「埋み火」 

大島
大島

水曜日は夕方から出て墨田区のあづま図書館というところへ行ってきた。『すばる』の12月号を読むためである。江東区のは貸し出し中で年末でないと帰ってこないという。あづま図書館へは、まず亀戸までバスで行き東武亀戸線に乗って小村井まで行く。亀戸線は東京では珍しいくらいローカル色たっぷりの路線で終点の曳舟でスカイツリーラインに接続する。たまに利用するくらいだが、この線のコリコリした感覚は堪えられない。

『すばる』12月号で読みたかったのは、八戸出身の作家・木村友祐の「埋み火」である。70年生まれの木村には既に「海猫ツリーハウス」(すばる文学賞)、「イサの氾濫」の諸作があるけれど、私はどれも読んでいない。「埋み火」は30ページ以上ありそうだから中篇と言えるだろう。東京で会社の取締役に就いている宮田政光の前に突然小学校の同級生・階上タキオが現れる。料亭の席でタキオは小学校時代の思い出話を始めるが、タキオの不自然なまでに変わらない南部弁で克明に語られるのは、政光がとっくに忘れていた過去である。タキオの話はそれだけで終わらず、想い出話は次第にタキオが知らないはずの転校生トモコと政光の行動を暴くまでに暴走していく。ついに政光が記憶に封印していた事件が明らかにされるのだが、「おべでらが?」(覚えているか?)と繰り返すタキオの問い掛けに政光は答えることが出来ない。会話、いやこの小説自体ほとんどが一方的にタキオが話す南部弁で成り立っている。馴染みの薄い南部弁だからこそ、政光ののっぺりした標準語の世界が揺らぐさまが強調されるので、大阪弁などではこうはいくまい。タキオの南部弁は私の経験からは、八戸より内陸の旧名川町あたりの方言ではないかと思われるが、違うだろうか。夢中で読んでいたら節電で温度を下げた閲覧室が寒く、すっかり身体が冷え切ってしまった。
   

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コメント:

ううむータキオは恐いですな

はるかに間が空いてから、訪ねられるというのは不気味ですな。忘れた過去をほじくり出されるのも、嫌なものですな。こういう人は確かにいるのでしょうな。ふーむ、日常にはこういうこともあるんですな。それにしても、あらすじだけで、引き込まれました。大納言さんは小説を書いておられるのでは?
 画像もいいですな。40年前は、こんな工場で、アルバイトですが、働かせてもらったりしました。なつかしいものですな。

Re: ううむータキオは恐いですな

いえ、小説は書いてませんが、多少誇張したかもしれません。東京新聞の文芸欄で触れていたので読んだんです。「奇妙な話に東京での日常生活が異化されてしまう」とありました。実際読むとそれ以上の印象です。タキオはどこから来てどこへ消えたのかわからず仕舞いです。

こういう工場は大島・北砂、そして墨田区なんかにもたくさんあります。墨田区は特に多いと聞きました。

写真

「砂町銀座」「大島」など一連の写真を楽しみに見ているのだが〈老人とカメラ 散歩の愉しみ(赤瀬川原平)〉〈町の忘れもの(なぎら健壱)〉〈東京路地裏暮景色(なぎら健壱)〉などの文庫本のようにモノクロ写真とコラムで構成されているが、それに似ていて新年も愉しみだ。

Re: 写真

ありがとうございます。ところが年末に来て愛用のペンタックスP70が不調。どうも中のフラッシュメモリーがイカレたようで、充電のため電池を取り外すと設定がクリアされてしまいます。こんどはソニーにでもしようかと……。

南部弁

私にはなじみのうすい言葉ですが、東北の言葉は何故かホッとします。テンポが体のリズムに合っているように感じます。「とっくに忘れた過去」がいつの間にか、人生全体に覆い被さってくるのでしょうか。ちょっと怖いのかな?

いつも写真楽しみにしています。携帯の小さな画面で見たとき、高架下かと思いましたが、パソコンで見ると違います。やはりパソコンの大きな画面で見ないといけませんね。

  • [2012/12/21 22:26]
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Re: 南部弁

東北弁といっても福島から津軽まで千差万別です。南部弁もまた細かく分かれその違いは面積が大きい分甚だしいのではないでしょうか。漁師町の八戸に比べると野辺地などはまことにおっとりしてますよ。

赤瀬川源平・なぎら健壱

鳴海さんのコメントにあった2人ですが、なぎらは時々写真展をやっているので観たことがあります。彼が映画「北村透谷-我が冬の歌」で川上音二郎を演じたのが妙に記憶に残っています。透谷役はみなみらんぼう。

町工場

今回は写真について。
やはり下町のほうにはこのような町工場があるのでしょうか。土屋文明の「町工場に酸素溶接のひらめきたち砂町四十町夜ならんとす」はこのような工場の情景を歌ったのでしょう。我々が子供のころには下町以外でもよく見かけた景色ですが、道路を歩く人から工場作業が見える、ということがポイントですね。最近は町工場も施設が向上して見かけなくなったのですがよく見つけましたね。大納言殿の話では砂町四十町もすっかり現代化してこのような町工場はないということでしたが、大島辺は砂町より場末ということなのでしょうか。
下町文学散歩、一度ご教示ください。

Re: 町工場

この工場は見ての通り稼動していませんね。しかし、近くには何を作っているのかいつも忙しそうな工場があります。通りがかり人さんへのコメントにも書きましたが、江東区は町工場はそれほどではなく、墨田区が最も多いとか。あずま図書館へ行く途中にもたくさんの工場や倉庫を見かけました。小村井駅の隣はヒガシアズマという駅ですが、字は「東あずま」。本来ならば東あづまとなるべきところ、なぜこうなったかは不明だそうです。

すばる12買いました

トモコもタキオもその姉のカナコもかわいそうです。タキオの30年間を政光はわずか数時間で蹴散らします。人の良いタキオは大事な鏃まで渡してしまいます。そして政光にようやく訣別できたのですね。わけのわからぬ親父のかねんじょはおもしろい存在でした。昔はこんな人よくいました。
 自分は政光なのか、タキオなのか…。ある人には政光になり、ある時はタキオになったりする。しかし今は政光のような人間は多いですな。タキオは過去からさかのぼってきたのですな。
 方言で通す無理は感じましたが、中上健次や東野圭吾も感じましたが、いい作家です。何を訴えたいのかも、わかるような気がしました。暗い感銘を受けました。読み終えたあとの図書館の寒さが納得できました。

Re: すばる12買いました

わざわざお求めになったとは恐れ入ります。過去からの使者タキオは政光の現在をつかの間揺るがすけれど、波紋が収ればまた平坦な日常が続くでしょう。過去と現在、方言と標準語、その対比(対立)が息苦しいまでの場を作りだしていましたね。カネンジョはオヤジだったんですか! 同級生にしてはヘンだと思っていました。

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