叔父の人生を辿って 

夕方から雨となった

                   
10日は2日に亡くなった松ちゃんの野辺送り。お昼にお坊さん、M氏夫妻、『置文』のM氏、S氏、T氏、それに私が集まりお経を上げてもらう。その後、車で瑞江の葬儀所に向かった。祭壇も遺影も省くいささか寂しいお弔いだが、最後に付き合った人だけが見送る濃密な場になったかもしれない。
松ちゃんは前回奥さんに死別と書いたが離婚したのだそうだ。訂正したい。そのせいか昼間から酒を飲み、何度も救急車で運ばれるような生活だったとか。がんで手術も受けている。それを親身になって支えたM氏はじめ平井グループの繋がりには、一種肉体関係のような紐帯があり、部外者にはなかなか理解しがたい。松ちゃんの骨は鎌ケ谷の弥生の里自然霊園という墓地に埋葬されることになっている。享年83。今月半ばの誕生日を目前にしての旅立ちであった。

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木場の叔父(母の妹の夫)は私にとってずっと煙たい存在だった。青森の人だが厳しい顔で口数も少なく、共通の話題もなかった。叔父が勤め上げた木材会社を辞めたあと、何かの機会に私が自治会で苦労している話をすると、すぐ的確な共感を示してくれたのに驚いた。自分の親にも期待できない反応だった。だが叔父はその後数年も経たずに亡くなってしまった。
叔父が会社にいた頃、協同組合の月報に随想を書いていることは知っていた。過去に1、2本読ませてもらったかも知れない。それが野辺地の家に保存してあったので送ってもらい読んでみた。野辺地には83年から13冊あり、まず14歳の時に伯父の材木屋に入り、厳しい修業に耐えて成長していく様が当時の木場の風景とともに描かれている。その後も濃やかな筆致の回想が続いていく。実は叔父の文章には叔母が相当手を入れていたらしいが、それでもその骨格やテーマの取り方、表現は本人ならではのものである。
しかしこれで全部なのかという疑問が湧く。組合に聞くと2号分しか載っていないというまことにとんちんかんな返事だ。国会図書館には納本されていないし、農水省の図書館にあることはあるがなぜか80年代がごっそり抜けている。組合に頼んでも組合員にしか見せないという官僚的な対応で行き詰まった。いったい何を守ろうというのか。だが、下の従妹が奇跡的に月報を切り抜いて保存していた。数号分だがまだ残りがあったのだ。早速送ってもらうことにする。通観すれば一つの骨太の人生が浮き彫りになると思う。

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コメント:

北には冬の訪れ

立冬の名の通り、北の土地には冬が訪れた。
今週はとくに朝晩が寒い。初雪はとっくに終わり、これからは毎日雪とのたたかい。


近頃、葬送や過去を振り返る記事が多くなったなあ、と。しょうがないですね。年相応ですから。毎日外出時には、カエデやイチョウの落葉を踏みしめながら歩くことが多くなった。
 落葉は樹木にとってなくてはならない「排泄」のような営みだとか。1年で一つの「樹生」を終える木々を見ると、なんとなく人の人生と重ねている自分がいる。

「骨太の人生」を振り返ってくれる人がいて、叔父さんもうれしいことでしょう。

Re: 北には冬の訪れ

落葉が排泄のようなものならば、樹木の1年が人間の1日に相当するんでしょうか? サイクルがゆっくりだから60年=60日(2か月)で生涯を終えたとしてもそれが短いわけではない。犬猫の生は最大20年だけど彼らが不幸せと言うわけじゃありませんよね。

私は松ちゃんに4回しか会っていませんが巡り合わせにより見送りました。何十年来の付き合いでも思惑やタイミングで参列しない人がいるのは当然です。妹さんが顔を見せず遺骨の引き取りを遠慮したからといって、責めることもできないでしょう。

60年間、間接的に面倒を見てもらい迷惑を掛けながら、報いることの出来なかった叔父。彼の随想を読みそれに何らかの形を与えることが出来ないものかと思っております。従妹弟たちはどう言うか知りませんが……。それにしても組合のやり方はひどい。独占し抱え込んで彼らに何の得があるというのでしょうね。

晩秋と初冬

今年の季節の巡りについて、正月からの記録写真日記を見てみたが、何かがしっくりしない。記録している写真を数年前と見比べてみると季節の自然な巡りが、今年はおかしいと感じたのだ。
冬の時期雪は少なく、桜は早く咲いて早く散った。退院したゴールデンウィークの頃にはもう葉桜だった。夏は、猛暑と全国的に騒がれてはいたが、北国の地方ではそれほどでも無かった。熱帯夜で寝苦しい日は無かった。
そしていつの間にか夏が去り、秋が始まったころの空は、秋特有の雲が見られるのに、晩秋を過ぎてもほとんど現れなかった。暦の「立冬」が来る前に早くも冬の使者・白鳥が蒼天に輝いてやってきた。
まだ樹木に枯れ葉は多く残っているが、北風を感じたら樹々たちは葉衣を脱ぎ捨て、落ち葉はその使命をを終えて大地に帰る。ようやくそれが始まった。

