一週間の仕事です 

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痛税感を和らげるのだという。貧乏人には何ともありがたい政策である。痛くない注射器みたいなものか。痛税から痛税感を引いたら何が残るのだろう?

先週1週間は忙しかった。仕事もパラパラ入ってきたが、夜はこれまで行ったことのないギャラリーへ行って酒を飲んだ。火曜日、高円寺のバー鳥渡で長瀬達治「November Rain」。鳥渡は初めて。そこで聞いた荒井眞治「水面2」を次の日、西荻のSAWYER CAFEへ観に行く。川や海の情景をカラーで撮っている。荒井は故西井一夫を囲む小さな集まりで知り、仕事場でも時々見かけたが話したことがなかった。若いと思った彼も今年定年なんだとか。次の日はお茶の水のf分の1から、やはり西荻で藤田進×尾仲浩二写真展「銀の壁」を観る。「銀の壁」とは’88年に2人が始めたギャラリー街道(成子坂下にあった)のこと。「街道」は若手写真家の発表とダベリング(情報交換)の場であった。今や尾仲は押しも押されぬ大先生となり、藤田も先般、写真集『銀の眼』を上梓した。思えば尾仲とN女史がくっついてみたり、ここでデビューした関美比古が後にヨーロッパでバス事故死したり、小さなギャラリーは様々のドラマを生み出した。私も足繁く通った「街道」の時代が懐かしい。だがこの店、コーヒーにお通しが付いて1,000円は高いぞ。

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木曜日は大山でUP40ギャラリーのクロージングパーティ。最後の展示は白石ちえこ「海に沈んだ町」。小説とのコラボで同名の文庫本になっているからご記憶の向きもあろう。写真家はじめ雑誌の編集者などがいっぱい来て、すし詰め状態だ。『日本カメラ』を手にとって何気なく中居裕恭のページを見ていると、同誌の編集長(たぶん)がやって来て「中居さん、亡くなったんですよね」と言う。話がのみ込めず「……え!?」と聞き返すと「中居裕恭さんが、昨日亡くなったんです」と教えてくれた。大変だ、先月ナグネで「残りの花 外伝」を観たばかりじゃないか。ずっと体調がよろしくないとは聞いていたが、大動脈瘤破裂でついに帰らぬ人となった。前の細君の娘さんが看取ったという。私と一回り違うから満60歳のはずだ。通夜は24日幡ヶ谷にて。昨年この時期に行われたナグネでの写真展とトークショーの模様はこのブログでも取り上げている。

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金曜日は横浜市民ギャラリーあざみ野で石川竜一「考えたときには、もう目の前にはない」。石川は沖縄出身、短期間に写真新世紀佳作、木村伊兵衛賞、日本写真協会賞新人賞などを受けた新進気鋭の作家で、現在東京新聞にも連載中だ。一目見たら忘れられないような鮮烈なカラーと、人物の視線の強さが印象的である。まったりしていたら「6時で終わりです」と言われ慌ててしまったが、白クマ氏のテリトリーまで出向いた甲斐があった。帰りは六本木・禅PHOTOで陳偉江 「油麻地」。香港の多分に怪しいエリアを独学のモノクロプリントで見せる。
          

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コメント:

ギャラリー巡り三昧

ダイナー氏

連日のギャラー巡り三昧の様子、しかも帰路はアルコール付きとは贅沢な趣味です。写真、絵画など多様な分野の鑑賞眼をおもちのことはうらやましい限りです。
ダイナー氏のギャラリー巡りをビデオに収めたらどうでしょう。もっともご本人は撮れないかな…。

昨日、ちょっとした時間があって「放送大学」で「博物館」という「科目」の番組を見た。一枚の油彩の背景や作家のこと、額からはずして裏面にかかれた記録を読み解くとか(いつ描かれ、何の展覧会に出品したなど…)の解説をしていて、たいへん興味をそそられた。こうして微に入り細に入り「解説」がされると、こちらの想像力が(解説者の意図を超えて)どんどん膨らんでくるのを感じる。音楽でもそうだけど、導き手が必要ですね。芸術鑑賞には。

ダイナー氏にお願い。ときには作品一点に絞って「解説」してみてくれますまいか。鑑賞の導き手となるような。

さて、またまた看板を替えようとする動きがありますね。洋服でもありますまいに、季節毎の衣替えでもあるまいに…。政党には世界観や長期的な戦略などについての合意が不可欠。少なくとも2,3年にわたる準備が必要でしょう。どうやら最近の政党はたんなる「ボランテイア団体」のように、いつのまにか人がいなくなったり、名前を変えたり…。出たり消えたり。あ、この表現は真面目なボランテア団体に失礼かな。まさに政党は草野球チームより「軽~い存在」になってしまった。当選した議員数に応じて巨額な「政党助成金」を獲得できる制度が、こんな選挙目当て政党の乱立を招いている原因。なんとも見苦しい。

