寺山記念館・三沢市内を巡る 

いつも野辺地行きは緊張する。しかし前夜に支度しておいたはずだが、朝使った肝心要の目薬と耳鼻科用のスプレイを入れ忘れてしまった。
天気は上々で4時前に野辺地着。不動産店で掛けてもらっていた写真はレイ変で撤去されたので、お礼を兼ねてお土産の夕月を社員に渡し、弟の車でお寺へ。草を取り軽く掃除して花を手向け、風が強いのでろうそくだけ点けて拝む。その後1人で写真を撮り歩く。旧姓Aさんの薬局へ寄って四方山話。彼女も介護してきた夫を昨年亡くしている。公民館でトイレを借りたり、暗くなるまで撮り歩いたので、帰ると弟はもう寝てしまっていた。

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次の日は早起きして三沢の寺山修司記念館へ行く。電車賃は三沢まで片道800円もする。駅からMISAWAぐるっとバスという無料バスが出ている(土日祝のみ)。三沢空港や航空科学館、寺山修司記念館のある市民の森などを回る。寺山修司記念館は平屋建てだが、平面形は柱時計の形をしているという。常設展は寺山ワールド全開の立体展示で、気がつかず見逃したところもあったのは残念。企画展は森山大道の写真展「裏町人生~寺山修司」と中居裕恭の追悼写真展「北斗の街――遡上の光景」。「裏町人生~寺山修司」は新著の発刊に合わせピンクのパネルに貼ったり、三沢の犬の写真を大伸ばしして壁に貼ったり。だが私の目当ては中居の写真の方だ。彼の作品は森山がセレクトしたものを、ホールの壁面だけでなく、文学碑のある森へ続く屋外の「短歌の径」にも点々と展示しているのが新鮮だ。館内では訛りの抜けない寺山の声がボソボソと答えている。ふとそれが中居の声に重なった。

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帰りは例のバスで一旦駅に出、それから三沢の市街へ写真を撮りに向かった。弟にシャッター通りが延々続くと言われたが、それ程でもなく人通りも結構あり、写真も撮れた。基地のゲートへ行けば以前OWLという反戦喫茶があった辺りも見られたろうが、高校や中学校を撮ったあと坂を上ると、偶然引き込み線の踏切に出た。かつて70年代に反戦労働者学生のデモ隊と機動隊が対峙した場所だ。引き込み線はそこで終わりになり、その先の線路跡が歩道になっていた。西日が斜陽の街に強い陰影を投げかけている。
駅に戻り反対側に回ると、廃止になった十和田観光電鉄の駅舎兼待合室が健在で懐かしい昭和ムードが目一杯漂っている。十鉄の電車に乗ったのは数回だが、こんな風景があることは忘れてしまっていた。今はバスの待合室となり、切符売り場とそば屋、自販機コーナーがあるが、大事にしてもらいたいものだ。その他、付近には寺山修司ゆかりのポイントがいくつかある。

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3日目は家の回りの草取りをし、I氏の不動産店へ写真送受の相談に行く。三沢は一握りの大地主が土地を押えているので流通は難しいのだとか。草は根っこが強固で取りきれず、除草剤を撒いておく。弟は樹は切るくせに草は取らないので、つい蔓延ってしまうのだ。しかし、予報では3日目は時々雨となっていたのが好天に恵まれ助かった。もう一度墓を拝んで帰路に着く。
宇都宮を過ぎた頃、新幹線の電灯がいきなり消えて携帯の緊急地震警報が鳴り電車は停止。これで13分遅れた。家に帰ると仕事のやり残しが5本あったのに加え、新たに4本入っていてうち2本は至急だという。大変なことになった。

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コメント:

野辺地への旅に寄せて 

 今回の旅は意気込みが感じられました。直前に寄せられたメールに、うーん、こんな時にぃ、なんてのは氏の頭は旅で埋め尽くされていたからだろう。
 氏の旅の季節ごとの傾向とか、分析はしたことないですが、春先の旅には「はりきり」というか「みなぎり」というか、それが感じられる。これからの数日に少年のような期待感があふれてる。夏の終わりから、秋、冬の旅とは違う感じだ。北へ向かう多くの人はこうなのかと思う。想像ですが。
 