人間我々もまた先に逝った多くの友人同様、たいして長くない人生をたたみ、大地に帰るのもそう遠くは無い。でも、落ち葉と同じ「排泄」物なのかも知れないが、はたして何かの役に立つものだろうか。

ボクが生前の叔父さんから受けた「骨太の人生」はと言えば、お酒の正しい?飲み方だった。「マイペース」、「マイペース」が口癖だった。そうやって飲みながら終いにはぶっ倒れていた。結婚前の二十歳を少しすぎた頃なので上手な飲み方が出来ない時代に受けた恩義だった。

Re: 晩秋と初冬

季節の移り変わり。我が団地ではそれなりに桜が咲いたり紅葉したりしたので、あまり考えてませんでしたが、ま、振幅が大きくなったようには感じますね。それで細部がカットされたのかも知れません。朽ちる落ち葉に自分を重ねてみることもあるでしょうが、人生の比喩は比喩に過ぎず、冬でも自然は活発に活動していることが分かります。横浜の白クマさんはそろそろ冬眠かな……?

叔父さんが教えてくれたのは酒の飲み方、倒れ方……。私の父方の伯父・叔父はたくさんいましたが、皆さん離れていたので残念ながら付き合いはほとんどありませんでした。

イチョウの落ち葉を踏みしめて

今日は朝から病院を2軒ハシゴ

 まずは、胃腸科専門の病院へ。前回胃カメラを撮ったあと、機能性デプペプシアの判定で、その飲み薬の効き具合について、中間チエック。ようすれば胃腸周辺には大脳に匹敵する神経束があるから、容易に精神的な影響を受けることがわかったいるが、「機能性障害」に対処する知識が得られていない唯一のくすりを試したというわけ。
 その医師の説明がなかなかで「精神科と胃腸科は境界領域」とのこと。その点では医師とは共感し合うことができた。
 そのあと、「専門医」が書いてくれた診断書をもって、いつものかかりつけ医へ。医師との付き合いはなかなかたいへん。相手の「長所」を見つけ出して付き合うようなった。

帰路、街路樹のイチョウの落葉を踏みしめて歩いてきた。いちょう科へ行って帰りはイチョウを眺めて歩くとはダジャレにもならないけど、今年は秋と初冬が入り混じっていて奇妙だ。雪がなかなか来ない。そのうちどっかりとやっとくるのかな。

Re: イチョウの落ち葉を踏みしめて

イチョウ科へ行った帰りにイチョウ並木を歩く……。
胃腸周辺には大脳に匹敵する神経束があるから、容易に精神的な影響を受ける……

ふーむふむ、なかなかですね。

私も何だかお弔い以来胸から肩に掛けて少しシクシクする感じで弱ってましたが、たかしくんの場合はすると何ですな、頭でっかちだから胃腸が過剰反応しているということでしょうか? 

東京の天気はアップダウン。団地の紅葉はイマイチです。今日は少し暖かい。

手術その後

ドブねずみ色の汚らしい曇天、寒さは無いものの気候のせいか頭が重い。首から肩にかけても重い。今朝6時半に起きて血圧を計ったら150台にややショック、安静にしながら6回ほど計ったら平均140台まで下がった。

8時少し前に病院まで車で行く。11月2日のCT撮影と採血結果の報告を受ける。
退院後半年の生活結果は、胸・胃・腹とも癌や腫瘍リンパ節の転移など異常は見られないと聞いて一安心した。
次回、外科は三ヶ月後の来年2月、眼科は3月、血液内科は半年後の5月の各科の予約をして終わったのが午後の1時。数分少しの結果を聞くだけで5時間の滞在だが、読書が出来るので全く気にならないのが救いだ。

たかしくんじゃないけど総合病院内の各科のハシゴだ。居酒屋のハシゴならいいのだが、医師の無口で仏頂面に圧倒されて「あの~~お酒はどうなんでしょう?」と聞きそびれてしまった。「まだダメ!」と言われるのが怖いのだ。
テレビCFで旨そうに飲んでる画面が憎らしく感ずるようになったけど、気分的体力的に飲めるようになったからではないかとボクは思うが、医師のひと言がほしいのだ。(新年のお屠蘇までガマンするか!)
黄金色のイチョウ並木を歩く風情は味わえなかったけど、結果は悪くなかったので、あいにくの雨だが少しは癒やされる枯れ葉の舞う帰り道だった。