消えた「みんなの党」は詐欺集団のような存在だった。その政治資金も真っ黒け。征秀さん、どう言い訳されるんでしょうねえ。新党名は「新・みんなの党」としたらどうでしょうねえ。だじゃれにもならない。
 
 

Re: ギャラリー巡り三昧

アルコールは最小限にしてます。写真を観るのにドリンクを頼まないといけないところが多くなってね。作品を微に入り細に亘って解説する……それはFs白クマ氏の得意とするところですが、私は苦手。著作権もあって他人の作品はここに載せられないし……。インデックスのつもりで読んでください。

さて、野党糾合の問題は悩ましいところですが、私はこれでも小さな前進だと思います。1歩後退、1.5歩前進です。スガなどは早速「名前を変えてもダメだ」(本音は「ダメになれよ!」)などと言ってますが、そんな呪詛にやられてはいけない。名は体を表すですから、ハッと目を開かせるような党名を考えてほしいところです。

おや、今度は芸名ですかいな

>ハッと目を開かせるような党名を考えてほしいところです。
 歌手は、メジャーデビューするまで何度も名前を変えるなんてことが、よくあるんだという、多かれ少なかれ…。
ハッと目を開かれるような党名ですか? それじゃ芸名ですな。売れる芸名。

 新・新進党、新党・混迷 新・身を切る改革党 新新党 などなど
 他に  新しい名前で出ています党 などなど

長く生きていると、50年、100年単位でものを考えるようになった。今はこうでも、10年、100年後にどうなるかい、なんていうことをいつも考えている。 
 いやいや オレンジの大木とか とかなんとか。

この政党、なぜ国民の支持をかくも長期にわたって失っているのか。政権時代の総括がまだなされていないのです。そこが最大の問題。総括せずに、次の一歩は踏み出せない。名より実です。

ま、こんな私見を繰り返したも水掛け論になりそうですが。

ところで、北海道の「新党大地」の鈴木何某は年季が明けたら古巣にもどることが確定ですね。ははは、今から考えると、自民党を離党したあとの仮の宿りに利用されたにすぎないのですね。民主党もどうしようもない。先の北海道知事選挙では候補者が勝てる要素があったのに、鈴木宗男が動いて、某政党を排除させるために「推薦状」を返還させるとかいったドタバタシーンが何度もあった。素人のTVキャスターは所詮は政治のアマチュア。宗男に利用されて負けたようなもの。低レベルの人間に利用されてきたなどということは、恥ずべきです。



もともと自民党的な利権にどっぷり漬かっていた男ですから、古巣返りがいちばんいいんでしょうな。
近く原子力発電輸出推進議員連盟などという旗をぶち上げそう。目的は勿論カネです。彼の判断基準はすべて「金」「金」「金」


Re: おや、今度は芸名ですかいな

五木ひろしだって何度も芸名を変えて今日があるんですから。
(よい)芸名は身を助くるですよ。
今度の政党は名前だけでは何ともならないかも知れませんが、今のままでも何ともならないんですから、気分転換に芸名を変えてみるのもいいでしょう。そうだな、新党・混迷より混迷党がいいな。語呂がいいし混迷してることがすぐわかり、助けてやろうと思う。怒りの党。大衆の怒りを吸収する党。新党墨守。上半身は新しいが下半身は古い。

ムネオのことは前に聞きましたが何も教えてくれなかったじゃないの。
娘共々スガに籠絡されたそうですね。話にならんヤツです。カネのためもあるが、北海道知事になりたいそうじゃないの。目標が小っちゃいぜ。松山千春は好きでよく歌ってるけど……。

宗男ほど汚い政治家はない

宗男が途上国支援でやってきたことは、アフリカ議員連盟を例にとると、アフリカのそれぞれの国毎に「議員連盟」をでっちあげて、日本からのODA資金に群がるゼネコンから「カネ」をせびって、政ー官ー民の利権トライアングルを作ること。ここから莫大な政治資金を吸い上げる。裏金を貯める。

こんな汚い政治家のことを論評するのは気持ちが悪かったのです。ずいぶん気にしていましたが、ようやく決着がつきそうなので返信しました。失礼しました。
よく知らないのは、彼の選挙区に「宗男教」の信者がいることです。おそらく金で集めた「支持」だと思いますが、かれを必要とする土建関連の利権構造が頑としてあるんだと思います。

Re: 宗男ほど汚い政治家はない

ムネを悪くしちゃってすみません。

事件以来、下獄して胃がんになったりし、何だかいつの間にか正義の人みたいになってしまいましたよね。イメージづくりに驚くべき手腕を持っている男ではないかな。黒も白に変えてしまいかねません。貧しい農家から出て苦労したような伝説を作り上げ、必ずしもカネの力だけではなくおべんちゃらで人を誑してるんじゃないでしょうか。