 今回の画像数の多さが、ダイナー氏の心と、体の好調を物語っている。兄貴が帰っているのに、夜の一杯を共にすることもなく眠ってしまった弟さん。しっくりいってなさはいつものことだが、これがこの兄弟のお互いの認め合い方だ。もはや話すこともないやね。ただ、どちらかが、いなくなったら、本当の寂しさが始まる‥? 慈しんだ方がいいとは思う。バツがわりいやね、今さら。
 
 天気でよかった。鎌の用意はないのですか?ノコギリ鎌でも貸してやりたいくらい。除草剤は昔よりは安全?なのだろうが、緑が長ーく生えない。
 妻帯履歴のないダイナー氏はぐうたらだらだら妻帯者より、遙かに強靱な精神力で、日々を臨んできたはずだ。本人は多分、「あーー、そう見えましたぁ‥」なんてはぐらかすかもしれないが。
 だが、妻帯の煩わしさを味合わずにすんだ人でもあるだろう。世間からは多少ずれてはいるが、それが、少年もしくは依然青年の雰囲気を醸し出しだすエネになってもいる。心にスタミナが残っていると言うことだ。私は妻帯に甘え、妻帯ですり減らしてきた人間だと自分を思っている。
 少年や、青年ならこれからも歩き回らねばならないだろう。今回もその手はじめのようなものだ。
 ダイナー氏の被写体は家や工場が多いが、その多くが、人の手が入らなくなったものが多い、あるいはやっとこ、今のところはかろうじて入っている程度のものが好きだ。(と、私は感じているが‥)
 あの大衆食堂には入ってみたいやね、コップ酒、頼んで、何があります? とか、してみたいやね。イカの煮付けでも出してくれるか。
 水が綺麗だね。冷たそうで。汚されたくないですな、この水は。お疲れさまでした。

 北の人たちで泊まり旅など出来ればいいですな。ま、余計なお世話か。

Re: 野辺地への旅に寄せて 

「強靱な精神力」などと言われるとポリポリするしかないが、強靱な独身力、これが強すぎて半径10メーター以内に女人が寄ってこないのは確かです。虫コナーズみたいなものですか。

カマはありますが、長柄の草とり器で根っこのところをガシガシやらないと取り切れない。ステンレスなので切れ味はイマイチ。除草剤は葉や茎だけに効く一番安い液体タイプ(そのまま撒ける)を買いました。ぺんぺん草も生えないような強力なものではありません。

弟は6時頃に酒を飲み寝てしまうし、私は明るさのあるうちは写真を撮り歩きたい立場なので合いませんな。それにしても疲れた……。

案内役の…

トラにゃんの後をついて行くと、大納言ワールドが展開されていくかのような構成ですね(笑)
青空の野辺地や三沢の街、ハコが魅力的な寺山修司記念館(寺山には興味がないので…)と異界への入口のような森、垣間見える海、車両に射し込む夕陽、廃校を転用した廊下のようなバスターミナル………どこか懐かしく、時刻表を繰って出掛けたくなる衝動にかられます(笑)
青い森鉄道は八高線と同じくディーゼル車両ですから、既視感がハンパないし…苦笑
今回は、なんとも罪作りな(笑)記事でした


草取り、根こそぎとはいきませんから大変ですよね
墓地のようにあまり広くない敷地なら、塩(食用に精製されたものではない、一番安い品)を月一度位のペースで撒き続ければ草は枯れ新たに生えることもなくなりますが…何にせよ根気のいる作業です
今の季節から秋口まで、雨上がりは一気に草が生い茂るので、心底うんざりしましたっけ…今でも土弄りやガーデニングは避けて通りたいと思っていますよ(笑)