・降る木の葉 舞う枯れ葉にも 命あり 夕陽(せきよう)受けて 大地は染まる
・棚田にも野焼きの香り漂いてほにお輝く夕光(ゆうかげ)のなか

Re: 手術その後

> 退院後半年の生活結果は、胸・胃・腹とも癌や腫瘍リンパ節の転移など異常は見られないと聞いて一安心した。

それはよかった。そこが肝心です。酒が飲めないくらいなんですか。次は「あの~、みりんは飲んでいいんでしょうか?」と聞いてみたら? しかし「聞きそびれた」というのはよく分かります。大事なことほど聞きにくいものです。酒場のはしごは身体に悪いけど、医者のはしごはそれ程でもないでしょうよ。

> ・降る木の葉 舞う枯れ葉にも 命あり 夕陽(せきよう)受けて 大地は染まる
> ・棚田にも野焼きの香り漂いてほにお輝く夕光(ゆうかげ)のなか

返歌をひねろうと思ったんですが、今日は天気が悪いのでまたね!

診察は希望を得ること

総合病院のハシゴですか。ま、院内高血圧ということもあるから、マイナス10~20はみないとね。

循環器の病院の待合室で、毎回、診察室に入るときと診察終わって出てくるときの患者の表情を観察することが癖となった。
 うなだれて出てくる患者を見ると、医師はどんなダメージを与えたんだろうか、と思う。そんなときには、できるならそばに行って「大丈夫、かならず良くなりますよ。希望をもてば病は逃げて行きますよ」と声をかけたくなる。医師の一言が患者の生きる希望が掻き立てらこともあれば、壊すこともある。「私も全力を尽くしますから、ともに頑張りましょう」となぜ前向きのことばをかけることができないのか。

アルコールは大丈夫ですか?はっきり聞きましょうよ。ダメモトですから。亡くなった心理学者の大御所波多野完治氏は「先生コイタスはもういいですか?」とはっきりと聞いたそうな。



 

Re: 診察は希望を得ること

前向きの言葉を掛ける……医者は言質を取られることを恐れ、表現を自己規制する傾向にありますね。本当は自己規制の前にもっと表現力を磨いてくれと言いたくなります。日本の医者は特にそうじゃないでしょうか。日本人は何事に付けても紋切り型でつまりは表現に乏しいと思う。

>先生コイタスはもういいですか?」とはっきりと聞いたそうな。

ははあ、それは何歳の時でしょうね?

80才過ぎかな

>ははあ、それは何歳の時でしょうね?

たぶん80才代のときかと思います。奥様が先に亡くなられましたが。率直な語り口に共感する人が多いと思います。

やっぱりネ

個人医院は毎月の付き合いが数年も続いているので、次第に気も合ってきて聞く事も出来るけど、総合病院の医師にとって患者なんかヒトとは思わず?!だろうと思うよ。
壊れた車を修理するみたいに扱うだけで患者の顔なんか覚えていないと思うね。三ヶ月に一回の診察なんだからパソコンのデータ画面だけ見て様子を聞いて打ち込むだけだもの。人の良い医者なら経過をみて少しなら晩酌してもいい、とか位は言うけど(本気か冷やかしかは医師の人間性の問題だけどね・・・ちょっと大げさかナ)大病院の医者とは仲良くなれないから聞きづらいわけだ。「飲むなら自己責任で!」なんて言われちゃったりしてね!
たかしくん、代わりに聞いちゃくれまいか?(ジョーダン・ジョーダン!)

信頼の非対称

大病院の医師にとって、患者は千分の一の値打ちしかない。簡単にいえばそういうことなんだろうと思います。かかりつけ医にとってさえも、一日4,50人は最低診察するとして、×20日=1、000。一人の患者は一月に診る患者の千人分の一人にしか値しない。たかしくんの行くかかりつけ医は、前回話したことはすっかり忘れていて、同じことを何度も言う、チンプンカンプンじゃわい。コンピュータに記録した以外はすべて医師のメモリーには保存されていない。患者にとっては頼りにするたった一人の医師だが、医師にとっては千分の一の患者ということに(数字的には)なる。ここに「信頼の非対称性」=信頼のすれ違いが生まれる。


そこで提案。医師のアタマのワーキングメモリーを数字で表示して、そのメモリー以上の患者をとると罰則を課す。いかがでしょう。

酒でもセクスでもなんでも代弁いや代聞してあげますよ。鳴海さん。お代は無論要りません。

Re: 信頼の非対称

>そこで提案。医師のアタマのワーキングメモリーを数字で表示して、そのメモリー以上の患者をとると罰則を課す。いかがでしょう。

すると頭に液晶ディスプレイを貼り付けなきゃいけませんね。

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