カーブミラーの中に 

野辺地


私が育ったのは浜町の海を背にして建つ借家だった。この写真の海沿いの道を右に200メートルほど行った場所である。今は大家が平屋の家を建てて暮らしている。当時この家の冬の寒さと言ったらなかった。だが致命的なのは井戸がなかったことで、水は水神宮の下の湧水を大きな手桶で汲んで使っていた。父は借家にかかわらず、大枚はたいて井戸の掘削に挑戦したが失敗した。写真のカーブミラーには少年時代の私が写り込んでいるかもしれない。

ところで、この常夜灯は誰が言い出したか「日本最古の灯台」と喧伝されていたが、誇大広告であろう。復元された千石船みちのく丸が被災地を回る航海でも、後援する新聞社の各紙面にそんなようなことが書かれていた。最初の灯台は鎌倉時代に摂津国(大阪)に造られた高灯籠だと言われる。野辺地の常夜灯は、文政10(1827)年に施主・野村治三郎、世話人・橘屋吉五郎により上方から船で運ばれた。野村家は野辺地の豪商、橘屋は広島の船持商人だった。当初、水神宮に奉納されたものの、移動されて灯台の役割を持たされたのではないかという。町史には、毎年旧3月1日から旧10月10日まで毎日点され、灯籠の南北に茜染めの布を張り灯りが赤く照らした。油は白絞を1か月に1升要した、などという郷土史資料の一節を引用している。しかし、明治維新まで点されたにしては油煙の跡もなく、いささか疑問である。なお、現在はこの場所から海側に造成された公園内に移設されているようだ。

今日はあまりの暑さに耐えきれずエアコンを作動させたが、裸になって扇風機も動かすと最高の30度にしても寒いのでエアコンは切ってしまった。例年は除湿にしていたのを忘れていた。
    

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コメント:

通行止めの60年とは何?

どうも、変なところが気になって。

昭和の60か?

ありえるな。


常夜燈

移転前のものだね。それにしてはなんだか新しくないかい?日本最古にしては疑問だね。でもいいじゃないか、伝説なんてものは何処でも地元の表の歴史の象徴なんだから。

Re: 通行止めの60年とは何?

いやーありがとうございました。
仰るとおり昭和60(1985)年でした。
私は漫然と59年だろうと思っておりましたが、これは60年のネガです。
祖母が亡くなった次の年に、兄弟3人で私たちの育った浜町を歩いたのです。弟たちにとっては生まれ故郷でもあります。あの頃はまだこんな余裕があったんですね。

今度の写真展ではこの時の写真を四切(一部六切)にし、その後15年間の写真を六切で見せる予定です。

Re: 常夜燈

そうなんです。毎日白絞油を燃やしたら真っ黒に煤けてしまうはずです。合点がいきません。

田舎のおらが町自慢と思えばいいのかな。

野辺地、いいですなぁ

白波がたってますな。夏から秋へと移ってゆくところか。雲もいいですな。海の色の深さが、東京湾や、相模湾とは違うのだろう。
 岩手も、青森も、未踏の地だが、北へ、北へと向かいたくなりますな。なかなかでありました。

Re: 野辺地、いいですなぁ

あのころのあまちゃん(モノクロ)写真家は28ミリレンズにオレンジフィルターを付けるのが定番でした。そうやったからこそ寂しい雲がくっきり描写できたんです。貧しい海も深く見せられます。でも今は違います。デジタルならモノクロもカラーもいっぺんに撮れますし、雲もなんなくくっきりさせられます。それがいいのか悪いのか……。

愛されるのは無理かな

雲が左方の中になびいて、水平線と交差していますね。この構図の基本が面白い。うまく表現できないけど「明るい動き」というのかな。
全体に白っぽく、明るいのも心地いいですね。
好きな写真です。

  • [2013/08/15 23:16]
  • URL |
  • メタボの白クマ
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

Re: 愛されるのは無理無理

よくわかりませんが、撮り方より雲の出来方に何らかの法則性があるのでしょうかね。

灯台の立地条件

 私の見聞の中では、灯台は海に突き出た地の突端に作るものと相場が決まっていた。木下恵介の映画「喜びも悲しみも幾年月」でも転々とする勤務地はどこも海に突き出た地にあり、かつ港や街に近くないという印象。〇〇岬や~崎が灯台の地名の定番だ。
 大納言殿も認める通り、最古の灯台説はすこぶる怪しい。そもそも陸奥湾の最奥、周囲陸地だらけの海に面する野辺地に灯台は立地するだろうか。加えて、写真の位置は街中でしょう。二重に不自然。
 突端の地とともに、街中から遠いという条件が付くのは、街の明かりに紛れて灯台の灯が見えにくくなるからでしょうか。うちの近くの天文台はその理由によって撤退していきました。
 若山彰の唄う主題歌を聞きこんでもこの問題だけは読み切れない。田端義男の「ふるさとの灯台」ではもっとわからない。知ってる人がいたら教えてください。
 

Re: 灯台の立地条件

まあ、灯台といってもいろいろあるというのが私の意見です。
これは街中じゃなく海辺に建っています。陸奥湾の東南にあるのが野辺地湾で、湾内に入ってきた千石船などを無事に野辺地の港に導くのが目的だったと思われます。日本最古はちと怪しいが、目印としての灯台の役目は果たしたのではないでしょうか。ただ、それにしては油煙の跡がないのはどういうわけだろうかというのが、なお疑問ではありますが……。

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