ミッドナイトストリート 

横浜
DSC00928bg.jpg

大学に入り下宿したての頃、夜の娯楽はラジオを聴くことだった。お気に入りは11時過ぎ(?)に始まるラジオ東京(現TBS)の「ミッドナイトストリート」。コツコツという靴音の後に嫋々たるトランペットの旋律が流れて、「またお会いしましたね。あなたと私が、さりげなく会い、さりげなく別れるこの街角……ミッドナイトストリートです」というナレーションが続く。1959年に放送開始。スポンサーは洋酒のモロゾフだったそうな。牟田悌三、淡路恵子、小山田宗徳、渥美清、岡田茉莉子、三橋達也など芸達者がジョッキーを務め、ちょっとエッチな話をして曲につなぐのだが、当時の男性陣は皆亡くなってしまったのに、淡路恵子など未だにテレビで若い連中をけむに巻いているのだからすごい。小山田宗徳はテレビや映画で活躍する一方、声優としても知られたが51歳で惜しくも鬼籍に入った。正義感溢れる新聞記者を演じたテレビドラマ「地方記者」シリーズが印象に残る。なお、私は冒頭の足音を女性のハイヒールと思っていたが、これは男のもので「待たせたね」とか何とか男のセリフも入っていたという。それに岡田茉莉子や三橋達也が出ていたことも記憶がない。

前にも書いたが、当時の下宿は両側が襖で声が筒抜けであった。「ミッドナイトストリート」の話がおかしくても笑うに笑えず、布団の中でうぐぐっと唸っていたものだ。その他、歌謡ベストテンの類やNHKの少年少女向けSF風ドラマ「応答せよゼノン」(確か『ひょっこりひょうたん島』の山元護久作)もお気に入りの1つだった。ラジオの深夜放送が受験生の間で人気を博すのはその後のことだろうか。

※番組名、正しくは「ミッドナイト・ストリート」だったようだ。

関連記事
スポンサーサイト

コメント:

横浜風景

東神奈川の村雨橋から米軍基地のノースドッグ方面の夕方の一雨後の濡れた風景ですね。
人が映っていないのがいいな。
さびしげな信号と雲、広く写したアスファルトがいいです。
昼間はあまり抒情を感じませんが‥。

  • [2013/05/05 10:59]
  • URL |
  • メタボの白クマ
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

ラジオ関東

50年前の事だからうろ覚えで申し訳ないが
「ミッドナイトストリート」に似た強烈な想い出がある。前田武彦がフリートークで女の子と音楽と語りを進める番組の中で流れる京浜急行のCM曲が”癒しの曲”だった。当時は電子専門学校生で、完成した自作のラジオからの第一声だったのだ。深夜ではなかったと思うが床の中で聞いた「京浜急行」での旅の想い出をしかし、とうとう作る事ができなかった。

横浜を私より知っている白くま氏

そうなんだ。いっしゅん青森か、と、思ってしもた。
 70年代の多くの人が、亡くなっている。ああ、死んだのか、と思う日々だ。生きるしかない。つなげるしかない。明日へ。見送る側でいるしかない。見送られる側になってもうては、このようなコメントも、書けない。こうして、寄らせていただいているブログの管理人さんたちの無事を願う。

Re: 横浜風景

ミッドナイトストリートは横浜にあり?

今、野辺地から帰ってきましたが、調子が悪いので報告は明日にします。

Re: ラジオ関東

ほほー、京浜急行のCMですか?
その頃私は田舎者しており、京急は名前くらいしか知らなかったと思います。しかし、ラジ関といえば社長のワンマン経営とかで私以上のジグザグコースを辿った会社らしいですね。現在は日テレ傘下とか。

Re: 横浜を私より知っている白くま氏

この前、あの辺りで行われたイベントでメタボさんと会ったんですよ。その時撮った画像です。
しかしおっしゃる通りです。死んでも生き続けなければないませんね。

Re: ラジオ関東

Wikiを見ますと「京急ミュージック・トレイン」という番組を提供していますね。YouTubeにはこんなものもありました。
http://www.youtube.com/watch?v=XGdipXZ2C9o

一億総白痴化を免れる

大納言殿がラヂオに熱中していた時代は、私にとってはラヂオ空白期。熱中したものはもちろんテレビ。クレージーキャッツを中心に草創期の盛り上がりを見せていたテレビに釘づけの少年後期。小山田宗徳も金曜8時のディズニーアワーのウォルトディズニーの声としての印象が強い。
 その後ラヂオの深夜放送を聞きながら受験勉強をしたのはまさに我々、大納言殿ご指摘の通り7,8年後の世代。堀江貴文のライブドアによるニッポン放送株買い占め事件の時社長になった亀淵昭信を見たが、当時から「あの人は我々普通のアナウンサーとは違う人ですから」と言われた意味は経営者一族の御曹司だったということか。
 深夜放送はラヂオ熱中第二期。第一期は「一丁目一番地」や「赤胴鈴之助」にかじりついたテレビ以前の少年前期。幼年に近い昔のこと、さすがに配役などには注意が向かず、「一丁目一番地」に黒柳徹子がいたことも、「赤胴鈴之助」の千葉周作の娘役が吉永小百合だったという話も後で聞いて「へー」と思った次第。
 そして今がラヂオ第三期。芸のない芸人のバカ騒ぎ番組に席巻されて業腹だったところへ「地デジに買い替えないと見れなくなる」との押売り画面に切れてテレビをやめて早や2年。代わりに聞き始めたラヂオも決して面白くはない。
 おかげでインターネットをやる時間があるというのは皮肉な結果ともいえるが、案外、時代の結果なのかもしれない。

Re: 一億総白痴化を免れる

草創期のテレビには私も想い出が多い。ご多分に漏れずヒチコック劇場やディズニーアワーに夢中になりましたね。ラジオでは赤同鈴之介や連合艦隊の最後、鞍馬天狗、少年探偵団、笛吹童子などなど。ただし野辺地はラジオもテレビも電波状態がよくなく、雑音がひどかったんです。烏帽子岳に中継施設が出来て受信状態が改善されたのはずーっと後のことです。

今のラジオは面白くない……それも頷けるような気がしますね。

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック:

この記事のトラックバック URL
http://dynagom.blog.fc2.com/tb.php/207-0d104c39