Re: 案内役の…

はは、ありがとうございます。で、訂正2つ。
青い森鉄道は電車です。ディーゼル列車が写っているのは大湊線か乗り入れの快速「しもきた」です。それから、寺山記念館(市民の森)から見えるのは小川原湖と小田内沼です。小川原湖は広くて海のようですね。

雑草取りに塩ですか……? 家の外回りの金物が錆びる心配がありますね。生物素材の除草剤をこまめに撒くのがいいんでしょうが、弟はそもそもそういう意識(意欲)がなくて……弱ります。

リトル沖縄としての三沢

三沢市の写真を久しぶりで見させていただきました。懐かしいような、悲しいような…。今はどうなっているかな。もう半世紀前になろうとしている。

三沢市というところは、駅が山際にあって、すぐ目の前に急斜面がある。駅の前も後ろも低い山(丘か?)。市内に行くたためにはしばらくバスにゆられなければならない。住民は傾斜地に追いやられて(昔「古間木」と呼んだと思う)、広大な平地は完全に米軍の基地に占領されている。ゴルフ場付きの広大な米軍住宅地の建設費用は、みな政府による法的根拠のない「思いやり予算」で建てられている。あの広大なゴルフ場の維持費管理費も。
 居住適地は基地の支配下にあって、住民は居住不適地にひしめきあって暮らしている。のちに沖縄に行くようになってから、いつも三沢を思い出した。三沢は「リトル沖縄」だと。

かって、冷戦時代そしてベトナム戦争の時代は、三沢基地なくしては米軍の極東での展開があり得なかったのではと思う。寺山が、自分の故郷がアジア侵略の前線基地になったことについてどう思っていたか…彼の本はあまり読まないのでわからない。

ダイナー氏の故郷への足取りは、なぜか重い。
「ふるさとは遠きにありて思うもの…」(室尾犀星)なのかもしれない。異郷をさまようのは私とて同じなのですが。

「こころざしを果たして、いつの日か帰らん…」「故郷」の歌は、はるかかなたのまぼろしですかねえ。帰るたびに、悲しさを引きずって東京に戻るダイナー氏の足取りが聞こえてくるようです。





ふる里のにおい

日本で2番目に寂しい、嘗ての我が田舎町の旅人よ、天気に恵めれて好かったね。
いま、写真に想いをはせている。「野辺地代官所跡」は何処にあったんだろう、全く記憶に無い。もしかしたら「行在所跡」かな?
「五十嵐商店」実に好いね、まだ健在だったのか。大衆食堂とあるが、入ったことが無いのでどんな感じなんだろう。嘗てのわが実家も鮮魚店(肉も扱っていた)だったから手前のその辺はみたことはある。中は薄暗かったな。電話番号なんて古風さが滲み出ていて思わずションベン洩らすとこだったゼヨ。
向って左側はタクシー会社だったよね、それとも右側の空き地に見えるとこだったかな?
自然に近い川筋は何処なんだろう。現在の我が住まいの地方の小川も似たように雑木や葦の類がまるで無精ひげのように生えているところが水をきれいに浄化してくれるんだろう。一つの田舎の宝でもあるような気がする。「キ-100 ディーゼル車」は大湊線か?

本町から北にむかって行った金沢町に今でもあるだろうか、「大満旅館」(字が違うかも・・・)の明治か大正時代かを想わせる建物は在れば「上野西洋美術館」よりも価値が高いと思うね。文化遺産にでもなるよう行政はなぜ動かないんだろう。もっともそんなアタマがあれば少しは町も救われるるんだろうけどね。大納言クラスがチョウチョウ(バタフライではない)にでもなれば変わるかもナ。

そこを左手に見てまっすぐ行く間もなく海が見える。波穏やかな陸奥湾も見せて欲しかった。同級生のY君の実家も歴史を感じさせてくれる建物だけど知ってるかな?ボクはもう現地にいくことは無いのでお盆か秋彼岸にでも行ったら少し長逗留して記録してきて欲しいと思うわけでござりますです。(どんどはれ!)

