エドワード・カーティスの写真 

仙台坂


日曜日も朝から風が強い。午後、見たい本があったので麻布の都立図書館へ。そのまま帰るのはもったいないから、六本木警察裏のタカ・イシイギャラリー P/Fで村越としや展を観ようとしたら、強風のため早仕舞いしましたとの張り紙が。止むなく、しんどいので次回にしようと思っていたフジフイルムスクエアの写真歴史博物館企画展 「エドワード・S・カーティス作品展『アメリカ先住民の肖像』」を観に行く。これは文句なしに素晴らしい。内容など細部は以下のサイトを参照されたい。
http://www.cinra.net/column/edwardscurtis-nativeamericans.php?page=2
http://fujifilmsquare.jp/detail/13030104.html
なお、カーティスはずっと前に観た記憶があるので調べてみると、91年に渋谷パルコパート2のイクスポゥジャーというギャラリーで、99年には写大ギャラリー「アメリカの記録―5人の写真家展」で展示されている。いずれもフォトグラビアだけで、今回のようなオロトーン作品は出ていなかったと思う。オロトーン技法の詳細はイマイチ飲み込めないが、ガラス板を支持体とするポジ画像らしい。現像した後の膜面に金粉顔料とセルロースの混合物とバナナ油を塗るか、または金箔で裏打ちしたようだ。カーティスが独自にカスタマイズし改良を加えたものは陰影に優れ、カートトーンと呼ばれた。深い金色の画像はイージーなインクジェットプリントの対極にある。オロトーン画像はデリケートなため当時の額に入れたまま展示されている。

カーティスが心血を注いだ全20巻の大著『北米インディアン』は、民族学的・人類学的に正確でないという理由で忘れ去られ、彼は多大な借金を抱えたまま51年に84歳で寂しく没している。カーティスに再び光が当たるのは71年にモーガン財団図書館がコレクションの一部を展示、72年にニューヨークのウィストキン・ギャラリーで写真展が催されてからである。それまで彼の本格的な写真展は一度も開かれていなかった。以後、カーティスへの関心が世界的に深まり、現在ではアルフレッド・スティーグリッツに並ぶ重要かつ偉大な写真家として認められている。――こんなふうに、昔集めた資料が役に立つこともたまにあるのだ。
                                     
注)イクスポゥジャーでのフランク青井の文章、および写大ギャラリーのパンフレットを参照した。
     

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コメント:

告知を有難うございます

昨年読んだ『イシ 北米最後の野生インディアン』を思い出しました。
作品展は5月末日までとのこと、ぜひ行きたいと思います。

Re: 告知を有難うございます

カーティスはヤヒ族も撮っていたんでしょうか。
なお、会場はフジフイルムスクエアの奥、歴代ののカメラなどを展示しているところです。

情報ありがとうございます

どこかでこのチラシを見たのですが、もらい忘れていました。
検索の仕様も無く諦めていました。出来るだけ見に行こうと思います。

  • [2013/04/08 20:27]
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Re: 情報ありがとうございます

この前、大久保で渡しましたよ。白くまさんが好きな写真ではないかと思って……。
うろ覚えでも写真展情報なら私に聞いて下さればだいたいわかるはずです。

あれま!情けない

大変失礼しました。そう、チラシ見つけました。リュックの底から出てきました。
酔うとダメですね。おおいに反省です。
必ず見に行きます。

  • [2013/04/09 00:42]
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かなり昔、子供の頃少年雑誌に印象深いインディアンの写真が出ていた。しわ深い老酋長がさびしげに遠くを見ているような横顔だった。撮影者など気にも留めなかったがあれもカーティスの作品だったのだろうか。
滅びゆく民のさびしさを象徴する見事な映像に引かれ、ジェリー藤尾の「悲しきインディアン」を民族の悲しみの歌と誤解して聞いていたような記憶だ。しかし、子供の私にインディアンが滅びの民だという認識があっただろうか、などと考えだすと個人の記憶のあいまいさは覆うべくもない。
そう言えば、アイヌの古老を写した写真の中にも似たようないい写真があったな、と思っていたら、Fs氏のつぶやきの中にアイヌに関連する記述が載っていた。こういう話題は案外見えないところで呼び合うものだろうか。
少年時代の写真を確認しに出かけてみましょうか。