西のハッシーに東のムネオ……話にならん┓( ̄∇ ̄;)┏

これはすごい!

http://lite-ra.com/2016/02/post-2004.html

安倍を叩くには外圧が一番だワイ。

春なのに・・・か

猫の飼育数が犬のそれに迫っていて飼い易さにまさる猫が近い将来、犬を逆転すると予測されているそうだ。犬に比べて散歩の手間がかからない猫の方が楽な側面はある。しかし、育ち盛りの猫のいたずらはすさまじい。それでもかわいらしいしぐさや寝顔を見ていると「猫かわいがりのなせる業だろう」だそうだ。

如月もまもなく去る。猫もダイナー氏?も発情の季節がもうすぐやってくる。今年は特に雪が少ないので、飼い猫か野良猫かは知らないが、路上や田んぼのあぜ道などで見かけるようになった。
しかし、はなはだ迷惑なのは、夜になると庭先などに不法侵入してギャーギャーと不気味な声を出しながらナニがやりたくて暴れまわるさまだ。発情のサインだろうがせめて人間並みに静かにヤッテもらいたいものだね。
ダイナー氏はどうなんだろう、近所の住人で聞いた人はいないのかな?もっともダイナー氏の場合はオールシーズンだから春になったからといってあわてて走り回ってはいないでしょうよ。(ダイナー氏は仮名です)

蕪村の歌に『黒猫の身のうば玉や恋の闇』というのがある。
早春に発情期を迎える猫を「恋猫」、「猫の恋」という。この句は黒猫の恋を描いているが、暗闇に目を凝らして耳をそばだでて猫の恋を察知する蕪村も誰かに恋をしていたのかもしれない。と某俳人が述べていた。
オラは思うにだ。この程度だと実に自然的な猫かわいがりだけど、いつだったか某テレビで、「猫のクソは絶対水に溶けないからトイレに流してはだめ!爆発して逆流する事がある」と衝撃的な番組をやっていた。なぜ溶けないのか?それは毛づくろいするため犬よりも水分量が少なく毛が硬くなり、トイレの配管を塞いでしまうからだそうだ。
実に恐ろしい!そういえば怪談物語には化け猫の話だけがよく出てくるけど、化け犬の話は全くないね。猫には表情が無いけど犬は笑い返してくれるから猫よりはかわいい・・・とオラは思うのだ。
「コンチクショウ」、「犬畜生」、「鬼畜米英」は日常語にあるが『猫チクショウ』という侮蔑の言葉はない。何故なんだろう?その代わり化け猫はあっても化け犬はないからいいか。番犬はあっても番猫も無いからね。ついでに言えば十二支にも猫は無いよね。猫のクソ・ションベンはともかく刺激的に臭い、その悪臭たるや風に乗れば四方八方はガスマスクが必要だ。
オラ宅の庭でやられたことがあるからこの恨みは末代まで続くのだ。

Re: 春なのに・・・か

おや厳鷲山さん、しばらくです。

猫は散歩が要らないからというより、犬の単線的リアクションに人が飽きてきたのかも知れません。忠誠心が鬱陶しくなったともいえるのではないか。しかしまあ、世の中、猫派ばかりになっても面白くありませんな。

黒猫の身のうば玉や恋の闇……なるほどね。暗闇に身を潜める黒猫。すべてが暗いなかに恋する蕪村のシルエットが浮かび上がる。蕪村の人生はよく知りませんでしたが、言われてみると探ってみたくなります。

猫の糞はトイレに流しちゃいかん、とね。しかし私の糞ほど固いのはなかなかないと思うけど。猫畜生がないのは単に語呂の問題でもありそうですが、猫は魔性があるので畜生と決め付けるにはどうか。仮に罵倒が「権力の猫め」だと反対派も機動隊も拍子抜けするでしょうよ。犬が笑い返すって本当ですか?

たわむれに

 2月20日は石川啄木の生誕130年だった。幼いころから「神童」と騒がれた人物は、あちこちで多彩に活躍はしたけど、その人生の余りの短さに涙する思いだ。26年の人生を脱兎のごとく駆け抜けていってしまった。
岩手から北海道、東京と転々とした生活は極貧から抜け出すためなのか、あるいは必死の思いで自己の才能を評価してもらいたかったのだろうか。某地方紙で「啄木と賢治の肖像」と題して一面毎週新たな角度から2人の歴史の背景が掲載を始めた。
啄木の短歌の本は持っているが、背景を含めて研究した本は購入するほどの興味がわかないので、今回新聞で分かりやすく啄木研究シリーズを読むことができるので助かっている。