かの君は、いま・・・

通りがかり人氏の今回のコメントに胸があつくなった。「野辺地への旅に寄せて」に、北へ向う旅人のかくやあらん想いがびっしりと詰め込まれている。ダイナー氏の何度かの帰郷を書き綴ったコラムを読ませてもらっていたけど、そういえば今回の帰郷はまさに通りがかり人氏のいうとおりかもしれないね。ありきたりだがふる里の青葉若葉の新鮮な季節の香りに酔っているさまが見えるようだ。ブログに載せた以外にもたくさん撮ってきたとおもうので期待したい。
ボクは今回、鯱張って言うつもりじゃないけど、通りがかり人氏の心情的語りにものすごく引かれた。ダイナー氏の心と体調の好さのほかに兄弟のこと、妻帯のことなどを語っているがダイナー氏と同郷だけに、ボクにもあてはまるところがあって、まるで心を見透かされているような気さえする。そういう意味で、胸が熱く燃え、感極まったと嬉し涙がでるのです。

北へ向う旅人は、暗くて無口な人ばかりではないのです。春になれば、長い厳冬を守ってくれていた女房に、わずかばかりのみやげを持っていそいそと帰る人もいるのです。
そしてまた半年、田畑を耕し米を作りこどもを作っては雪が降る前にまた魔都へと向うのでしょう。(彰)

Re: リトル沖縄としての三沢

リトル沖縄ですか……。傾斜地に追いやられていると言えば言えるでしょうが、だだっ広い荒れ地を基地にしたのは日本海軍で、そこへのアプローチがメインストリートになったということではないかな。今でも基地の東側には平地が広がっており、基地とのせめぎ合いがあるわけでもないのに、無秩序に街が広がるばかり。かつてのメインストリートはもうダメですけどね。

帰るたびに、悲しさを引きずって東京に戻る……そう見えますか?
故郷に孤独あり、東京にも孤独あり。孤独を抱えて生きるのが私です。

Re: ふる里のにおい

今回は(三沢へ行ったので)海には行きませんでした。

代官所跡は公民館のところ、いわゆる城内です。五十嵐商店は閉店休業状態ですな。縦貫タクシーもありましたっけ。一時こがねちゃん弁当だったところが唐揚店だかになってました。清流は枇杷川で種畜場方面から流れ下り、線路を潜って旧荒屋製材所の脇を通って清水目川に合流しています。我が家へはこの流れを越えていきます。気動車は大湊線の切り通しから駅へ向かうところ。これは快速「しもきた」で八戸まで行きます。気動車は乗り心地が悪いな。

大満旅館ですか、まだあると思います。以前画像も載せました。映画のロケ地になったとか。その向かいの旅館も商売はしてませんが残っていますよ。Y君の実家は確かに立派でしたな。今は無人のようですが……。

歴史的建物の保存という意味では野辺地はダメですね。豪商野村家の建物も全然残っていません。ただ最近、行在所が役場の横に復元・公開されたのは喜ばしいことです。それから、残念なことに何度か画像を載せた通り沿いの魚屋が店を閉めました。ビジュアル的になかなかよかったんですが、向かいに前田ストアがあったりで、商売が成り立たなくなったようです。

Re: かの君は、いま・・・

通りがかり人さんのコメントは、見事に書き手の心境を増幅してくれましたね。過剰なまでに……。新緑に酔っているわけではありません。むしろ蔓延る雑草にうんざりしました。しかし、桜が終わりツツジが咲き、新緑が萌え上がる季節はまた格別の感興があります。風が強くて少々寒かったのが残念でしたが……。

またやってしまった~

 14日に帰郷すると聞いていたので何をみやげに御披露してくれるのか楽しみにしていた。
このコラムは「寺山・・・」にコメントする予定だったがふる里の写真を見たら別な話になってしまった。

