母を送る日 

白樺
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母がおかしいと聞いたのは4日の朝だった。脈拍低下、血圧も低下した状態。点滴と酸素吸入を行う。その後、身内に連絡した方がいいと言っているとも聞いたが、弟はまだいいのではないか、ゆっくり来ればみたいに言うので、私は次の日に行くことを考えてのんびりしていた。4時前に電話が来て先ほどの見通しは間違い、危ないかもしれないので至急来てくれという。バタバタと喪服を出して宅急便で送ったり、何だかんだで時間が過ぎる。駅へ駆けつけると金曜日なので新幹線がなかなか取れない。立ち席をスルーし終電を押さえてもらった時「呼吸が止まった」、まもなく「脈も止まった」と電話が入る。
八戸で青い森鉄道の終電・野辺地行に乗り換え、家へ着くと弟が酔っている。さっきまで親戚が何人か来て飲み食いしていたとか。母は清拭を終え家に運ばれ寝かされていた。実はお寺のそばに葬儀屋の会館ができており、遺体はそこに預けた方が後が楽ではないかとのアドバイスがあった由。だが、弟は家に帰りたがっていた母の意向を汲んで敢えて家へ運んだという。それは正解であった。馴染みのない場所に運ばれても母に安息はない。母の顔は痩せこけてはいたが、眠るように安らかできれいだった。最後の何週間かは食事が摂れず点滴もままならなかったので、無理はない。どのみち意識は混濁していたから、直接の死に目に会えなくてもさして苦には思わない。弟がきちんと看取ってくれたならそれでよい。母が長い苦痛から解放されたことの方が、大きいのではないだろうか。次の日、早朝から長老格の母の従弟Tさんが来て家の周りを片付けてくれ、次に葬儀屋の担当者が来てめまぐるしい葬送のスケジュールが動き始めた。6日納棺、7日に火葬と通夜、8日に葬儀と決まった。
    
駅前
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コメント:

あらためてご冥福をお祈りいたします

ご葬儀、あわただしくお疲れのことと思います。
しかし今回の記事、とてもお母上への思いにあふれておりました。お母上も安らかに旅立たれたのではないでしょうか。

あわただしく戻られたようですが、体調に充分留意されますよう・・。

  • [2013/10/09 13:06]
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  • メタボの白クマ
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Re: あらためてご冥福をお祈りいたします

いくつか不調法もありましたが、何とか終わらせました。今は溜まった新聞を読むのが大変です。次もまた野辺地のことを書くつもりです。映画「SELF AND OTHERS」と牛腸茂雄も取り上げようと思ったのに、それらは後回しになりそうです。

後回しでいいのです

生活していく上に欠かせぬ手配をまずこなし、あとは、後に回すのがいいと思います。疲れはずっと先まで残り、思いがけないところであらわれます。早く日常を取り戻そうなどとは、思わないほうが、いいと思います。偉そうですいません。

Re: 後回しでいいのです

そ、そ、そうですか。
今日、皮膚科へ行って股の痒みと赤みが取れないといったら、いつもと違う先生が別の薬を処方してくれました。薬局でよく見ると「亜鉛華軟膏」との混合剤。亜鉛華軟膏などという古典的な薬がまだ生きていたんですね。独特の匂いが懐かしい。

長かったネ

改めて母上様のご冥福をお祈り申し上げます。どうぞ安らかにお眠りください。
小生も日帰り出来ないところの弟宅で世話になっていたため両親双方の永眠には間に合いませんでした。しかし義母の時は息を引き取る間際まで立ち会いましたが静かに旅立ちました。午前2時ころでした。直ちに義母の自宅に連れ帰り、ようやく眠って貰いました。その後は休む間もない数日でした。暫らくして疲れがドッと出てきた記憶があります。何はさておき体調維持に十分気をつけてください。合掌

Re: 長かったネ

ご両親の最期に立ち会えなかったことはさぞ心残りでしょう。私は父親の時には病院に弟と交替で詰め、1週間後に亡くなるのを見届けました。ところがその時、母親を連れて行かなかったので母はずっと父の不在を信じませんでした。

今回私は睡眠不足と慣れない寝床で疲れ、おっしゃる通り後でつけが回ってきそうです。心しましょう。

仕事がないなら、布団に横たわられよ

ご飯だけは炊き、残り物を食べられ、寝られよ! 

Re: 仕事がないなら、布団に横たわられよ

OK、わかりました。

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