「崩れ落ちる兵士」の謎 

江東区白河
白河

Fsさんのブログが「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー二人の写真家」展を取り上げていた。そのパンフにキャパの作品として掲げられているスペイン内乱の「崩れ落ちる兵士」。この写真は死の瞬間を捉えた戦争写真の傑作と讃えられる一方で、ネガのないこの1枚は、発表以来さまざまな憶測を生み真贋論争が絶えなかった。弟のコーネル・キャパが死んだ兵士の名前を特定したともいわれていた。2月3日のNHKスペシャル「沢木耕太郎推理ドキュメント 運命の一枚~戦場写真最大の謎に挑む」は、CGを駆使して新たに公開された43枚の写真を精査し、この写真の秘密を解き明かした。

沢木氏はスペインの撮影地点とされるエスペホの丘を訪れ、撮影日までこの地にファシスト軍が侵攻した事実はなく、戦闘が行われていないことを知る。また同じ日の他の作品を調べると、兵士達が使っている銃のボルト(閉鎖装置)が実戦ではあり得ない状態であることもわかる。したがって、沢木氏はこの写真を訓練中の写真と断定する。兵士は撃たれてもいないし、死んでもいないということだ。謎解きはまだ終わらない。キャパの作品とされる同じ日の写真から撃たれたとされる兵士の動きを調べると、この写真は2つのカットの間に撮られていた。キャパが使うライカの巻き上げでは、この間に彼を撮影することは不可能である。CGによる画角の検討から、この写真は6×6判で撮られたことがわかる。キャパが撮った写真ではない。撮ったのはゲルダ・タロー。キャパの恋人とされる女性だ。彼女は当時、6×6判のローライフレックスを使っていた。
無名の駆け出し写真家だったアンドレ・フリードマン(キャパの本名)とゲルダはロバート・キャパという架空のアメリカ人写真家をつくりだし、2人の写真を高値で売り込んでいた。ゲルダの死後「崩れ落ちる兵士」が『ライフ』に掲載されたことで、この写真は反ファシズムの象徴として全世界に知れわたり、キャパはのっぴきならない立場に追い込まれる。その後、彼はこの写真について一切コメントせず、最初の写真集にも収録していない。1954年5月25日、ベトナムで地雷を踏んで斃れるまでキャパはその十字架を背負い続けた。
     

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コメント:

横浜美術館では‥

キャパ=男の写真として掲げていました。
実は私はこん展示を見て、この写真でキャパという架空の人物が「反ファシズムの象徴」とされて、それに押しつぶされ続けたキャパ=男を思い描きました。
写真誌に振り回されたのか。
日本での写真などのほうが生き生きとしています。
ベトナム、イスラエルでの写真は、欧米人の価値観から抜け出せない彼の視点を見た思いがしましたが、それは私がアジアの人間だからかな?

  • [2013/02/16 11:25]
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Re: 横浜美術館では‥

押しつぶされたというより、十字架を背負ったまま苛酷な戦場を撮り進むしかなかったのでは。この作品が彼のものとされているのは、沢木氏の検証がテレビで放映される前だったからでしょう。記事に書いたように、キャパの実弟が撃たれた兵士の名前や日時を特定したとされていたからです。キャパの作品は(今見れば限界はあるでしょうが)素晴らしいし、「押しつぶされた」「振り回された」という評価は当たらないと思います。おっしゃる通り、日本での写真は実に素直です。

報道写真のわからなさ

報道写真はわかりにくい世界だ。よく言われる「川でおぼれかけてる人を救助しようとしないでその写真を撮っている姿」のわからなさ、だ。なんらかの演出的準備がなければとても決定的瞬間など撮れるものでもなかろうし、繰り返し言っている「撮影者の意思」と言う面でも純粋報道写真は稀有だろう。そんなわからなさが、松本清張の「十万分の一の確率」では決定的瞬間のねつ造、大沢在昌の「夏からの長い旅」では素材にされた側の恨み、として小説化されている。
 嘉門達夫が「ゆけゆけ川口浩」で揶揄するように、「冒険」の映像があるならカメラマンが機材を抱えて参加できる程度の冒険に違いあるまい。
 「崩れ落ちる兵士」の話は私も新聞で読みましたが、一つの虚像ないしは誤解が当の本人を、虚像を実像にするための荒行に追い込んでいく、というときどき見かける景色を思わせました。そのために危険な戦場にのめりこむように突っ込んでいったキャパを思うと感慨はありますね。これは芥川龍之介の「地獄変」の「芸術者の業」とは違うものでしょう。松本清張の作品は彼の他作品同様読後感が悪いのでお勧めしませんが、「夏からの長い旅」はいい作品だと思いましたよ。

