読むトロンプルイユ 

北砂3丁目


“だじゃれ俳句”というべきものがあることを知ったのは、案内広告の代理店にいた時、芝信用金庫から会社に毎月届けられていた小冊子『楽しいわが家』によってだった。斎藤良輔の「しゃれ・ことば」という連載エッセイで紹介されていた。昭和の初めに当時の作家、漫画家、芸能人などの間で風変わりな句会がよく催されたが、その中の作品だという。

   コスモスと 電話をかける女かな
 
   洋服の 胸につけたる牡丹かな

   紅梅の 急な坂道下りけり

   病人の熱さがらざり ヒヤシンス

1句目は東北なまりの女が電話をしているさまが、コスモス揺れる風景にダブる仕掛けだ。2句目は牡丹とボタンが掛けてあるし、3句目は急な坂道がどこかで紅梅という叙情にすり替えられる。4句目も同様で、いずれも不思議な感覚に幻惑される。読むトロンプルイユ(だまし絵)とでもいえる日本語のお遊びだ。戦争の暗い影が近づいてくる直前に、のどかなひとときを楽しんだしゃれ遊びだったことが想像されると、筆者は書いている。
“だじゃれ俳句”とは筆者がつけた仮称だが、私は勝手に冗談俳句と呼んでいる。この冗談俳句、一度挑戦してみたいが難度は高い。ただの語呂合わせでは済まないし、インパクトのある表現にするには相当のヒネリが必要だ。そして最後は俳句としてさりげなくきれいに纏めなければならない。句会に参加していたのが錚々たる文化人だったからこその作品である。素人が手を出して上手くいくとは思えない。

注:この連載は斎藤良輔著『しゃれ・ことば―言語遊戯クロニクル―』(1985未来社刊)に纏められている。
  

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コメント:

この手の俳句は‥

俳句を作るものとして、何かいわなくてはと思い、書き始めました。
どうも私はこの手の俳句は苦手です。作るのも読むのも。
しかし俳諧の「俳」は「滑稽」ですから、この種の俳句も俳句の大きなジャンルではあります。芭蕉以前では当たり前のジャンルでした。
でもやはり「技巧」は感じますが、「詩」を感じません。「詩」を感じてなお且つ「俳」である「俳句」、難しいですね。
私なんぞまだ「詩」が無い俳句になってしまっていますので、悲しいかな、偉そうに評論できません。

  • [2013/03/01 00:00]
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  • メタボの白クマ
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Re: この手の俳句は‥

> しかし俳諧の「俳」は「滑稽」ですから、この種の俳句も俳句の大きなジャンルではあります。芭蕉以前では当たり前のジャンルでした。

ほほー、それは初耳。どんな作品があるんでしょうか?

ここに挙げた句に技巧を感じても詩を感じないのは当たり前で、冗談だからです。エッシャーを絵として評価する人がいないのと同じです。俳句のように見せているのがミソではないでしょうか。滑稽だけでは冗談俳句になりません。

31文字必要

高校の頃、物好きな同級生の呼びかけでこれに近い遊びをしたことがある。俳句の中に掛詞的なものを入れ込んだものを作るという会だったような。
呼びかけの男が昭和前期のそんな句会を知っていたとも思えない。それよりは授業で習ったばかりの「花の色はうつりにけりないたずらに・・・」(小野小町)の掛詞の世界のほうが念頭にあったろう。しかし高校生のやることだ、会の出来栄えは惨たるもので、「降る雨や買わず飛び込む百貨店」と言った既存有名俳句のもじりや「寒椿道路に吐くな痰唾」の大橋巨泉の冗句のまるまる盗作だったりでひどく盛り上がりに欠けたことだけが記憶に残っており、もちろん1回だけで終わっている。昭和前期の句会の人の中にも短歌の掛詞の俳句への援用という気持ちはあったような気がする。
昔を思い出し、早春-季節もよし、休日散策の予定を「一人吟行、一人川歩きの会」として深大寺から野川方面を試してみた。

 枯れ松や 樹下にたたずむ 一少女(深大寺)
 (彼待つや 樹下にたたずむ 一少女)
 才媛に 加うる人の 影長し(野川沿い)
 (菜園に 鍬入る人の 影長し)
 身命伸ぶ 遊ぶ親子の 足音に(野川公園)
 (新芽伸ぶ 遊ぶ親子の 足元に)
 せせらぎの 音やわらぎぬ 水ぬるむ
 (これは掛詞なしです。柔衣は無理でしょう)

1句目は「樹下にたたずむ赤コート・紅コート」のほうが色彩感があっていいのだが、少女であることも味わい上重要だろう。総じて掛詞という言葉遊び心と詩心を満足させるためには五七五はいかにも短い。三十一文字あってやっと可能なことなのだろう。

Re: 31文字必要

今回はメタボさんのコメントしか付かず内容が悪かったかと気落ちしていたところですが、今度はまたずいぶん長い。試作品はどちらかというと『笑点』大喜利風ですかな。私の取り上げた作品はそういうパロディやもじり句とも違います。

17文字でも31文字でも好きな方でおやりになればいいのでしょうが、31文字では説明に流れ、だまし絵的効果は薄れそうです。有無をいわさず決めるのが肝心です。

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