愛の終りに 

北砂5丁目


火・水・木と東京駅傍の高層ビルで仕事。ここは地下鉄からだとものすごくアクセスが悪い上、いちいち受け付けで申請してカードをもらい、途中でエレベーターを乗り換えなければならない。しかもそのカードは入出館にしか役に立たず、会社に入るには人の後ろについていくしかないという失敬なシステムだ。カバンにとりあえず昔の規定書などを入れ、折りたたみ傘も持っていったので行き帰りだけで疲れてしまった。仕事の要求は厳しく、正直言って私の能力では応えきれない。今月も息苦しい雰囲気が続きそうだ。

金曜日は平井でM君歓迎会。M君は2011年秋に夫婦で山口に移住しており、息子が結婚するので上京したのだ。M君には彼が神田(のちに新小岩)で写植の仕事をしていた時にピンチを救ってもらい、ずいぶん世話になった(砂も掛けられたが)。新小岩の仕事場は彼の実家の一画だったから、兄さんも奥さんも、新郎になる息子も嫁に行った娘も知っている。昨年亡くなった鈴木一郎氏はもともと彼の知り合いで、彼が山口から駆けつけて最期を看取ったのだという。この日は大学のサークルや地域の友人知人が私とM君を含め8人集まった。会場の家主は80歳にして矍鑠としたDさん、通称まっちゃんである。まっちゃんの名前は前からM君に聞いていたが、これまで会う機会がなかった。まっちゃんはM君の関係ではめずらしい正真正銘の物書きだ。ともかくこれでM君のリアルな「こんな人と付き合ってます」が明らかになったわけで、彼の関係づくりの上手さには感服せざるを得ない。二次会場である新小岩の居酒屋ではM君の奥さんと25年ぶりに再会し、しばしカラオケに興ずる。高田みづえの『愛の終りに』を歌うと、女将が「ロマンチストですね~」と呆れていた。
   

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コメント:

よぉっ、待ってました。これぞタイトルらしいタイトル!

な、なぜか、こ、こっ、これはまさしく映画のようなタイトルですな。このタイトルだけで、私は衝撃を受けました。前回の天狗党から、あまりにもかけ離れていて、頭混乱中です。中味はもったいなくて、すぐ読まないようにしましょう。それで、ええっ? とっとっ、と、写真を見ますと、なあんと、し、下着の写真。ぬふんむむ、むふんぬぬ! 鼻息荒く拡大です。+です。+です。……と、あれ、こっこれは、たくましそうな肉体の男性用下着関連ばかりがつるされている。よっ、ようやく洗濯ハンガーから眼が離れました。まだ月曜の、外が明るい6月初旬の朝ですな。

Re: よぉっ、待ってました。これぞタイトルらしいタイトル!

このアパート、通りがかりのおばさんたちが、木が伸び放題だとかなんとかひそひそ話していました。私も気になって仕方がありません。男性用下着じゃなくて樹木が……。

ひとりの友人の人生の流れ

を見れるのは、長い付き合いがないと難しい。途中で交際が途絶え、遠ざかったまま、二度と会えぬ人々になってしまう例のほうが多い。
 私は高校時代、浪人時代、そして大学時代、と、互いの家を泊まり歩き、朝まで語り合った友人がいた。その彼がすでに7年近くも前に亡くなっていたのを知ったのが、この1月のことだった。わが家族の入院などもあり延び延びになっていた墓参りを近日中にすることになっている。そういう意味で、私は本質的に冷たい人間だったかと感じている。職場の同僚の仲のよかった人たちでさえ、ずいぶん薄れて遠ざかった。仕方がないとも感じてはいるのだが。孤独になる一方だ。みんなそうなのだが…男性下着の話も色あせた。

Re: ひとりの友人の人生の流れ

「孤独になる一方」……孤独もなろうとしてなれるものではなく、いろいろ関係を引きずっていくものではないでしょうか。M君は私にはこの間全然連絡してくれず、鈴木さんが亡くなっても教えてくれないし、今回の話も別の人から呼んでもらった次第です。本当は世話になった私が連絡をとる努力をすべきなのでしょうが……。

高田みづえ、なるほど

たしか若嶋津の奥方におさまった方ですね。
私としたことが‥、名前を覚えていました。これは奇跡です。

ほとんど記事と無縁な感想ですね。ゴメンナサイ。

  • [2013/06/04 22:01]
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Re: 高田みづえ、なるほど

> ほとんど記事と無縁な感想ですね。ゴメンナサイ。

いえいえ、今回の記事の主題は高田みづえです。
若嶋津は山羊座、みづえは蟹座。占星術では2人の前途には不幸が待っている筈なんですが、違いましたね。

歌詞よりもメロディー

高田みずえは好きな歌手の一人で、「愛の終わりに」のレコードも買い求めました(CDではありません)。メロディーラインがきれいだと思って買ったのですが、失恋の言い訳自己主張みたいな妙に理屈っぽい歌詞で、「流行らないだろうな」と思っていたらその通りになった。まさか30年も経ってからカラオケで歌う人がいるとは思いもしなかった。
彼女は歌唱も声質もメロディーのきれいな曲に合いそうで、実際そういう曲が多かったようだ。フランクミルズの愛のオルゴールに日本語の歌詞をつけたのを歌ったのも彼女だった。結局、デビュー曲の硝子坂とサザンの桑田君からの曲ぐらいしかヒット曲はなかったが今でもいいなと思っている。
彼女もなかなか懐メロ番組に出ない歌手のひとりだ。最近はテレビを見ていないが、今でもそうだろう。やはり相撲部屋のおかみさんともなると、テレビの歌番組でチャラチャラしているわけにはいかないのだろうか。今でも、いいなと思えるのはあのころの彼女の映像が修正されることなく記憶の中で生きているからだろうか。

Re: 歌詞よりもメロディー

作詞・作曲は秋元順子「愛のままで…」と同じ花岡優平。自分で歌っている「恋ごころ」は大体マスターしました。
彼の作品は「自己主張みたいな妙に理屈っぽい歌詞」とメロディーラインの美しさが特徴です。

今日もちゃんこ鍋をつくっているのか、高田みづえ……。

これは単なるみづえ惚れ

でしたかな。たしかにカラオケでも主流ではないですな。垢抜けないところがあり、清純そのものなのが、いいのでしたかな。
ぬふんむ。ちゃんこ鍋、食いたいものですな。

Re: これは単なるみづえ惚れ

「私はピアノ」や「硝子坂」は歌う人がいるでしょうがね。私が「愛の終りに」を知ったのは、パソコンの無料カラオケアプリででした。つい最近です。

なお、ちゃんこ鍋は肉が入っているのでダメです。相撲取りにはなれません。見るだけで「ごっつあんです」。

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