前回分の後続。
「武蔵野」の冒頭の引用文「武蔵野の俤は今わずかに入間郡に残れり」で入間あたりの情景を語っていると思い込んでいましたが、読み返してみると必ずしも入間付近を散策しているとも書いてない。しかし、「秩父嶺以東十数里の楢を主とした落葉林・・」などと言う表現はほとんど入間あたりの情景と重なる。我が友人も同様でありうる。ただ、大納言殿の忠告は甘受して、身も蓋もない批判の仕方は慎むようにしましょう。
通りがかり人様、独歩をくさした文章は若気の至りで描いた拙文の一節、国木田論と言うほどのものではありません。
ほこりっぽい宿屋で泊り客同士が語り合うのが「忘れえぬ人々」で連作の一つですから「武蔵野」の中の作品としていいのでしょう。

Re: タイトルなし

カーティスの写真は70年代に入るまで、本国でもほとんど忘れられていたようですから、どうでしょうね。カーティス再評価はネイティブアメリカンのアイデンティティ運動とも関係しているとか。「いちご白書」「イージーライダー」の時代ならではの動きですかね。

「武蔵野」については独歩が住んでいたのが渋谷で、彼のいう武蔵野は武蔵野台地に重なるそうです。多摩川と荒川に囲まれた地域で確かに入間郡も含んでいます。

仙台坂

東京は坂と川の町。これに関した書籍が十数冊を超える。毎日あかず眺めていたところの今回の仙台坂の写真に痺れた!生きているうちにどうしても見たい坂の一つに日暮里駅北改札口から西口に出て御殿坂を行くと”夕やけだんだん”と呼ばれる石段(富士見坂か?)から見える景色の写真を見たいナ。
ネイティブアメリカンの写真いいね。

Re: 仙台坂

仙台坂の写真は誰も言及してくれずガッカリしていました。途中の、現在韓国大使館のある場所に仙台藩の下屋敷がありました。この写真では右側です。戻って有栖川記念公園の脇には南部坂もあります。忠臣蔵の南部坂は赤坂の方で、混同されますが赤坂の南部坂はまだ行ったことがありません。近くまで仕事で毎日通ったのに……。
夕焼けだんだんもあまりに有名すぎてなかなか行けませんね。

知らないままに死んでゆく

鳴海さんが評価している仙台坂、知りませんでした。知らないままに、死んでゆくことが、多すぎる。そして大納言さんの写真を評価してやれず、無念。本当に、出歩いていなことの無念さよ。仙台無念坂ですな。

Re: 知らないままに死んでゆく

いえいえ、なんでもありませんよ。またよろしくお願いします。「無念坂」はいいな……。

仙台坂

wikiではもう一つの仙台坂に、くらやみ坂、池上通りなどの名が出てきてさらに頭が混乱。掲載写真の仙台坂も記憶がないので、訪れたことがないようです。見晴らしが良さそうですね。麻布だと昔は海が望めたのかな?今度散歩コースに入れてみますか。
カーティスの写真展、来週あたりをねらっています。

  • [2013/04/20 05:09]
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Re: 仙台坂

麻布の仙台坂です。桜田通り・二の橋交差点(なぜかYahoo地図にはこの交差点名が載っていない)から西へ上る坂です。上には有栖川記念公園、都立中央図書館があり南部坂もあります。坂の南側の韓国大使館は現在建て替え工事中。上り口近くには瀕死のヒュースケンが運び込まれた善福寺がありますが、背後に醜悪な形のマンションが建ち、景観はメチャメチャです。

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