上北鉱山の話 

北砂4丁目
金魚

子供の頃、東北本線で青森へ行く途中の野内という駅に索道(貨物用のロープウェイ)が引かれ、どこからともなく鉱石が運ばれてきており、駅の片側には鉱石を貨車に積むホッパー施設が備えられていた。それが上北鉱山からのものだと知ったのは、つい最近のことである。我が高校に少なからぬ上北鉱山の子弟が来ていたことも最近までまったく知らなかった。

上北鉱山は上北郡天間林村(現・七戸町)に日本鉱業が経営していた鉱山である。昭和12年~14年、大坪川源流部に大規模な硫化鉄鉱床が発見され、15年権利を得た日本鉱業が窒素肥料の原料として採鉱を開始した。昭和16年には高品位の銅鉱床が発見され、軍需用として銅の採掘が優先的に進められる。
19年には銅生産量が月1,400トンに達し、日本最大の銅山として“神風鉱山”の異名を欲しいままにした。最盛期には約5,000人の従業員が働いていたという。鉱山には約700戸の社宅の他、総合病院、幼稚園、保育所、小中学校、高校分校、役場支所、公衆浴場、店舗、郵便局、劇場などがあり、月刊誌も発行され、冬期には交通がほとんど途絶する山の団結はすこぶる固かったようだ。
30年代に入り選鉱場などの設備が増強され、鉱山として絶頂を迎えるが、その後は新たな鉱脈が発見されなくなって鉱量は激減し、46年9月坑内採掘作業を休止、48年には全山閉鎖となった。上北鉱山は当初から朝鮮人労働者を雇用していたことで知られ、多いときには従業員の半数が朝鮮人だったという。また終戦間際には仙台俘虜収容所第11分所が設けられ、200人近い連合軍の捕虜が過酷な待遇で強制労働に服した。戦後、副所長格の軍曹がBC級戦犯として捕虜虐待の罪で処刑されている。鉱山跡では今なお鉱毒の中和作業が続いていると聞く。
      

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コメント:

閉山に追い込まれるな!

いずれ鉱脈は尽き、閉じられるのですな。閉山…。いろいろなものが日常でも閉山に追い込まれているのでしょうな。たちまち病院が出来、学校が出来、ちょっとした町となり、脈が尽きたら、一挙にたたまれる。個人もいずれはたたまれます。閉山ですな。だが、俺はたたまれない。閉山するものか、と、体調の良いときは、そうは思うのですが…雷電隊も閉山されずに、細々とでもやってて欲しいものですな。

Re: 閉山に追い込まれるな!

うーーん、鉱脈が尽きると終り。人間も日々新たな鉱脈を探し続けなければなりませんな。鉱脈が尽きたらハワイアンセンターとか?

鉱脈は尽きないでありましょう。

ううむ、ハワイアンセンターは、環境的、経済的に可能であれば、魅惑的ではありますな。鉱脈も途絶えないでしょう。迎撃隊長のおっしゃる意味はいまいち全然わかりませんが、ううむ、今夜は酔いがひどいので、退却します。

Re: 鉱脈は尽きないでありましょう。

酔いしれた日は大人しく明日に回しましょう。お互い鉱脈の発見、おさおさ怠りませんように……。

飲みかけのコーヒーカップへそに当て  (おそまつ)

  

故郷の名に似て

子供の頃よく聞いているが関心を持つ年齢ではなかったので今回久しく聞いて、またどんな所かも教えられた。ネットにも詳しく載っていたが実に懐かしい。記憶の奥底に微かに残っているが確か高校の友人がここの出だった。親戚宅に下宿していたがよく遊びに行った気がする。全く音信は無い。

Re: 故郷の名に似て

この名前のサイトもあり以前からアクセスしていますが、リンク切れが多くグチャグチャして分かりにくくなってしまっています。記事にはいくつかのサイトの情報を使わせてもらいました。話に聞くかぎり桃源郷のような町が思い浮かびます。

