自作餃子にドレッシングを掛けると…… 

来た来た来た来たーーーーっ、北街角の心は熱い! 電話での世論調査、来ました。実際にやってたんだね。投票に行くかどうか、次の選挙、現在予定されている候補者に投票するかどうか、安倍政権を支持するかどうか、など。自民党の某は論外だが、民進党の某も曲者で素直に一票とは言えないのが苦しい。電話の問い(自動音声)はあまりに早く聞き取れなくても聞き返しは出来ず、アタフタしてしまう。
                  
                      

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いま餃子に凝っている。市販の餃子は肉が入っているし、豚肉だけならいいが、鶏肉が混じったり鶏肉エキスが入っていたりする。鶏と聞いただけで鳥肌が立つ私が異常なのかどうか。こうなったら自分でつくるしかないと思い立った。が、なかなか上手くいかないものだ。
材料は餃子用みじん切り野菜(旭物産)、ギョーザの具味付用(調味料・富士食品工業)、スライスニンニク(フジサワ)、ツナ缶詰、それに餃子の皮である。最初は調味料(液体である)を入れすぎてしょっぱくなった。調味料はうんと少なめに入れるのがコツのようだ。それどころかこれを入れなくてもいいぐらいだ。なお、出来合いのみじん切り野菜は刻みが大きいので、自分で更に細かく刻む必要がある。ニンニクも水で戻し刻む。ツナは油をよく切っておく。これらを混ぜ合わせ皮に包むのだが、肉が入らないので粘りが出ない。いささか包みにくいので当分餡を少なめにする。フライパンに水を入れ蒸し焼きにすると、大変おいしい餃子のできあがりだ。試行4回目ぐらいでやっと食べられるものになった。
もう1つ、ドレッシングの自作が楽しい。前に片栗粉を使った分離しないドレッシングを紹介したが、いまはレシピを大幅に変更したものを使っている。ベースはプレーンヨーグルト。それに4分の1程のオリーブオイルを混ぜ、ポッカレモン、洋カラシ、塩、コショウ(いずれも好みの分量)、チューブ入りニンニク少々を加えよく振り混ぜる。市販のドレッシングと違ってヘンな添加物は一切入っていないので安心である。逆流性食道炎になって酢がいけないということになり、再検討した。このゴールドドレッシングは私の朝の食卓に欠かせない。
                     
                  

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伊藤明徳の写真集『原風景』を買いに南砂のたなべ書店へ行く。南砂の丸八通り沿いにこんな大きな古本屋があるとは、聞いたことはあったが行ったのは初めて。映画のパンフ類が多く、その他写真集やコミック、アダルト系、VHSビデオまで万遍なく取り扱っているが、文学・思想や詩歌はやや少ない。伊藤明徳と言っても知らない人がほとんどだろうが、80年代に強い焼き込みなどでつくった、おどろおどろしい写真を発表していたアマチュア写真家である。年代は私たちより少し下。いまなぜ伊藤明徳か……その理由は次回。

追記:餃子にドレッシングを掛けることはありません。念のため。
           
      

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コメント:

こっ、こっ、こけーーーーーーーーっ

こ、こ、こ。ダイナー氏、こ、これワワワワワワワ、輪が三つ。三輪石けん。な、長崎いは、今日も、雨雨降れ触れ、かあさんがぁ、3642ALSOK8587ALSOK。
ううむむむむむむむむむむむむむ、餃子だよりはあいまいだより‥誰か別人の人が文、書いてねえか、ううむむ、山姥さあん、これ、食えますかね、これ、病院食ですかね? 北砂にこれ以上無き餃子作る人あり絵に描いた餃子あり。猫いらず。クラス会の現在ひとりの人(女性)、呼んだ方がよくねえか‥

怒るな、先輩。

Re: こっ、こっ、こけーーーーーーーーっ

私のネットバンクのパスワード、なぜ知ってるんです?

食えますかねとは失敬な。おいしければいいんですよ。しかし何ですな、餃子ってヤツは適当につくってもちゃんと餃子の味がするってのがエライじゃありませんか。通りがかり人さんも食べに来ませんか、手作り餃子。

北砂大菜亜亭ですな

野菜がたっぷりな、感じでしょ。理想のトマトへのこだわりから考えて、自分の体に合わせた独特料理をつくれているのかもしれない。大食漢ではないので、ちょこっと料理かもしれない。単身の楽しみをふんだんに利用して生きているか、ダイナー氏。山姥さんの餃子評価が気になりますな。COME ON 山姥さん!

