繚乱の春はるかなり 

赤ちょうちんにて/霊安室
 DSC03964bg.jpg

  ――ねんごろにつきあう死者となってから(佐藤みさ子)

N氏が逝った。68歳であった。先月末に見舞いに行ったとき、エネルギッシュで脂ぎった丸顔はさすがにだいぶやつれていたが、それでも言いたいことを言いまくっていた。それから10日、最後は輸血もできなくなり眠ったまま旅立ったようだ。二十数年前、彼が突然、「オレ、今度結婚するから」と宣言して皆を驚かせたことがあった。そんな幻の結婚話の真相もついに聞かず仕舞いになった。

珍しく熱中して本を読んでいた。『繚乱の春はるかなりとも 奥村真とオールドフェローズ』(追悼集出版の会)。2009年に不慮の「事故」で亡くなった詩人にして俳優・奥村真(別名:マドカ)の追悼集である。彼のことは以前書いた(「まどか」2011/2/22)こともあるが、本人が近所の飲み屋の名前から「円(マドカ)」と付けたと書いてあるので、以後マドカと記す。ともあれ追悼集は関係者の尽力により、没後5年にして意外にも大部なCD付き書物として出版された。タイトルの「繚乱の春……」はマドカの母校、愛知県立旭丘高校の校歌の一節をとった由である。
前半の中心はサッカー部のマドカの姿より、元旭丘高教諭による学園闘争としての昂揚を教師・生徒、学校当局三者の駆け引きのうちにソフトランディングさせていく過程を追った、生々しい回想のルポルタージュである。ここにはマドカ個人の像はないが、彼の生涯を決定付けた日々ということなのだろう。早稲田の同志、ゴールデン街のバー「ひしょう」関係者、詩の仲間がマドカを語る中に、平井弘之、佐々木幹郎(マドカの詩の師匠)など錚々たる詩人の名前が見え、福島泰樹も「絶叫」を載せている。しかし、三里塚の牧歌が壊滅していくさまとその後を書いた山崎繁雄の「マドカと共有した時代」が、私たちの時代経験に最もジャスピンしズキンとさせられる文章であったかもしれない。

「酔っぱらっては巷間に窮死することが夢」と語り、「私はつい書いてしまったことが、ずるずる事実となってしまいがちな人間である」とも書いていたマドカ。奥さんは「真実の自分にだけは、はぐれることはありませんでした」と話したという。

関連記事
スポンサーサイト

コメント:

ワーイ\(^_^)/

12,000アクセスだ!

友に哀悼を

友の友に哀悼をおくる・・・

来る年の桜も見ずに友眠る

友の友永遠(とわ)の眠りの師走かな

Re: 友に哀悼を

ありがとうございます。
ワーイなんて浮かれている場合じゃありませんでしたね。
川崎・八丁畷にて明日通夜、明後日告別式です。

「五番街のマリー」好みし友の葬

友の友は友

従妹のダンナが最近亡くなった。3年前にガンの手術が成功したと今年の賀状にあったのに暮れには喪中のはがき。
小生の長女が嫁に行った先の義理の次男の子供が幼稚園の川遊び行事で亡くなった。幼稚園の安全管理が全くなっていなくて地方では大きな事件で報じられた。祖父の悲しみは我が身も同じ思いだけにつらい師走だ。
厳鷲山の哀悼の句にも通ずる思いだ。
合掌

Re: 友の友は友

……朝には紅顔ありて夕には白骨となれる身なり。蓮如「御文」

悲嘆の心持ちに対してはなんとも申し上げようがありませんが、年の改まるをせめてもの光明につなげていきたいものです。点鬼簿のページ見返す師走かな

後日、また参加します。

「酔っぱらっては巷間に窮死することが夢」「私はつい書いてしまったことが、ずるずる事実となってしまいがちな人間である」

この二つは食い入りますな。特にふたつめは…
負けるな、ダイナー氏。後日、また書かせてもらいます。

Re: 後日、また参加します。

通りがかり人さんが突っ込んでくれないと盛り上がりが半減します。でもファミリーが第一ですから、私たちは気長に待ちましょう。

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック:

この記事のトラックバック URL
http://dynagom.blog.fc2.com/tb.php/309-4a782ba5