「松ちゃん」逝く 

10月最後の土曜日、高校首都圏組の同期会が新宿歌舞伎町で行われた。昨年なぜか2回もやったので今回は9人と少なかった。対象者は47人もいるので5分の1以下というのは残念だ。二次会はカラオケスナックでほぼ貸し切り状態。大久保の会合は居心地が悪く当分行けなくなったので、ここで思い切り声を張り上げる。しかし、何となく足が遠のく人から要介護状態になって外に出られない人まで含め、参加者がだんだん減っていくのは如何ともしがたい。なお私は食べないけど、しゃぶしゃぶの肉が大量に残ったのも気になった。次の日、胃や食道がヒリヒリするのでへんだと思ったが、思い返すとかなりの量を食べていたのである。しかも寿司などは丸呑みに近かった。心しておかなければいけない。

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突然S氏から電話が入り、2日に松ちゃんが亡くなったとの知らせだ。持病の1つだった心臓をやられたそうだ。最期は妹さんが看取ったという。松ちゃんは野川沿いの病院に入院しているときS氏と見舞いに行き、ブログに「見舞いで考えたこと」を書いた。その後、退院して茂原の特養ホームに入り安心していたところだった。残暑見舞いの返事には「歩けるようになったら飲みましょう」とあったが、ホームを見舞ったS氏から、また足が悪くなっているという気がかりな報告も受けていた。5月頃のメモを読み返してみると、病院から詳細は教えてもらえないが年内一杯ではというS氏の感触が記してあった。
午後、S氏と共に小岩の葬儀社を訪ねると、松ちゃんの遺体は地下の霊安室に横たわっていた。顔は昨年末に会ったときと変わらず、大きな耳がひときわ大きく見えた。火葬や葬儀の日程は現時点で決まっていないが、ごく内輪だけのものになりそうだ。なお、今度の『置文』には、松ちゃんが病床でまとめた文章が掲載されることになっている。天皇を面白おかしく論じたその一文が遺稿になった。謹んで冥福を祈りたい。

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葬儀社を出るとS氏が飲まないかと言うので、小岩駅の北口で探したがまだ4時前。開いているのは立ち飲み屋しかない。私も少々手持ち金が心細い状態だったので、またにしようと言って別れた。その後、南口を歩いてみるとこちらは北口とは打って変わって賑やかな街で、駅前から放射状に商店街が延び、飲み屋も多様な選択肢がある。濃い秋の斜光が行き交う人々を横ざまに照らし出していた。

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コメント:

まだある同期会

首都圏に住む友人は結構な人数の様だが、同期会の参加者が年々少なくなっていくのも辛いけどやむなしだろうね。今回の参加者少ないけど元気で集まったのだから楽しかったのではないのかな。これから先はもっと少なくなるだろうけれど毎年開催するだけでもいいではないか。
故郷の方では音頭をとる同期生がいないのか中学校も高校もかなり前からやってないからそれに比べたらたいしたものだ。

タイトルの件、確か以前に悶着があったのに関連していたと思っていたが、友人知人が逝くのを見送るのは辛いよね。
北国の桜満開の時期に入院・手術したがボクだってもしかしたら「・・・花の下にて春死なむ・・・」になってたかも知れない。間もなく半年経過観察の結果が出る。体調は崩れやすいが散策などの時間・距離は長くなったので少しづつ快方に向かっていると信じるしかないと思っている。

余談だが大量に余ったしゃぶしゃぶ肉持ち帰りできないのか?北国の田舎では店主が持ち帰り出来るようにしてくれるよ。それを持って二次会で広げるから安くつくよ。
来年の幹事大変だろうな、何がといわれても答えようはないがね。ただ何となくというやつだ・・・

Re: まだある同期会

本家本元の地元でできず、首都圏の方が続くというのも東京と地方の格差でしょうか。しゃぶしゃぶ肉は法律で持ち帰りが禁じられているそうです。老人なんだからそんな大量の肉を頼む方が間違ってますよね。後は店員が食べる? 
なお同期生にも胃を取ったと言う男がいたので、どの位取ったのかと聞きましたが返事がありませんでした。