Re: 北砂大菜亜亭ですな

山姥さんの評価はムシ……蒸し餃子みたいですな。


なお、モランボンの「手作り餃子の素」にはチキンエキスが入ってるようですから、気をつけましょう。

料理教室

一番下の写真いいね。晩秋の雰囲気はまだ感じないが、田舎には見られない風景だ。
我が家の桜、カキの木、もみじの樹木は毎日少しずつ脱いでいっている。もみじは上半身、柿は下半身、桜にいたっては素っ裸になっている。どちらもこちらも寒々として、アダルト的発想は全く思い浮かばない(ダイナー氏は別として・・・)

今年は柿の実がわずかに5個だけしか実らなかった。昨年まではみかん箱に3箱でもまだ木にはあふれるほど付いていて取りきれないで困ったくらいでいたのにやはり周期があるのか。そういえば5年前の大震災の年は全くならなかったが今年も地震だらけだから何か関連があるのかもしれない。

餃子の手作りか。なんか狭い台所でチョコマカチョコマカやってる姿が見えるようだ。旨いか不味いかはお客さんが決めてくれ!てな雰囲気だね。まさかウマに食わせるくらい作ったわけでもないだろうが、自分で作る料理ってやつは大量に作ると、いざ食うときになると見ただけで腹いっぱいになってしまうがダイナー氏はどうかな?それから飲み物がなさそうだがワインなんか飲みながら手作り餃子をシコシコと食う姿がなんとなくいじましく見える。

Re: 料理教室

素っ裸と聞くと耳がぴくんとするのは誰でしょう。
今朝はなぜか5時に目が覚め、空腹を覚えたので朝食を取って二度寝しましたがなかなか寝付けませんでした。

そうですか、柿がそんなに実るとは豪邸にお住まいですな。周期というのか天候なのか、なる年ならない年があるもんなんですね。この写真は玄関先から団地の森を撮ったものです。春はさくら、秋はこのように紅葉が楽しめるのがメリットでしょうか。

餃子の手作り、量はそんなにつくりません。改良しながらつくってますので。今日は片栗粉と卵白を混ぜてみました。みじん切り野菜も袋入りは使わず、千切りキャベツのカット野菜を細かく刻んで使います。こっちはニラが入りませんがよさそうです。餃子作りは無心になれるので好きです。なお、餃子はお昼に作るので酒は飲みません。もっぱらおかずと捉えています。

古里の匂いと色

「野辺地方言集」を読みながら〈今年後半最大級の厄日〉のブログ写真を観ている。スルメを齧りながら、どぶろくを啜っているような気分になる。酔い心地がいい。
 
ボクにとっても故郷の田舎町は、まるで細々と爪に火を灯すような、(それは決して酷くケチではなく)倹約してもしきれないほどの民の暮らしを、親の時代から体感をしてきただけに、それを彷彿させる『日本で二番目に寂しい町』が、写真から匂ってくる。
D氏は、桜花爛漫の時季など、寂しい町が無理して明るい顔をするころに帰省しないから、どうしてもこういう町の色になってしまうのかなと思った。

 いつだったか烏帽子岳頂上から、野辺地町の夜景が地方紙に載っていた記事を見た。百万ドルの夜景といわれる函館や神戸などには、比ぶべくもないのは当然としても、真っ暗な陸奥湾と山並みとの狭間に仄かに見えた灯りは、頼りなくゆらめく蝋燭の焔のようだ。造られた百万ドルの夜景よりも生活観が出ていて美しいと思った。
 唐突だが、旅の途中で道に迷い、ようやく見えた深い山郷での消え入りそうなともし火に安堵した松尾芭蕉の旅の色が想い浮かんできた。

 いつか山頂から、鄙びた田舎町の夜景写真を撮りたいと想いつつ、機会に恵まれないところに見せてもらったほの明かりの町並み写真が、D氏の撮る故郷の顔の色によく似ているように思えたりもした。

今回の帰省写真で、鳴沢のあたりから烏帽子岳方面を撮った、黄昏時の写真は感傷的にさせてくれボクは好きだ。
 以前から何度も写真で見せてもらった故里も、しだいに記憶の外に追いやられ、どこを撮ったのか場所は分からないけど「昔とちっとも変わらない・・・」と思わせてくれるからいいのかもしれない。

ボクの記憶にあるところとD氏の狙いどころは違うから、またの帰省で頼むわけにはいかないが、鳴沢地域傍の野辺地川に掛かっている橋から下町、本町方面を狙ったショットをぜひ観て見たい。それから愛宕公園の御前水のそばにあるどこぞのお屋敷の庭園から見える陸奥湾、種畜場なども見せてほしいものだ。(荒涼たる干草橋付近の風景もいいな・・・)

(「野辺地の秋、深し・・・」(2016.10.18)を読んで)

Re: 古里の匂いと色

だいぶ身体の状態がいいみたいで安心してます。次はいつ入院でしたっけ?