話は前後する。15日朝、不調が続いている腰痛に気をつけて朝食のため静かに正座した。ちょっと長かったので胡坐座にしようかな、と少し動いたんだろう、その瞬間震度7にも匹敵する激しい腰痛に見舞われた。3月下旬にやった腰痛個所だが、なんとかガマンしてパン食を終えて鍼灸医院に電話、出かけようと立ち上がった瞬間前のめりにバッタリ倒れてしまった。見ていた妻は思わず「あたった!」と声をあげた。ボク自身は軽いがめまいがあって、右足が股関節から足首まで全く感覚がないまま倒れたので、自分自身も何がどうなったのか全くわからないありさま。幸い右腕と口のほうはまともだったので、すぐ救急車を呼んでもらった。
午前9時少し過ぎ、当番医師は整形外科担当でレントゲン上部と横から撮影するも、大きな異常は見られず骨が滑って神経に障ったためで、痛み止めの座薬を看護師がケツの穴にぶち込んでおしまい。念のため頭部のCTを撮ったが内出血も無く、脳梗塞はよくわからないが状況からして問題ないと判断された。

個人医院に紹介状を書くからそちらで処置してもらえという。俗にいえば「ギックリ腰」だとか。総合病院は最悪の手術しかないので、ともいわれ”さっさとおか帰りください”という態度がありありだったが日曜日だし、個人医院でも救急車でお出迎えするところはないから仕方が無いのにね。(彰)

Re: またやってしまった~

ぎっくり腰でよかった、というか、不幸中の幸いってやつでしょうか。

骨がすべって神経に障る(触る?)ということがあるとは知りませんでした。大したことはない……でも、言い換えればすべって神経に触るような状況は放置できないとも考えられます。いずれにせよなかなか大変です。よく診てもらい治療してください。

いつでも臨戦態勢です

ミルナくんはびっくりされたでしょうね。

 震度7に匹敵する症状ですか。そりゃびっくりされたでしょう。冷静に対処したのは流石です。すべてを調べても大丈夫ということは、医師の言う通り、やはりぎっくり腰なんでしょうね。
とにかくたいしたことなくて良かった。

お互い持病があると、いつでも臨戦態勢ですね。街歩きのときにも、携帯を離せない。万が一の症状のためにです。最近、公衆電話がなくなったので、携帯がSOSの唯一のツールです。
  

 

Re: いつでも臨戦態勢です

しかし、まだ麻痺が残っているようで難儀してますね。
あたったりした日にやそんなもんじゃ済まないでしょうが……。
臨戦態勢とは生々しい。お世話にならないよう祈ります。

風があるせいか…

昨日よりはいくらかましでしょうか

街歩きのときにも、携帯電話を離せない………同感です
でも、携帯電話よりも、もっと手離せないのが健康保険証と大学病院の診察券
ゴミ出しやコンビニ・ポスト程度の外出でも、必ず携行しています



漏れ聞こえるところでは、沖縄女性の事件について、「サミットが終わるまで、公開捜査や逮捕は先送りにしろ」と日本政府から県警に圧力がかけられていたそう…
でも、情報を地元記者にリークして事件が公になったとのこと
都庁に巣食うねずみ男がよっぽどかわいく見えてくるほどの、官邸の悪辣ぶり
東京五輪を返上するなら、今回だけは“ねずみ男”を支持しようか、と思ってしまいますが…そんな肝っ玉はないでしょうね

Re: 風があるせいか…

> 漏れ聞こえるところでは、沖縄女性の事件について、「サミットが終わるまで、公開捜査や逮捕は先送りにしろ」と日本政府から県警に圧力がかけられていたそう…

さもありなんですな。それに対して正々堂々たる翁長知事の声明は立派でしたね。憲法変えてよとだだをこねるくらいなら、日米地位協定を何とかしろと言いたい。実際に沖縄に災禍を招いているのはこっちなんだから……。