悶着も悶着、見舞いの記事ではどうしようもないほどこじれてしまいました。
松ちゃんとは4回会っただけですが存在感がありました。しかし奥さんに先立たれ、ついついアルコール摂取が多くなるパターンかと。アルコール中毒というくらいで、アルコールは毒だということを忘れてはいけませんね。

松ちゃんのお弔い

10日火曜日12時から小岩で行うことになりました。

コメントがありませんねえ……。

私の不徳の至りでございます。
季節の変わり目ってやつでしょうか……。

知人が亡くなることのさみしさ

ご無沙汰していました。

 2週つづけて仏事があり出かけたり、合間をぬって検査を受けたり。
 まだ体調がいまいちですが。
 知人が亡くなる知らせを受けることが多くなりました。ちょっと前まで他人事だと思っていたのに、いつの間にか日常の中に「死」が入ってくるようになりました。そして自分の終末もそろそろ視野に入れなければといつも考えている。
 
 先週朝食の後TVを見ていたら小椋桂が白装束で出演していた。70才で「生前葬」をやって以降は「白装束」で暮らしているとか。考えて見れば小生より若いのにすっかり老成?している。これから20年間生き残ったらどうするんだろうか。いや、すでに癌でやられていることや超ヘビースモーカーをやめれないから、覚悟をしているのかも。命よりたばこが大事な人間の「うた」が何が突然安っぽいものに聞こえた。

アルコールは現代医学では脳にとっては「害」だということが定説になりつつありますね。もちろん個人差があることは言うまでもありませんが。

ダイナー氏もどうぞアルコールはほどほどに。

Re: 知人が亡くなることのさみしさ

おおっ、コメントないので心配していましたよ。
今日はお昼から松ちゃんの野辺送りでした。
二次会では私だけコーヒーを頼んだら、皆、ん!?という顔をしてました。

小椋“佳”ですね。がんで手術したとは聞いてましたが、白装束で暮らしてるとは……。タバコもさることながらコーラ依存症でもあるようです。
お互い節制して長生きしましょうよ。

人生も初冬

たかしくん
なにかと忙しかったようですが体調の方はいかがですか?
毎年今頃の季節になると“イヤなハガキ”が届きはじめる。樹々も鮮やかさを失い水溜まりの地面で濃い茶褐色のまま大地に帰っていき次代のための栄養となる。それに比べてボク達の物体は次代に何を残して旅立っていくんだろう。一部の文芸作家らは知的な財産を末代まで残してくれ、今のボクたちに精神的な安らぎを与えてくれているが・・・。

晩秋の奥入瀬渓流、十和田湖そして温泉を楽しんできたそうですが、さぞや素晴らしい自然の恵みをたっぷり味わって来た事でしょう。ダムの無い自然のままの渓流と幾多の大小の滝が織りなすさまは、何年経っても忘れることが出来ませんよ。うらやましいな!

外国人が多かったそうですが、ボクなりに思うに修学旅行の子供達や外国人はあの自然溢れる渓流には違和感を覚えますね。それから手をつないで歩きながら、それぞれスマホを耳にして、いちゃついて通りすぎるだけの若い男女なんかは渓流を歩かないでほしい。自然と調和しないんだよね。何故?と問われても明確に応えられないけど・・・(ボクの多分に生理的なものかも知れない)
追伸
「二ヶ領水(上流)を歩く」[2015.10.27]のコメントに対する質問へのコメントをしておきましたが(農業用水確保が目的かどうかの疑問について)読まれましたでしょうか?妻の実家がある周囲は本家や親族などの広い田圃があって50年近く前のころ水が来ない現場を見せられた記憶が今でも残っています。実家のあたりは胆沢扇状地の東端に近く渇水期には上流の田畑が水を押さえるので苦労したそうです。

通りがかり人さん、厳鷲山さん、葦原の山姥さんたちどうしてるのかな~~~。

Re: 人生も初冬

寒くなりましたね。人生の真冬もまたよし! 身が引き締まります。

若い頃、十和田湖へ行った時は女性に相手にされなかったのでくさりました。
男同士で写真を撮り合ったりして……アホクサ。

十和田湖には外国人は似合いませんか? 白人や黒人で日本国籍を持っている人もいますから、外国人を特定するのは難しいのでは? 一般的に国際化は悪いことではないように思います。

山姥さんは入院しているとブログにありました。なぜか最近コメントしてくれないんですよね。

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