「あしたのジョー」に行き着けず 

北砂6丁目


練馬区美術館へ『あしたのジョー、の時代』展を観に行こうとしたが、時間切れとなり練馬駅で引き返してしまった。西武池袋線は行き先は分かるが隣の駅が何という駅か大変分かりづらい。練馬から1つ先の中村橋へ行かなくてはならないのだが、それはホームに2つしかない駅名票を見なければ分からない。事前調査不足と言われればそれまでだが、至れり尽くせりの地下鉄の案内表示に慣れている身には、パニックものである。ところで「あしたのジョー」自体にそれほど思い入れがあるわけではない。漫画もちゃんと読んだ覚えはないが、東京新聞夕刊の文化欄などがあまりに煽動的に取り上げていて観ないわけにはいかなくなった。
いわく、「……二十世紀を牽引したそんな政治的強権を消化不良のまま、なし崩しに受け入れる見返りに、国民は物質的な豊かさを手にしたが、同時にそれは権力を絶えず承認しつづけることでもあった。/そしてこのとき、豊かさの享受のために、わたしたちは心の底のわだかまりを自ら野辺送りする必要に迫られたのだ。ジョーとは、わたしたちが葬ろうとした自身の夢の死体、言い換えれば戦後社会の生んだ新しい英霊なのである」(石川翠)。どうです、観たくなったでしょう? 21日日曜日まで。

最近、電車との接触を避けるために多くの駅でホームドアなるものが設置されたことはご存じの通りだが、ホームドアなら家の扉ではないか。英語表示ではちゃんとplatform doorとなっている。外来語表記法は不便なもので、姿勢のformはフォームだがplatformはプラットホームと書かなければならない。ならばホームドアではなくてフォームドアが正しいように思うけれど、あくまでプラットホームの後半だけ使っているということなのだろう。私のやっていた雑誌では苦肉の策で車台を意味するときはプラットフォームでいいことにしていた。デジタルスチルカメラがはやりだしたとき、「スチル」は映画の俗語に合わせてスチールとしなければならなかった。したがってデジカメはデジタルスチールカメラとなり、驚きの鋼鉄製カメラが出現したのである。弾よけにもなる戦場カメラマン御用達の代物か?

付記:長くプリントを頼んできた大島の島田写真が18日で閉店した。3月にご主人が亡くなり、奥さん1人ではやっていけなくなったようだ。値段は高めだがきりっとしたプリントが私好みだった。島田さん、ありがとう!
     
    

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コメント:

あしたはどっちだ…

ニャンとも面構えが良ろしい…笑。
練馬区立美術館は、板橋区立美術館と並んで個性的な企画を連発していますから、定期的にチェックはしています。
ただ、個人的には、矢吹ジョーよりも髭のなが~い猫に惹かれますね(笑)。

ジョー

ジョーは繊細な奴でしたな。河原のオヤジのぼろいジムで、体を絞って絞って、強くなっていったのですな。そういう過程にはあこがれがありましたな。そうだ丹下だったっけ。娘さんが素敵な人でしたな。ガキの取り巻きがいて、おもろかったですな。ホセ・メンドーサというチャンピオンとも戦うのでしたな。ううむ、ジョーはリングの椅子から立たず、そこで終わったのでしたな。本当に燃え尽きていたのか、疑問だとは、思えるのですが。まあ、すごいでしたな。
 日本ですと、辰吉がかっこいかったですな。アメリカですと、マービン・ハグラーというのが、いかったですな。今ならユーチューブで見られそうですな。ううむ、ジョーもおじいさんになってますかな。生きてないかもしれない。そう、生きてないでしょうな。
 ところで、この猫、強そうな面構えですな。場数踏んでますかな?北砂ジョーですな。

Re: ジョー

今日観てきましたが明日までなので結構な入りでしたね。
ジョーにインスパイアされたアート、演劇、映像、パフォーマンス、グッズ、反万博運動、日本赤軍など、分厚い社会現象をもれなく網羅し見応えがありました。もちろん原画も大量展示。帰ったらぐったり。この猫、メスじゃなかったかな?

Re: あしたはどっちだ…

> ニャンとも面構えが良ろしい…笑。

これは実はちょっとした何がありまして、後ろに写っているのは私の脚です。つまり上からカメラを逆にして撮ったものです。だから猫がビックリしたような表情になった次第。いつもは眠たそうな目をしてます。

ちばてつやって

山羊座だったんですね。だからか……(なにがじゃ?)