都庁の小ネズミ男ではなく、なぜ巨悪を責めない

 山姥さん、同感です!都庁に巣くうネズミの小悪はまだスケスケ見え見えなんです。かわいいもんだ。ちっちゃなことに国民の目を向けて、戦争法のような国民の生命を根こそぎ引っ剥がすような政府の大罪にはやんわりだ。TPPのような経済主権そのものを売り渡す政治家をこそ責めるべきなんです。オリンピックにからんで何億円もの税金を裏金にして使っている権力こそとっちめるべきです。あんなことまでして、オリンピックなんて見たくない。なめんなよ!国民を。
 政治への国民の不信を一人で受けて立っている男があわれにも哀しく見える。
新聞記者も集中攻撃しているが、ここぞと弱い者いじめをしてうっぷんをはらしているようにしか見えない。記者連中は、忖度しているわが身を恥ずかしくないのか。日本のジャーナリズムは! まったくあきれる。舛添記者会見であきれたのは、舛添以上に追究する記者連中。同じような「するどい質問」をなぜアベシンゾーには何故出来ぬのか。あきれてものが言えないとはこのこと。 
 舛添がやめてもトカゲのしっぽ切りにもならない。
 巨悪をこそ攻めよ。小悪を祭り上げてごまかすな!

 それにしても大阪にしても東京にしても、いつもとんでもない首長を選んできた。舛添を攻める前に、まず自らを恥ずかしく思うべきでは。何べん学習したらわかるんだ、と言いたい。都民諸君よ!

ミルナくん。私は、外出するときは、「姓名のカード」「連絡してほしい病院」を首からぶら下げています。なるべく表通りを歩くようにしているのも、万が一のときに常にあれかの目にふれるように。いったん病気をすると、ほんとうに毎日ハラハラものです。


一日の水分摂取量を制限されているとか…山姥さんは暑さで参らないのでしょうかね。みなさん、を乗り切る方法を考えてあげましょう。


 

臨戦態勢

たかしくんありがとう!非常時に備えプレートをぶらさげて歩くところまでは考えていなかった。自分は、まだ若いからと言う無意識の意識と羞恥心がどこかにあるんでしょうね。
杖をついて歩いていると近所の皆さんは、救急搬送もあったので妻に会うと挨拶がてらに旦那さん「どうしたんですか、当たったんですか?」と聞かれるそうだよ。笑って済ましているけどね。
ボクはカバンに非常時のために懐中電灯とラジオ、ライター、小さなナイフなどを100円ショップで売っている鉛筆入れ用ソフトケースに入れ持参している。
身分証明は、健康保険証とお薬手帳をサイフに入れて、先ほどの小物入れと合わせて持ち歩いているけど。サイフだとちょっと危ないかもね。もはや格好つけてる時ではないね。毎日がやっぱり「臨戦態勢」ですね。     (彰)

Re: 都庁の小ネズミ男ではなく、なぜ巨悪を責めない

ま、何と申しましょうか……。

落ちる犬を寄ってたかって叩く、いつものパターンではありますがね。
甘利問題も第三者に調べてもらうと言ってましたが、どんどんうやむやに。本人はピンピンして支持者に手紙を出しているそうではないの。どうなったんだ、俺たちは許さんぞーーっ!

Re: 臨戦態勢

ネームプレートに緊急対応指示書、懐中電灯とラジオ、ライター、ナイフ、健康保険証、お薬手帳、それに薬とPETボトルの水に各診察券……うーーーん、これだけで重くてへたばりそうです。

「旦那さん当たったんですか?」
「なーに、持ち物が重くて動けないだけですよ」
   

当たったんですか?

当たったんですか? いやなんとも直截な質問で。ミルナくん、そういうときは「いやあ、宝くじに当(あだ)たりましてねえ、それで腰を抜かしてしまいまして、このありさまですよ」とかユーモアで返したら。それとも「うんやあだったんではねえんですよ~、ハズレましてねえ、いや宝くじではなくて、腰の骨ですがねえ」とでも? 