回を重ねて読むうちに、当時の時代は貧困の生活があたりまえだったのだろう。政治・経済の真相と深層が全国的なのか、東北や北海道などだけだったのかよく分からないけど、そんな視野から詠んでみると哀しみの世界が彼の詩歌から読み取れる。
でも、ボク自身歴史観が乏しいから、なかなか理解できないけど、何度か読むうち啄木の歌には北国の人々の貧困の生活感がぎっしり詰まった厳しい格差社会の時代背景が、少しだけ分かるようになってきた。そこからボクたち子供時代の貧乏長屋的な生活感のにおいがしてくるような気がするけれど、それでも今の子供たちの息苦しそうな日々に比べれば、子供が子供らしく伸び伸びとして楽しみあふれる格差のない時代だったのかもしれない。
啄木の生きた時代に比べれば、まだ少しは古き良き昭和のはじめのころを生きられたボクは幸せだと思う。そんな想いを啄木はさせてくれる。(彰)

Re: たわむれに

猫の日に隠れてか、啄木の誕生日は忘れられがちですね。
時代閉塞の現状を生き急いだ啄木……。
おっしゃる通り当時は大変な格差社会で、農村人口が9割程度あった時代ではなかったでしょうか。小作農制度が市場拡大を妨げ、それが戦争への契機のひとつになったんでは。貧乏・借金・乞食は当たり前でしたが、今はそれらは巧みに隠蔽されて表面立派な社会を形作っています。啄木はこうした世の中にじたばた見苦しく生きながら短歌に叫びを託したように思います。

厳鷲山さんから教えてもらった近藤先生の本は購入してあるものの、まだ全部読むには至りません。『悲しき玩具』の成立過程は大変興味深く読ませてもらいましたので、いずれブログで取り上げたいと思っています。『新潮日本文学アルバム 石川啄木』を引っ張り出して眺めているところです。啄木は野辺地とも縁が深く、その意味でも勉強しがいがある歌人です。

今日は数年ぶりの猛吹雪

今朝明け方、妙に頭痛と寒気がして目を覚ました。風邪かな?と思いながら例のごとくウオークマンを耳に入れて、音楽を聴き始めたが、今度は胃腸の不調を感じる。やないなあ、これは風邪かさもなくばインフル…。
 しばらく寝床でじっとしていたが、気持ちが音楽に集中できない。寒いのに軽く汗をかいている。

今週は悪くなれない。あと1週間頑張らなければ…。そう思いながらそのまま寝床で7
7:30頃まで過ごして、えいっ!と気合を入れて起き上がったが、やっぱり不調。
 昼過ぎた現在もまだ不調。喉痛。これはてっきりダイナー氏にうつされたか!

 こうしてはいられない。とにかく今日もやることがいっぱいあるから。

ダイナーさんのブログでは啄木談義。加わりたいけど、啄木はやっぱり重い。時代閉塞を生きた啄木さんは、まさに夭折の天才だ。時代を見据える目の深さは、今の年齢になってもまだかなわない、と思う。

窓外は明日から3月だというのに、数年ぶりの猛吹雪とか。これじゃ家にこもるしかない。

Re: 今日は数年ぶりの猛吹雪

私の風邪菌は悪質ですぞーーっ!
私自身がまだ治ってないくらいですから……。

しかし私と違ってたかしくんは重責を担っていますから困りますね。早く治してください。私の風邪菌はアダルト物を与えると暴走しますからご注意を。

東京も暴風状態になってきましたが、北海道は身動きとれませんね。

爆弾低気圧登場…

誰も歓迎してないのにやってくる…
北海道は、今夜遅くから明日未明まで数年に一度の猛吹雪との予報とか
東北各地も、暴風雪・波浪警報が出ているようです
都内では日中の気温から一転、所によっては雹や霰が降ったとのこと
春の嵐と呼ぶには、あまりにも猛々しい…

大納言様に続き、たかしくん氏まで風邪ですか
この冬の風邪はインフルエンザよりも性悪らしい
お大事になさってくださいませ<(_ _)>


猫と犬
忠犬とは言っても忠猫とは言いませんね
ま、白い猫でも黒い猫でも鼠を捕るのは良い猫ということで…苦笑

Re: 爆弾低気圧登場…

爆弾低気圧と共に山姥さん久々に登場! 風の山姥か……?
お父上の退院が決まってさぞほっとしたことでしょう。
一方、私の風邪は北海道まで飛んでったか、おかげでこちらはだいぶよくなりました。私の菌だとすれば相当性悪ですよ。たかしくんは週末に大事なイベントを控えているらしいので、悪化すると私の責任問題です。天皇陛下もインフルだそうですね。

乱れはあれど陽気がよくなり、白猫も黒猫も恋の真っ最中。そのうち子猫がお目見えするでしょう。楽しみですね。

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