夢十夜5 

ソロ


青い猫がすり寄ってくるので撫でてやる。どこかで会った猫だが思い出せない。何となく汚れているようで、青い毛に付いた黄ばみが埃なのか地色なのか分からない。隣の母(顔が見えない)に、青猫ってこれかと訊く。Yさんの辞書を借りて調べようとするが、それは広辞苑ではなく、「楽しい広辞苑」みたいな本で役に立たない。自宅の階段の横に本やビデオが山のように並んでいる。階段に続く屋根裏みたいなところにも本が積んであり、入り込んでみるが、そこにあるのは面白そうでも当面の役には立たないものばかり……実家の庭にいるとどこからか電話があり、亡くなった弟に関する情報だというので喜ぶが、実は親戚のKさんからの電話だった。眠りの浅い朝にはとりとめのない夢の断片が散らばっている。

ソロは我が家で飼っていた雑種の雄犬である。確か私が大学に行っていたときに飼い始め、名前はテレビの「ナポレオン・ソロ」に前髪が似ているというので付けたらしい。ソロを飼ったおかげで仲の悪い弟たちが仲良くなったと、母が歌に詠んでいた。やがて我が家は店を閉めて浜町からバイパスの傍に引っ越し、ソロはスピッツ系のやかましさには閉口させられたが、ともかく皆に愛されて育っていった。アタマもあまりよくなかった。そのソロに恋人ができたのはいつだったか。すらりとした美人の野良犬で私も散歩に連れて行ったことがある。恋人とはいってもやってきて餌を食べる身の上だったらしい。狭量な祖母は彼女の存在を認めなかった。我が家はペットを含めそういう人生の機微にまるで疎かったのである。次に帰ったときは彼女は去り、しょんぼりと西空を見つめているソロが哀れだった。やがて私は上京し、ソロの顔を見ることもなくなった。なにしろ、祖母が亡くなるまでの数年間、一度も帰らなかったのだから。その後、ソロは父と散歩中にとらばさみに掛かって歯を失い、食事ができなくなって死んだと聞いた。衰えていくソロを詠んだ母の哀切な歌が残っている。今なら獣医の診断を仰ぎ、もう少し生きながらえることもできたかと思うのだが……。ここに書くことがせめてもの供養である。

駅の迷路をたどり、外国のような表参道の雑踏をくぐり抜けていったギャラリーで、その展示は来週からですと言われた。やはり厄日であった。金土日の3日間は中目黒で劇団河馬壱の「ピーターと狼と・・・」が行われる。私は土曜日に行くつもりだ。
    

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コメント:

とらばさみ…

仕掛けた人間は恨まれるでしょうな。ソロをやろうとはしてなかったのでしょうが…母上の痛切な悲しみが伝わります。ペットは飼っている人と、その周りで迷惑こうむる人とでは、気持ちに大変な隔たりがあります。日常のそこら中で、それについての戦いがありますな。今の時代、日本中がそうかも知れません。飼い猫チェリーの無事を祈るしかない。犬の糞を始末しないで、知らん振りしている人はご自分のペットの立場をつらくしてしまうのですな。最終的に。つい、ペットの話をしてしまいました。

Re: とらばさみ…

今はすっかり宅地化してしまいましたが、我が家の周りも昔は原野で、野獣を捕らえようとする人がいたんでしょうね。福島の被災地で、とらばさみで傷つけられた猫のことがネットに掲載されています。とらばさみは人の足などもかじりそうですが、害獣を捕らえるのに必要なのか、amazonで売られているみたいです。

ソロちゃん

ご家族に可愛がられていたことがよくわかる、愛らしい一枚ですね。
それだけに、最期が哀れでなりません。

昭和四十年代は23区でも野良犬を見かけたものですが、いつの間にか野良と言えば猫になってしまった…。
悪いことではないのでしょうが、生き物との付き合い方も含めて考えてしまいます。


ところで、「我が家で買っていた→我が家で飼っていた」…ですね。
大納言様らしくないミスのような(笑)。

Re: ソロちゃん

> ところで、「我が家で買っていた→我が家で飼っていた」…ですね。
> 大納言様らしくないミスのような(笑)。

こりゃ失礼。すぐ直します。はて野良犬はどこへ行ったのか……?

全き猫派とお見受けしていた大納言殿に犬を飼った経験があるとは意外でした。大納言殿が、というよりは家族が、というべきでしょうが。それでもたまの帰省で散歩に連れて行くあたり、結構犬も好みであったようですね。
小生の家ではコリー犬を飼っていました。犬を飼うことになり、どうせなら賢い犬がいい、ということで、テレビの「名犬ラッシー」を真に受けてコリー犬にした次第。「ナポレオンソロ」から名前を付ける家族と同じく、テレビの影響はばかにできない。
このコリー犬、一度に10匹も子を産むため、その出産からしばらくは大騒動、当時はコリーの子犬なら売れるとも聞いたが、大半はもらわれていったように記憶する。母犬と子犬の別れを何回も見せられるのは少年の心情としても、辛いものがあった。そして最後の一匹がいなくなった時の母犬の泣き声と消沈の姿は胸に迫りました。。母は「世話が大変だからもう生ませない」と言っていたが、あの痛切な泣き声をもう聞きたくない、というのが本音だった気がする。「何も知らない子牛にさえ、売られて行くのがわかるのだろうか」当時聞いたドナドナの旋律が妙に記憶に残る。(これがジョーンバエズの歌唱であると知るのは後年になってのことですが)
恋人に去られて西空をしょんぼりと見ているソロも、10匹の子犬を手放して元気をなくした母犬も、ペットの悲しむ姿というのは身に沁みます。

Re: タイトルなっしー

ジョーン・バエズ、ドナドナドーナ……懐かしや。
ちなみにバエズは山羊座、日本のジョーン・バエズと呼ばれた森山良子も山羊座ってのが因縁めきますね。
後藤家は雌のコリー犬ですか。結局手放したとはいえ、子孫を作る発想がなかった我が家とはコンセプトが違いましたね。そのためか人間の子孫もできませんでした。今や我が家は絶滅目前。ソロに謝りたい。

おー、GT氏、戻りましたな

ううむ、痛切な話ですな。なんとも言えないですな。最後の一匹はつらかったでしょうな。ううむ、でした…

Re: おー、GT氏、戻りましたな

GT氏は「猫っかぶり」にもコメントしてくれてましたよ。
そのGT氏にもつらい過去があったんですね。人は見かけによらないもんです。ペットロスが問題になってますが、親子の引き離しもやむを得ないこととはいえ哀しい現実です。初めて知りました。

うーむ、ソロちゃんは長湯ですな

よほど気持ちがいいのですな。洗濯機の中のお湯も適温だったのですかな。あるいは真夏の行水だったのか。

Re: うーむ、ソロちゃんは長湯ですな

あたたたた~、尻を突っつかれましたね。
色々ありなかなか更新できずにいます。
仕事がない上に天候不順で体調が微妙に狂ってしまいました。

どうかもうちょっとお待ち下さい。

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