神保町から東を目指して歩き出す。大勢の人が同じ方向に歩いていく。ほぼ一本道だから迷うことはない。食べかけの柿ピー、おにぎり1個、チョコレート1個があるから途中腹がへったとしてもまず大丈夫だろう。平時は見向きもされない公衆電話に列ができている。浅草橋の三叉路を過ぎ両国橋で暗い隅田川を渡る。早足で黙々と歩くのみ。7時前、ようやく錦糸町の商店街の明かりが見えてきた。そこで南へ折れて竪川沿いに歩き明治通りに出、一気に速歩で団地に帰った。所要時間はちょうど2時間であった。部屋の中は思った以上の「被害」で、折りたたみの座卓が倒れDVDやビデオテープが散乱し、安定の悪いプリンタとスキャナーが落っこちている。テレビやパソコンのディスプレイが倒れなかったのが何よりだ。FAXも無事だ。タンクの水が揺れでこぼれたのかトイレのマットがぐっしょり濡れている。昔、十勝沖地震の時に水を一杯入れていたやかんがひっくり返ったのに、階下の人には地震のせいということでお詫びもしなかったことを思い出した。疲れて早めに寝たが、2度ばかり携帯電話からのピーピーという緊急地震速報で起こされてしまった。岩手の友人の安否が気に掛かる。
  

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コメント:

青森は人は無事ですが、停電で自宅の暖房が使えず寒くて大変だそうです。車の給油も行列で2時間かかったと言ってました。

ご苦労さまでした

お互いに苦労したようですね。東京の方が揺れは大きかったようで、横浜ではごく一部を除いてほとんど物は倒れずにすみました。パソコンも周辺機器も無事。

Re: ご苦労さまでした

現場が近間で助かりました。地震の惨状を知れば知るほど怖いものだと思います。早々と花見の予定が入ってきましたが落ち着きませんね。

「日本沈没」?

昭和43年5月16日の十勝沖地震を現地でまともに直撃され、相当な被害を受けた。今回は縦揺れだったのか室内も建物も被害はなかった。室内が普段と同じなのが精神安定剤になってくれた。

Re: 「日本沈没」?

無事で何よりです。内陸部の状況がわからず心配しておりました。

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