芽ぶくものみな太陽に 

百合ヶ丘

川崎へ行ってきた。麻生区高石。下の弟が孤独死を遂げた街である。弟は10年前の今日4月13日、遺体で発見された。死後約1ヶ月経っていた。生活保護の担当者が訝しんでカギを開けさせたのだ。火葬には叔母と従妹、彼の友人3人が来てくれた。抜けるような快晴の日で、アパートの2階には満開の桜が重たいほどに枝を差し伸べていた。大家さんにも会ったが、当時80歳を超えてかくしゃくとした上品なご婦人で、弟の死を身内のことのように悼んでくれた。今年行ってみるとアパートは塗り替えられ、去年あった桜の樹は切られてしまっていた。――大雪に烏も雀も死ににけり。弟が机上に残した最後の句である。

静園

ところで、川崎在住の歌人馬場あき子が『図書』2010年7月号に「宗匠俳句の故地」という文を書いているのを読み驚いた。弟のアパートの上にある高石神社が周りの遊歩道に新旧の句を彫り込んだ句碑をいくつも建てていることは知っていたが、この地には近世末期から農民の娯楽を兼ねた文芸として発句の会が定着していたのだ。しかもそれは、宗匠を立て師系を重んずる伝統俳句であった。高石の隣、細山には今も芭蕉の甥に当たる天野桃隣(桃林)を始祖とする句会が継承されているらしい。それは近代以降に興隆した俳句とはまったく別の、農村的な自然を尊び自然とともに生きてきた人々の優雅の精神を代表するものだという。高石神社の句碑群は地域にあるいくつかの宗匠句会の合同建碑であり、30年以上前から毎年春には麻生川の桜並木に俳句の短冊を結ぶ行事が続けられているのだともいう。麻生川というのはどこか確認出来なかったが、弟の死がとんでもない風流の世界に私を誘ってくれたことを不思議に思わざるをえない。写真は51ある句碑の1つ。川崎静園だろうか。
 

関連記事
スポンサーサイト

コメント:

芽吹かないものにも太陽を

身内の不幸に風化はない。しかし他人の不幸は経年ごとに忘れられていく。そうならないためにも、二度と芽吹かない彼らにも陽の光が当たっていてほしい。
馬場あき子さんの歌もいいね!

Re: 芽吹かないものにも太陽を

馬場あき子の歌ってどんなのがあったか、咄嗟に浮かばなくてぐぐったら「夜半さめて見れば夜半さえしらじらと桜散りおりとどまらざらん」などというのが出てきました。

芽吹くもの‥

弟さまの死お悔やみ申し上げます。「大雪に‥」の句、私好みの句です。
静園の句、初めて目にしますがなかなかいいですね。「甘え」がなよなよとしているようでいて、的確な表現のようです。

Re: 芽吹くもの‥

ありがとうございます。ところで静園とはどういう人なのか。俳句年鑑でも見たらわかるかもしれませんが……。

静園は

残念ながら私は存じません。俳句年鑑でも不明です。

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック:

この記事のトラックバック URL
http://dynagom.blog.fc2.com/tb.php/34-6b5fc23e