正攻法ではなく…

大納言様の作戦勝ちでしたか(笑)。
驚いたニャン!!てな心持ちだったでありましょう。

それにしても、またもや山羊座………。
執念の賜物ですね(苦笑)。

Re: 正攻法ではなく…

いえいえ、両方とも偶然ですよ。

街角執念撮影

街から街への猫撮影。うーむ、バックのジーンズはダイナー氏でしたか。いいです。正しいです。執念盗撮はいけませんが、これは健康です。可愛い猫を撮り続けているBSの番組をよく見ていますが、猫はかわいいですな。猫瞬間の良さは猫でないと、演じられないのですな。

Re: 街角執念撮影

> うーむ、バックのジーンズはダイナー氏でしたか。

なぜそんなことを知ってるんです?
なに、お前が書いてた?
あ、そか。
それはともかく、猫撮りは盗撮より難しい。猫さんの都合があるし、食事時との兼ね合いもある。いるときもあればいないときもある。いつもいないところに現れたりします。それに、猫からすればカメラは銃と同じ意識かも知れません。要するにあまり好きではないらしい。
また、このところ手ぶれ写真が多くて、いい出会いがあっても人に見せられない写真が多かったんです。カメラの手ぶれ防止機能が急に効かなくなったような……単なる老化かも知れませんが、そんなことがあったりで、自分でガッカリしてみたり……。
5丁目のミー子、4丁目のアンズ……会いたい猫、撮りたい猫はまだいっぱいいます。

動機は白木葉子

「明日のジョー」となると「後ろの百太郎」みたいに、回ってくれば読んだ程度、と言うわけにはいかない。熱心に読みました。ないしは見ました。
大納言氏引用の石川翠と言う人は知らないのですが、「葬ろうとした夢の死体」とは見事な表現です。「僕たちは明日のジョーになるんだ」と表明した諸君は、夢の死体となると宣言したことになるのか。宣言の心理の通底部分ではそのことに自覚的であったのかもしれない。明日のジョーの時代が妙に懐かしいのは、死体になる前の夢がまだかろうじて生きていた時代だからか。
しかし、漫画に熱中した動機の多くの部分は白木葉子によっている気がする。私はこういうタイプに弱いのです。友人に言わせると小学校のクラスで一番勉強できる女の子が一番できない男の子をかまうような雰囲気。言われてみると周囲にこんなカップルはいくつかあります。
そして、がむしゃらに勝負にのめりこむ男とそれに口を挟みたがる気位の高い女と言う構図はいくつかの物語で見たような気もする。案外人気の類型パターンなのかも知れない。姿三四郎あたりもそうだったか。

Re: 動機は白木葉子

「あしたのジョー」だってば。「われわれは明日のジョーである」とは表記が違うことに注意。

ジョーが力石という「幻想の権力」に闘う対象をすり替えたとき不毛な出口しかない、梶原一騎の美学は、にわか仕立ての近代化(勝ち組)を至純の肉体と魂で告発するヒロイズム(負け組)にあり、とも石川翠は書いていますが、ではブルジョア娘・白木葉子の役柄は何だったんでしょう。夢の死体に愛を告白する葉子は……。あの頃の若い男すべての愛の対象を具現化したような容姿を、ちばてつやは彼女に与えていますね。

一方、ジョーのキャラクターはどうか。目が大きくて鼻がぐっと上に向いている。いささか日本人離れしたバタ臭い顔です。ちばはここに、アメリカナイズされた大衆の姿を仮託したのでしょうか……。

及川正道の作品に小保方晴子さんが出てきたのには驚きました。

ソーセージ大臣

面妖な猫面に思わず目を背けてしまった。イシバソーセージ大臣(地方創生大臣とかいったかな)とかいう何とも不気味な面相とそっくりなのだ。常に上から目線で、物言いは何やら腐肉をクチャクチャ音を発てて悪臭を撒き散らしながら食らいつくさまとそっくりに見えるのだ。
地方に人気があるという。「猫なで声、猫っかぶり、化け猫」などなどでまた地方を食い物にし、次のソーリを狙ってカンジ長をやめたとか。かつて地方を貧困・困窮の極みにし、食いつくしたのはイシバ君!君達の徒党ではなかったのか。それをまたやるのか!平民は「行燈の油」でも舐めてろと言いたげな怪猫か。

Re: ソーセージ大臣

とととととととととーーーーっ!
このつぶらな瞳を赤ら顔でやぶにらみのイシバと見間違えるなんて……。だいたいイシバにゃこんなヒゲはない、可愛くない、癒やされない。ナイナイ尽くしの上に人を脅かす能力だけは30~50倍。安倍かイシバかなんて、虎に食われるのがいいかライオンに食われるのがいいかと聞かれているようなもの。どっちでもよう御座んす、好きにしてと言わざるを得ません、ハイ。

ソーセージ大臣とて、零細企業の専務いじめみたいな感覚、政争的思惑からの布置を国民は見ていますよ。どうせ散々荒した後に公共事業のばらまきか、ナントカ特区乱発、天下りポスト創生で終りでしょう。さもなくば産めや増やせよのアナクロ政策か……。
   

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