野辺地の写真は、なるべく画一的にならないような場所とアングルを探して撮っていますので、なじみのない景色に見えるのだと思います。例の開拓道路(http://dynagom.blog.fc2.com/?q=%E3%83%AD%E7%9F%AD%E8%AA%BF#entry43)は好きなので必ず歩き撮っています。おっしゃる辺りも次に帰ったら撮ってUPするつもりです。干草橋まではちょっと遠いけど……。

いいぞ、すごくいい

こ、これは、震災直後の文章ではないですか。ううむ、そうですか、同じふるさとを知る者でしかわからない会話が弾みます。同じ景色でも、二人の考えも気持ちも違うので、立体写真的で、そこがいいのです。ミルナ氏が口説きまくった修学旅行の時の野辺地ガールズたちは部分的に先日のブログに一部出ていましたな。

どこにいる野辺地未亡人探しゆく

夢に見る野辺地女将はいるのか幻女将

人妻の尻追いかけて消えたか巌鷲山

まだまだ生まれる新尻を追いかけようぞ巌鷲殿よ

陸奥湾を見ながらむつみたし野辺地の女将と

Re: いいぞ、すごくいい

修学旅行で口説きまくったのは、通りがかり人さんじゃなかったのか! まあ、いい、二人ともいい思い出があって羨ましいぞ。

どこにいる野辺地女将や秋の風

そう言えば巌鷲山系いまいずこ

たかしくん三戸女将といい事し(?)

横浜にピチピチ女将数多おり

記憶の外にある想い出

(古里の匂いと色】の続編みたいなものだ。

地図が好きでよく観ている。深い意味はなかったが、8月の入院前に盛岡市のジュンク堂書店で「国土地理院1/2.5万分の野辺地、乙供、狩場沢、目ノ越(平成22年更新)」を買った。ネットで見るように部分拡大できないから少し不便だが、この四枚を張り合わせて鳥瞰的に見るのが楽しい。
 目ノ越の左隣「清水川」と狩場沢の下側「上清水目」を買い足して6枚を並べて観たら、《日本で二番目に寂しい町》の意味がわかった。上2枚の三分の一が海である。広大な陸奥湾が広がる。その下4枚の三分の二は山峡である。山林原野の中にところどころ開拓された牧野が、申し訳程度に地図の上に米粒よりも小さなシミをつくっている。そして陸奥湾の奥底に1万余の民がしがみつくように細々と暮している。

ボクが育ったころの地図があれば、ぜひ見たいと思って図書館を歩いたがなかった。住宅地図でもあればと思ったけどそれもない。D氏は帰省したとき、図書館で見なかっただろうか、東京の国立図書館なんかにはないのかな。
もしあれば、そこにある60年前の故里の匂いと顔はどんなものだったか、想像するだに楽しい。
仄聞だが400年の歴史を持つという山姥さんなら夢でなく、きっとボクの故里の在り様を見ていたんだろうな。そんな夢を見せてくれるのが地図だ。

「ロ短調の道」を例の地図で探して見た。野辺地駅にある防雪原林は鉄道記念物になっているが、そこから南側方面をカメラ散策したことはない。やや正確にいえば踏み切りを渡ってすぐ左側に行くと、数軒ある中の叔母さん夫婦の家に数回行っただけだ。
その辺を含めた住所は観音林脇というが、D氏の実家の住所は全くわからないし、いつから住んだのかも知らない。開拓道路も国道4号線のバイパスが通っていることもむろん知るわけはない。
ボクは昭和37年に故里を出たけど、そのころには開拓道路やバイパスはあったんだろうか?数年に1,2度帰省することはあったが、すでに叔母は亡くなっていたから駅裏には行くことがなくなっていたのだ。
「ロ短調の道」に投稿したコメントで、ボクが「武蔵野の面影に似て」いると語ったら、『この道、貴兄もを知ってるはずですが・・・』とあるが記憶の外にしかない。種畜場方面には行ったくらいで駅の南側方面は写真的に未開拓なんだ・・・。(ちなみに昭和39年から40年の12月まで府中市の米軍基地付近に住んでいたから、そこらへんは武蔵野なんだろうね・・・) 

この年、2011年の3月は未曾有の大地震だったな。あれからまだたったの5年しか経ってないがもう風化してしまった。福島の“原発事件”もどこ吹く風になってしまった。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」、なんでもすぐ「水に流してしまう」日本民族の悪しき本能なんだろうな。

余談だがいま、藤圭子の演歌をユーチューブから引き込んで聞きながら想い出に浸っている。

もうひとつ。実はボクのプリンタも「如月より」をプリントすると下部分の数行が印刷されないのだ。山姥さんのや他のやつはそんなことがない。D氏も自分のブログをプリントすると切れるといっていたのを思い出したよ。(2016.11.25)

(「野辺地の秋、深し・・・」(2016.10.18)を読んで)

これはごまかせない‥

煙に巻くことも出来ない。増して単独登り詰めもできない。ダイナー氏の語りを待つか‥‥

Re: 記憶の外にある想い出

ほほう、それはそれは……。

昔の地図はネットで探せばあるでしょうが、なかなかそこまで手が回りません。私が昔の地図で調べたいのは、野辺地の森林鉄道の経路です。野辺地駅の裏から北ノ又沢というところまで10.7キロ、清水目林道というのが引かれていました。我々が高校を出るのと同時期に撤去されたと記憶します。

ロ短調の道は切明と上小中野の間を南西へ行く道がそれです。叔母さんの家はたぶんあの辺だろうと想像できますが、そこからバイパスを突っ切って南西方向へ行く道です。畜産試験場とは枇杷野川を挟んで南東に当たります。

歌謡曲は藤圭子も泣けますが、季節柄、テレサテンの「雪化粧」を聴いて泣いています。

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