砂糖の縁 

精製糖発祥

4月29日の「風薫る」の画像は注目していただけなかったようだが、カーブミラーではない。タンクローリーのお尻である。中身は「液糖」とある。なぜ液糖かというのが今日のテーマだ。
今日の画像は我が団地内にある「我國精製糖発祥之地」の碑。
砂糖は昔、貴重な薬品として使用されていた。日本での精糖は八代将軍吉宗が琉球から甘薯苗をとりよせて黒砂糖を製造したのが始めである。しかし純白な精製糖は輸入によるほかなく、幕末から明治にかけて試みられた精製糖工業は何度も失敗している。鈴木藤三郎は明治11、12年頃から精製糖の研究を行い、明治16年に氷砂糖の製造に成功、23年頃には純白な砂糖を作ることに成功する。藤三郎は明治の発明王で特許が159件もあり、我が国産業革命の父と言われ食品工業に多大の貢献をした人である。
藤三郎は氷砂糖の精製に成功したあと工場を砂村(現北砂)に移し鈴木製糖所と称した。同28年、日本製糖株式会社を創立。砂村は小名木川の水運で工場の立地に有利だった。29日の画像を横切るのは小名木川である。鈴木製糖所の建てられた場所はかつて吉宗が甘薯苗を栽培した畑だったという。その縁か今でも北砂の小名木川沿いには液糖を運ぶタンクローリーの会社がある。なお、日本精糖は後に大日本製糖となるが疑獄事件を引き起こし、社長がピストル自殺を遂げている。
   

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