Re: 報道写真のわからなさ

報道写真を決定的瞬間と結びつけるからおかしくなるんです。報道写真は毎日マスコミで流され、目にしているものなのになぜそれを「わかろう」とするんでしょうか。「事実は小説より奇なり」の伝でいえば、現実は瞬間より大きく深い。確かに浅沼稲二郎暗殺や米軍によるベトコン射殺は決定的な「決定的瞬間」ですが、その裏には無数の撮られざる「瞬間」が積み重なっているのではないでしょうか。報道写真には「決定的瞬間」の対極といえる「永遠の時間」を撮った傑作だっていくつもあります。

清張の『……確率』はこの前テレビドラマになりましたが、ストロボの光を赤く撮るにはもっと濃い色のフィルターを掛けなければなりませんね。その他、仕掛けが嘘っぽくて乗れませんでした。『夏からの長い旅』は知りませんでしたが気が向いたら読みましょう。

ハイレベルのコメントの応酬ですな

カメラは父親のコニカを中高の修学旅行で借りて持っていった。「おまえ、使うか?」という話も出たはずだった。何か、新しいのが欲しかったのかもしれない。ほとんど興味を持たぬ息子をどう思ったことか…カメラを持つか持たぬかは、このあたりから分かれていたのかもしれない。

Re: ハイレベルのコメントの応酬ですな

後藤氏は駄剣の使い手かと思っていると、時々鋭い突きを入れてくるので油断できません。典型的なB型剣法ですね。矢車剣之助みたいな……。

コニカは国民カメラでしたからね。私も中学ではボルタ判のコニレットを使ってましたが、高校ではペトリの一眼レフにしましたっけ。ペトリも低価格一眼レフとして一世を風靡しましたが、シャッター(ミラー機構)が弱かった。再建を目指したものの荒波に飲まれました。

出しますかな、矢車剣之助を、ついに…

少年画報、少年、日の丸、冒険王、そのどれか。赤胴は画報だったし、イガグリ君は、まぼろし探偵は、月光仮面は、わからなくなってきました。私は昔が懐かしいだけの人間です。未来は好きではないが、まだ生きたい。写真を撮りに戦場になど立ちたくない。私の写真の最高作品は高校時代の九州旅行のすずめちゃんという名のガイドさん。あこがれてました。私17.彼女は二十歳。撮影者の意思はそれは、戦場カメラマンに引けをとりませんな…?

Re: 出しますかな、矢車剣之助を、ついに…

ほほお、すずめちゃんをついに撮りましたか! 決定的瞬間ですな。私にはそういう勇気はありませんでしたね。撮りたい女性はいっぱいいましたが、なにしろシャイマンでしたからね。今もですが……。

矢車剣之助の荒唐無稽さも捨てがたいが、十手ものの「朱房の小天狗」、わちさんぺいの航空漫画「大空かんじ」、可愛い女生徒が応援してくれる野球漫画、くれないさんという女性に惚れられる柔道漫画などなど、タイトルも作者もほとんど忘れてしまいましたね。矢車剣之助のライバルは横車押之助だったな。

撤回

そう言えば、山里の坦坦とした日常を活写したいい報道写真もあったし、戦闘場面でなくそれを包むかのような生活風景を報道した写真もありましたね。決定的瞬間=報道写真 は撤回します。=ではなく、<もしくは⊂でしょう。
それにしても「決定的瞬間の裏に無数の撮られざる瞬間」とはさすが関係の写真家の名ゼリフ。今回は脱帽・敬服です。

Re: 撤回

いやあ、それほどでも……。

貴兄を矢車剣之助のB型剣法と評した通りがかり人さんへのコメント、読んでくれましたか?

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