再会 

風邪引くなよ


この15日は特別な日だった。思い切って隣県に住む異父兄の家族を訪ねたのである。父の葬儀の後、従妹から驚くような話を聞かされた。母は父の前に別の男と結婚して子供を作っていたというのである。そのことを父母はもちろん、祖母も叔母も我々子供には完全に封印し通した。家で恋愛の話がタブーだったのはそれ故であったか、と今にして思う。だが既に母は呆けていたので問い返すこともできなくなっていた。今度母が他界したことで兄に連絡を取る必要が生じた。手掛りは、弟の同級生が偶然にも兄と同じ職場にいたことがあるらしいという話だけ。しかし、その同級生になかなか電話が繋がらない。ハガキを出してようやく彼を通じ兄の家族と連絡が取れた。残念ながら1つ上の兄は数年前に亡くなっていた。65歳だったという。

兄が生まれる前後に母は夫(Kさんとしておく)と別れ、次の年、私の父と再婚した。祖母に育てられた兄は高校を出て集団就職で首都圏へ。公務員だったKさんも後に退職して兄の所に身を寄せたが、やはり65歳で他界している。兄は公務員の仕事を得て勤め上げ、いま奥さんと姪が海の見えるマンションで暮らしている。兄は私とは反対に決して怒らない陽気な性格だったそうだ。写真で見る兄は端正な顔立ちで、中年以降は相応の渋みも伴ってきていた。目は私と似ていなくもないが、きりっとした眉と黒い髪は私のそれとは大違いだ。兄と母は一度手紙をやり取りしたものの、再会を果たさぬまま亡くなったのである。
――アルバムを見ながら話は尽きなかったが、とりあえず生前の母の写真や歌集を渡し、兄が保存していた手紙や写真などを貸してもらった。マンションを出ると外はもうとっぷり暮れていた。Kさんも兄も今は秋田の地に眠っている。結局、なぜ母が3年に及ぶKさんとの結婚生活に終止符を打ったのかは判然としなかった。私なりの仮説はあるがそれは続きということにしておこう。
     

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コメント:

傑作猫

こっ、こっ、これは傑作すぎる猫フォト。猫の横たわりしベンチの肌ざわりもよろしい。猫うしろの漬物のふたもこれまた風流。猫ひげと、猫まゆを引っ張ってみたくなりますな。冬の日差しあふれし下町の風の凪いだ昼下がりの風物詩ですな。文章の感想は後日します。

Re: 傑作猫

右端のハイライトが完全に飛んでしまい、難しい条件の画像です。ヒゲや毛並みをそれらしく描写するのがカールツァイスレンズの醍醐味です、とはメーカーの惹句。
この猫は以前、車の上に乗っていたやつですが、夏の間見なかったがどこへ行っていたのか。撫でたり擦ったりすると大喜びするのが可愛い。

カールツァイスレンズ…

響きから察するに、ドイツのメーカーですか!?
それにしても、魅力的な面構えのニャンコです。
目の前にいたら、早速ナデナデスリスリして嫌われてしまうかも(笑)。


お母様、手元で育てることが叶わなかった我が子が大納言様の成長と二重写しになっていたかもしれませんね。
今はこの世ならぬ場所で再会を果たし、存分に語り合われたことでしょう。

Re: カールツァイスレンズ…

やはり最初の子供の方が出来が良かったようで……。母の期待にはついに応えられず。
カール・ツァイス……おっしゃる通りドイツの名門です。ソニーがそのレンズを使っています。一方の名門ライツのレンズはパナソニックのデジカメに付けられてますね。ライツのカメラ、ライカも健在ですが値段が高い。

歌人の情熱

テレビドラマや小説の中ではよく出てきますが、実生活の中では周囲の人間の話としてもなかなかない話。60年間知らなかった異父兄の話、と聞くと違う話ながら先ごろ話題になった赤ちゃん取り違え裁判のことを思い浮かべますね。60年という歳月の重さかな。大納言殿の場合は、資産家としての・・・・とは無縁のような気がしますが。
もう一つ思い浮かべたのは、やはりご母堂が短歌をやっていたということ、「情熱の歌人」といった言葉が浮かびました。柳原白蓮あたりでしょうか。もっとも彼女には情熱の上に奔放という修飾語も付くでしょうか。それに比べれば、同じく情熱の歌人と言われた与謝野晶子などおとなしいものです。鉄幹をめぐるライバルとの確執ではえぐいところもあったようだからやはり情熱の人なのだろうけれど。
好きな歌を一つ
海恋し潮の遠鳴りかぞへては少女となりし父母の家(与謝野晶子)
野辺地は海鳴りの聞こえる港町なのだろうか。そんな海の音の聞こえる夜に、手放した子供を思うご母堂の胸に去来したものはなんだったのだろうと思うと厳粛な気持ちになります。もう一度合掌します。

Re: 歌人の情熱

後藤氏、久々の登場ですな。大分ご苦労なさったようで……。

赤ちゃん取り替え事件は衝撃的でしたね。大量出産時代の悲劇といいましょうか、我々の時代は産婆さんですから間違えようがなかった。兄と私の場合は1つ家で育てられる可能性もあったわけで、失われた時を思うと感無量です。柳原白蓮は知りませんでした。大正三美人とか。柳原可奈子なら知ってるが……。

> 海恋し潮の遠鳴りかぞへては少女となりし父母の家(与謝野晶子)
> 野辺地は海鳴りの聞こえる港町なのだろうか。そんな海の音の聞こえる夜に、手放した子供を思うご母堂の胸に去来したものはなんだったのだろうと思うと厳粛な気持ちになります。もう一度合掌します。

海鳴りが聞えるどころか借家は浜辺で寝ているような状態で。その後、山側へ家を建て引っ越しました。あの頃は母の気持ちも父の気持ちも知らずに、勝手なことを言っていたものです。親孝行したい時には親はなし。その通りですが、失って初めて分る親孝行、そう詠み替えることもできそうです。

重いお話であります

事実を知らされたときから、大納言氏もなんともいえない歳月を送られたのでしょうな。お母上は強い方だったのでありましょう。それにしましても、お辛かったことでありましょう。

 兄上とは生きて会いたかったですな。血のつながりのある姪御さんと会えて良かったですな。事実は小説よりも、のレベルですな。うーむです。

Re: 重いお話であります

まさに肩の重荷を下ろした気分です。
しかし、母の供養、父の供養とは何なのか……まだまだやらなければならないことが残っています。

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