れんぼう 

北砂4丁目
北砂4丁目

れんぼうは蓮舫とは関係ない。学生時代の下宿の近所にいた少年である。歳は数歳下だと思う。その下宿屋は学校から10分くらいで便は悪くないが、左右両隣は襖で仕切られただけという構造にがっかりしてしまった。三浦哲郎の新婚生活が両側ベニヤ板のアパートで始まったのと同じ失望だろう。食事は刻んだキャベツにマヨネーズと醤油というのがやたら出た記憶がある。下宿の家族は寡婦のTさんと上の娘夫婦以下、高校生くらいの長男、中学の二男、小学校の次女という賑やかな家であった。私は下宿でもよくプラモデルを作ったりしていたが、ある日、遊びに来ていた少年が話したそうに見ているので、声をかけたのがれんぼうとの付き合いの始まりだった。下宿の兄弟たちやれんぼうと一緒に電車に乗りに行ったりプラモを見せ合ったり、勉強もせずそんなことばっかりしていた。彼は確かひとりっ子で、私を兄のように思っていたのかもしれない。
しかしそれとは別に、私はTさんのいい加減な物言いが我慢できなくなっており脱走の決意が次第に膨らんでいた。4年生の初め頃だったか、友人のアパートの隣が空いたのを見はからって急遽下宿を脱走し、石油コンロを買って念願の自炊を始めた。申し訳ないが、れんぼうには一言の挨拶もなしだ。少し経って偶然れんぼうのお母さんに会ったが、「(れんぼうは)元気ですか?」と聞いたのをお母さんは自分のことだと思い、元気ですというので何だかそれ以上聞けず、どこに住んでいるとも言わず別れてそれきりになってしまった。れんぼうの家がどこか、私は知らないのだった。当時は電話もめったに引かれていなかった。

時々れんぼうのことを思い出す。彼もとっくに還暦を過ぎたろう。苗字はF。津軽によくある名前だ。いつか会ってあの時の非礼を詫びたいと思っている。
    

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コメント:

こういう記事は・・

とても気持ちが和みます。学生時代のチョットした孤独と癒やしの体験。バリエーションがいろいろあって、それでいて普遍的な情感があります。下宿や安アパート、地域と隔てのない寮・・ならではの時代ですね。今マンション住まいの学生はどのように孤独とつきあったり、自分の家族以外の家族と付き合っているのでしょうか?この年になると子供より若い世代のことがさっぱりわからなくなります。

  • [2012/12/05 23:48]
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  • メタボの白クマ
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Re: こういう記事は・・

ハハハ、ありがとうございます。自分としては必死だったんです。生まれて初めての下宿生活でしたので、いろんな人に迷惑をかけたりかけられたり……。今の若い者はもっとドライに生きているんでしょうか。

白くまさんちから飛んできました。

三浦哲郎の名前が出てたので、うれしくなって、初投稿させていただきました。なつかしい作家です。一時よく読みました。夫婦が二人きりになれないで、困っている物語を大納言さんに思い出させてもらいました。白くまさんの言うとおり、今の人は人との距離感さえつかめない人が多い。ベニヤ板の時代が必要です。

Re: 白くまさんちから飛んできました。

いらっしゃい、ずーっと奥へ。おっと、そこはベランダです。なんてね。三浦哲郎は南部地方唯一の芥川賞作家ですから、私もよく読みます。帰省の列車で読むと格別の味です。しかし、ベニヤ板や襖仕切はもう絶対いやですよ。

思い出の人々

私がこの文章から受ける印象は、メタボの白熊さんの言う古き良き時代の情感というよりは、大家の物言いに立腹して脱走を企てるという大納言殿の不変の社会的姿勢です。下宿代を踏み倒したわけでもないでしょうから脱走という言葉でなくてもいいと思うのですがその言葉遣いに大納言殿の決意が表れているのでしょうか。
もう一つは自分にも「いつか会いたい」と思っている人がいるな、という感想です。人生ある程度経ると誰にでもそんな思い出の人というものがあるのでしょう。そして本気で会おうとすれば会えるだろうし、いつか会いたいと思っているだけではまず会えることはないのだろう。しかし、会って何を話すのだ、と思うと二の足だ。「会わずに愛して」という歌もあったか。いつか会いたいと思いながら、思い出の中に閉じ込めるというのも一つの処理方法なのかもしれない。

Re: 思い出の人々

そうです。大変な決意でした。物言いに立腹もさることながら、下宿制度の不経済さに嫌気が差したのが本当の理由だったかもしれません。これが私の不変の姿勢といわれれば、そうかなと思わないでもありませんが。
会いたいと思った人に会って何を話すか……ま、確かに想い出の樹脂に封じ込めるのもありでしょうか。想い出のプレパラートですな。

下宿屋

何と響きのいい「下宿屋」だ。当方の田舎町にもこれがあっていささか驚いた。今どきの若者は独りで暮らすワンルームマンションしか利用しないと思っていたから『下宿屋」から出てきた数人の和気あいあいとした若者をみて何か知らんがホッツとした。中には本当に家族的な「下宿屋」もあるんだよネ。

Re: 下宿屋

ホッとするような風景がありましたか。でも賄い付きの下宿屋は大分減ったでしょうね。中にいると、そういうのが鼻につくようになったりして。れんぼうの顔と一緒にTさんの憎たらしい顔も浮かんできました。

忍ぶ川しみじみ

三浦氏は結構長くやっていたひとなんですね。私はほとんど読んでませんから、なんとも言えないのですが、今回読み直してみて、北へ向かう列車がふるさとの駅に着き、母親が恋人の肩の雪を払う場面や、正月二日の結婚式の場面、最後、父親の死をみとる場面など、二,三十年前に読んだ時より、身にしみて、深い味わいでした。これを三十歳前後に書いていたなんて。ベニヤのシーンも思い出しました。時代は早過ぎますな。経つのが。

Re: 忍ぶ川しみじみ

映画化もされたようですが、観ていません。三浦哲郎の姉が私の母と同じ短歌の結社にいたので、なおさら親しみを感じます。姉が自殺した時のことは『幻燈畫集』の中に描かれています。ベニヤのことは別の作品でも触れていたような気がしましたが……。

そうでしたか…

つらい話にはランクも無く、つらいですね。三浦哲郎がなつかしいといった割には、読んでないので恥ずかしいです。彼が書いた最近のを、探して読んでみます。

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