大納言さま、お詫びします。

上北鉱山のこと、鳴海さんの記事により、グーグルで見ました。茶化したようなコメントにして、申し訳ないです。野辺地と七戸、遠くないのですね。野辺地へ行き時は、藤川旅館とともに、上北鉱山のこと、頭に入れておきます。閉山、閉店、廃鉱など、閉とか、廃を使った字は寂しさを引き起こされますな。

Re: 大納言さま、お詫びします。

>閉山、閉店、廃鉱など、閉とか、廃を使った字は寂しさを引き起こされますな。

まったくです。今も昔も上北鉱山は簡単に行けるところではなさそうです。お詫びされるような心当たりはありませんので、気になさらずに。

私の在仙中も操業‥

私が仙台に1970(S45)~1975(S50)年までいました。この鉱山が最後を迎えた時期でもあったんですね。まったくそのような事態があったことは知りませんでした。
しかし鉱毒の中和作業が40年近くたってもまだ継続中なんですね。
また元住民で作るホームページもあるようです。
なかなか感慨深いものがあります。


  • [2013/02/04 16:37]
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Re: 私の在仙中も操業‥

下流の田畑に公害があったのに国策としてもみ消されたりしたようです。できれば一度行ってみたいと思ってます。

私も訪れたい

不謹慎かもしれないけど近くに温泉もあるようです。それとも帰りは野辺地駅前の食堂で一杯で藤川旅館かな?

  • [2013/02/05 17:18]
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Re: 私も訪れたい

温泉はいいけど、鉱山跡は期待しない方が……。

ムムム、私以外にも藤川旅館の名を出す人がいる

野辺地の駅前食堂まで、出している。ううむむむ、ひやかしではなく、旅行者として、地元をうるおしてくれればいいのだが…

Re: ムムム、私以外にも藤川旅館の名を出す人がいる

過疎の進む野辺地をよろしくお願いします。いまごろは、藤川旅館に問い合わせが殺到、アワワワ!

ううむむ、雷電君を飛ばしてやりたくなりますな

なぜか、雷電君を野辺地の空高く、飛翔させたい気持ちです。しかし藤川旅館や、駅前食堂に墜落されても困るしなあ……

Re: ううむむ、雷電君を飛ばしてやりたくなりますな

雷電は零戦と同じ堀越先生の設計ですが、よく落ちるので殺人機の異名を取りましたからね。

廃墟の風景

ずいぶん遅れたコメントですが、ちょっとした感想を。それにしてもこの頃はコメント盛況ですね。私の出る幕もないような。
このような話を聞くと思い浮かべる光景は三菱高島炭鉱(ニュース映像だけですが)。かつてにぎやかだった町が寂れ果てて住む人もなく、というパターン。栄枯盛衰と言えばその通り、「栄華の夢を胸に追い・・・」三橋美智也の「古城」にも似て、朽ちた木造建物などが目に浮かぶ。殺伐と同時に、その建築の姿にどこか懐かしさもある。
昭和30年代後半から40年代にかけてピークを迎え下降線をたどって昭和50年代に廃坑という鉱山は多くあるだろう。エネルギー政策の転換や、鉱床の枯渇の問題はあるにせよ、採算の悪い鉱山なんかで掘ってるより、外国から安い資源買ってきたほうがいい、という産業構造が、鉱山町のにぎわいや懐かしい風景を消失せしめたのは確かなのだろう。
ここから、人の住まなくなった建築の劣化の問題に入るのですが、テーマの分散・コメントの長文化を避けるため次の機会に。
一つだけ質問。硫化鉄FeSO4には窒素の記号が入っていないのですが掘削副産物にでも窒素肥料の原料があるのでしょうか。

Re: 廃墟の風景

> 一つだけ質問。硫化鉄FeSO4には窒素の記号が入っていないのですが掘削副産物にでも窒素肥料の原料があるのでしょうか。

よくわかりませんが、硫化鉄から硫酸を取りそれにアンモニアを吸収させて硫酸アンモニウム(硫安)をつくったのではないでしょうか。ところで、三菱高島炭鉱では朝鮮人の連行と強制労働があったと言われますが、上北ではどうだったのか。当時の状況を考えると、なかったと断言しにくいのでは……。

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