晩夏(おそなつ)の影 

清水目川々口
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メールの着信が点滅したので、何の気なしに開けてビックリ。大学の恩師M先生からであった。先生からメールをもらうのも初めてだったが、その内容は意外で胸打たれるものだった。曰く、去年の夏は腸閉塞を起こして1か月入院。今年は大丈夫だろうと思っていたら急性肝炎になり、入院していろいろ調べたら総胆管に結石があり、それが原因なので開腹手術が必要ということになった。もう85歳なので回復には長い時間が必要だろう。君の暑中見舞いに返事が出せなかったのはそういうわけだ、と詫びているのだが、かつての落ちこぼれ学生が出した暑中見舞いをそんなに真剣に考えて下さるなんて……。読み返すうち、生涯疾走し続けた恩師の弱音とも言える述懐に思わず涙が湧き、慌てて適当な返信を送ってしまい後悔した。

かと思うと、私の10歳下で写真家として好調に飛ばしていたはずのS氏が昨年末に脳出血で倒れ、現在も闘病中とギャラリーで偶然聞いた。彼は80年代の頃『月刊カメラマン』に書いており、それはよく読ませてもらった。月カメ編集部でレイアウトをしていた知人を介し3人で飲んだのはいいが、その店でボラれてビール1本3000円も取られた苦い思い出がある。だが、その後の彼の活動は情報が入らずよく知らない。去年だったかリコー・リングキューブで彼の写真展が開かれた時会ったが、25年以上のご無沙汰ではなかったか。Webでは多彩な活動を続けている様子が伝わってきた。奥さんからのメールでは脳が大分損傷を受け、未だに意思疎通が出来ない状態だという。1日も早い復帰を祈るばかりだ。

写真展の“版下”がやっと出来た。あとは出力するのみ。もっとも出力した作品が気にくわなければまた作り直し……。
     

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コメント:

生涯恩師

学校に限らず職場にも恩師はいた。就職したての無知に、懇切丁寧に根気よく指導してくれた先輩の奥様から、喪中のハガキをもらう事ほど哀しいことは無い。

Re: 生涯恩師

恩師といってもあまちゃんには到底歯が立たない存在でして……。先生の試験に白紙を出したのは痛恨の極みです。仕事での恩師といえば、最初の赴任地で面倒を見てくれた主任でしょうか。

は、は、白紙で、ですとな。

それは、相当なことです。恩師の記憶に長く残ったかもしれません。

 適当な返信になってしまったようですが、不思議と、そういう時は、そうなってしまうのですな。では、返信の内容をどうすればよかったか。これは、これしかなかったのではないですか、と思えます。先生は了解してくれてるはずであります。
 ぬふんむむ、東日本フェリーについて検索したら、統合されているですな。するとこの写真も、氏の記憶の1ページなのですかな。写真展、楽しみですな。氏の苦悩が、深い味わいを出しているんでしょう。さて、後藤氏が、今回、どう書いて来るか、楽しみです。

Re: は、は、白紙で、ですとな。

先生、今回は白いインクで書きました、なんてね。
そんなことを言ってる場合じゃない。ともかく万事飲み込みの悪い劣等生でしたね、自慢にはなりませんが……。

東日本フェリーには私の同級生も勤めていましたが、青函トンネルの開通などで採算が取れなくなり撤退したようです。

老いと涙腺

 年を取ると涙もろくなる、と言われる。大納言殿はかたくなな老いのイメージで、とても涙もろくなどならないと思っていたので、意外でした。恩師への深い思いなど外から推し量れないこともあるのでしょうから、一般論でとやかく言うべきではないでしょうが。
 かつて、「水戸黄門」を見ながら涙を流している、という同年代の友人を「そんなみっともないことを・・・」とバカにしていたことがあったが、今ならそうは言わないだろう。恐らく涙もろくなるというのは、かたくなな心がほどけて素直な感情移入ができるということなのだろう。それは老化一般として排斥するどころか、あるべき初源の心理状態とさえ言える。
 そしてみんな泣きたがっている。「本年度一番泣ける映画はこれ」とか「あなたも純粋な涙を思う存分流してみませんか」の宣伝文句はあざとい限りだが、それを受け入れる大衆意識はあるのだろう。ぎすぎすした社会でかたくなにならざるをえない心をほぐしたい大衆願望と言えるか。
 私はまだかたくなな心がほどけていないので「思い出づくり」の作為性や「さあ泣こう」という身構えには参加しませんが、そうした心情を肯定できる程度には柔らかくなったと言えましょうか。
 ・・・泣くことがその場限りの慰めにすぎなくても、傷ついた今のあなたにそれだけでいいじゃないの・・・。

Re: 老いと涙腺

ちょっとのことでも涙がにじんでいけません。泣くというのとは違うんですが……。ま、水戸黄門でも世界仰天ニュースでも出る時は出るでしょうね。出なくなったら問題です。

さて、明日から野辺地。気が重いが行かないと始まりません。

涙は大切な生理現象

Mr.Gt、良いこと言われてますね。私はテレビでも、それがたわいない、みえみえ視聴率アップ用でも、涙腺ゆるみはほったらかしにすることにしています。怒りや、不安、その他、涙腺緊張状態では涙は当然、奥まり表面には出てきません。ただ、緊張状態の持続から、遠ざかりたいとき、私は意図的に自分を投げ出すようにします。テレビの前で寝そべったり、古い音楽を聴いたり。私もある面かたくなではありますが、世間を簡単には受け入れないツッパリのようなものが、突然にほどけてしまう時があります。お酒も入ってたりしますと、余計にですが。
 大納言氏に言いたいのは、この世で、なかなかうまく行かない人生に、思い通りにならぬ日々には、泣いて欲しいということです。ええっ、泣いてなんかいませんよ。と、コメントしていてもいいですが、どうせ壁の向こうは見えません。私もそうです。妻に隠れて、泣いてます。しかし、安い涙だと、承知しながら、流れ出るままにしているのです。怒ったり、暗い気分でいるよりは、涙流したあとは、また、のろのろとですが、生きていくしかねえか、という気分になっているのです。少なくともこの自分にとっては悪い生理現象ではないのであります。言いたいこと言って、人生の大先輩に申し訳ありません。
 晩夏の野辺地。しっかりじっくり、ふるさとの地を踏みしめて、歩いてこられよ。

Re: 涙は大切な生理現象

ありがとうございます。
夜中ひとり、パソコンで無料カラオケをやってる時など、昔の歌に思わず涙がにじんだりします。来し方行く末を思い涙が流れます。つまり泣いてます。それもリハビリの自己療法でしょうかね。

野辺地は天気が思わしくないようです。また、鳴海氏が回線の切替えとかでしばしネットが使えないとか。私も今日・明日はコメントできませんので悪しからず。

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