 懐中電灯とラジオ、ライター、小さなナイフ…なるほど。これは必需品ですね。近く円ショップで購入します。

 ところで、薬は持参しませんですか。過日かかりつけ医に相談したら、まあ糖尿とか腎臓に問題があれば、困りますねえ、とか。でも救急でなんとかなりますよ…。う? 3,11地震では、薬が届かなくて死亡に至った人がたくさんいたとか。「関連死」の原因の一つは、薬の処方ができなかったとか。

ダイナー氏も、帰省のときあわてて持病のクスリを持参しなかったとか?帰省するときは緊張するもんですからねえ。なぜか。微妙なんですよ。齢を重ねた男が故郷に帰るときの心境というのは。
 

クスリ・・・もか

「あだってしまって(はあ~)、腰ばぬがしやした!。たがらクンジの3億円でもあだってみろ!ぬげるのは腰ばがりでねがんすじゃ。
いのじ(命)まんでが、からだ(身体)がらすっこぬげでしまっておしまい!」(どんどはれ)

確かに緊急事態の時は常用しているクスリはお金よりも大事かもしれませんね。でもそうなるといつもナップサックに入れて持ち歩かなきゃならんからゆるぐネエな。今のところ緊急服用する薬はないので、そのために「おクスリ手帳」が大事なんです。これがあれば避難先で見せれば対応出来るんだ、と薬剤師が話してました。
5年ぐらい腐らない水も常時携帯となるとダイナー氏の言うとおり「なーに、持ち物が重くて動けないだけですよ」となりますか。メガネと入れ歯も忘れちゃいかんがね。(彰)

Re: クスリ・・・もか

紙おむつは………まだ要らなかったね┓( ̄∇ ̄;)┏

冗談はさておき、
膝が曲がらないならトイレも難儀してるんじゃありませんか?
大丈夫かな?

いやはや・・・ですな

紙おむつ・・・ね。あながち冗談でもない時期がもうすぐかも。前立腺肥大症だと頻尿なのかな?そのスジの先輩いかがですか。携帯トイレも持ち歩くかな。間に合わないときに備えて紙オムツはヤッパあった方がいいな。
でも、まだ紙オムツまで考えが及ばないので、ボクとしては先の話しだと自問自答だ。

ようやく少しづつヒザを曲げられるようになってきた。杖を支えにしての事だが。トイレ(洋式)も風呂も赤ちゃんみたいにつかまり立ちして出来るようになった。しかし外歩きのリハビリは遠くには不安があって好天なのに散策出来ないのが惜しい。
右足のマヒもヒザの部分までに減ってきたし鍼灸治療も一週間に一度やっているのでなんとかなるだろうサ。

ダイナー氏も階段など気をつけなされよ!     (彰)

恥を忍んで言います。

ミルナさん、私はネスカフェの空き瓶を携帯トイレとして使うことがあります。真夜中、息子が寝ないとき、紙オムツを交換してやって、さっぱりさせてあげて、寝付きやすくするのですが、こっちが疲れ果て、便所のないプレハブに逃げ出します。だから、しょっちゅう睡眠不足。
 中瓶か、小瓶がいいと思います。2,3回分、使えます。気をつけることは寝ぼけて落としたり、倒したりしないこと。こぼれると大変です。しっかりフタをすること。です。
妻はこれを嫌いますが、今は言わなくなりました。

歳をとり大とも小ともお友達

ネスカフェに悲しき挿入冬の朝

Re: 恥を忍んで言います。

出ましたね、カミングアウト。しかもネスカフェとは!
私は50グラム瓶を愛用してますが、これが中瓶に当たるのかな?
紙コップなどもいいかもしれませんが、密閉できませんしね。
ご苦労が偲ばれます。

Re: いやはや・・・ですな

やはり難儀してましたか。小生は今のところ肥大はしてないので何とも言え
ない。しかし、腰がやられたのになぜ膝に来るんでしょうね。

まさに老人に階段は要注意ですな。エスカレーターでは必ず手摺につかまり
ます。若い者はスマホしながら上り下りするんですから大したものです。

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