またサンクチュアリが消える? 

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今日はダイエーで別の会社のクーポンを出し、大恥をかいてしまった。お嬢さん、人生色々あるもんだ。老人のミスを軽蔑しちゃいかんよ。今日は昼から下痢でいささか気力低下していた。下痢の原因は分からないが、このところ朝の寝覚めがよくなかったのは事実。こういう時は下痢になりやすい。

                      
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さて、このところイベントが続いた。市民の声・江東の区政報告会、第2回「仙台堀川公園を考える」報告会、そしてプエンテ~暮らしとまつりごと~主催の「もう一つの世界は可能だ!脱・新自由主義を目指す勉強会」第五弾(ベーシックインカムを取り上げた)である。
市民の声・江東は現在中村まさ子区議1人の会派で、自公に追随する他の無所属議員とは一線を画している。築地移転、中央防波堤埋め立て地の帰属問題、学校選択制の見直しなどが報告されたが、深刻なのは香山リカさん講演会中止の問題である。私は知らなかったが、6月に区社会福祉協議会・香山リカ講演会実行委・豊洲こども食堂の3者主催で香山リカ講演会「地域福祉セミナー なぜ今こども食堂が必要なのか」を予定していた。区の教育委員会も後援している。それが約20件の抗議電話・メールが入ったことを理由に、警察に相談の上中止にしたというもの。例によって抗議の内容も事実関係も十分明らかにされない中での不明朗な中止で、テロリズムに屈したようなものだ。
ヘイトスピーチに反対する香山リカさんひとりへの抗議であり、自治体の関わる講演会としてターゲットにされた可能性が大きいと見られているようだ。在特会が発信源ではないかとか、百田尚樹の大学での講演会が中止になったことへの意趣返しではという声もあるとか。

                      
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仙台堀川を考える……というのは、塩の道橋をはじめ当ブログでもそれとなく画像で紹介している仙台堀川公園だが、その内、清洲橋通りから小名木川までの約1.1キロを当初事業費40億円、工期5年で江東区が整備改修するという計画が発端である。平成29年着工のところ土壌汚染が見つかって30年着工予定となり、事業費も50億円を超える予定だ。
付近住民としては緑豊かで水鳥の遊ぶ水辺があり、ウォーキングにも散策にも最適な空間であるが、その豊かに育った樹木の58パーセントを伐採し、水路を暗渠化して上に生物の棲めない人工の水路を造設、両側の車道を広げさらに内側に自転車通行帯を新設するという無謀とも言える計画が、区報にも載らず住民にはほとんど非公開で進められたのである。また電線地下化とからみ、その地上施設が中に設置されるとも聞く。住民の意見で一部修正されたが十分ではない。この整備計画部分はまさに私のささやかな生活圏に重なる。
現在、有志の手でサイトができ、見直しを求める運動が始まりつつある。私も及ばずながら参加して力を貸したいと思っている。爾後のことは追々報告していきたい。集会は数十人が参加して熱気むんむん。市民の声・江東の中村区議のほか、共産党区議の姿もあった。ベーシックインカムのことは次回にしたい。

                         
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コメント:

今日は立秋

迷走台風5号のせいで、立秋という気分ではありませんが…苦笑

体調はいかがでしょうか?
ここ数日は明け方の気温が下がりましたから、寝冷えをしたのかも………
お大事になさってくださいませ<(_ _)>



仙台堀川公園問題は、渋谷区の宮下公園のトラブルともある意味で同質のものを感じます(渋谷区のほうがタチが悪そう…)
公園は誰のものか、ということですよね
区が管理している公園であっても、利用者(地元民)の意向を考慮せずに、「整備改修」して良いのか………
ただ、公園の場合は、特に樹木が生い茂ってくると安全面での心配も出てきます
昨今の公園は、犯罪抑止のために見通しを良くしてなるべく死角を作らない方向で植樹がなされているようですし…
「緑豊か イコール 憩いの空間」とはならない現実があります
でも、水路を暗渠化したり車道を広げたりとなると、公園整備の名目での道路工事に見えますね
自転車通行帯が、ジョギング集団に占領されたりして…苦笑

Re: 今日は立秋

>なるべく死角を作らない方向で植樹がなされている

犯罪防止の観点はこれまでの議論に出てきていないようですが、元々運河の跡地で幅の狭い公園ですから、それほど問題にならないのかも知れません。いずれにせよ、City In Greenを標榜する江東区の方向性からも伐採一辺倒でいいものか疑問です。

>公園整備の名目での道路工事に見えますね

実態はそうなんですが、区は道路と一体化しての議論を拒否しています。
現在の両側1車線ずつの道路を2車線にすれば当然交通量は倍増しますが、それに加えて道路と公園の隔壁を低くしようとしており、子供などの飛び出しが懸念されます。

小池知事の進める共同溝方式による無電柱化は、電柱に比べ10倍から20倍の費用を必要とするそうですね。それに地上設備がそんなにスペースを食うとは……防災のために不可欠なインフラの改変とはいえ、もっと先端技術を生かし圧縮してもらいたいものです。

防空壕

ボクが小学生の頃、近所の悪ガキ連中とひたすら遊びまくった場所が墓地と愛宕公園と言う小高い丘だった。その公園の頂上は結構な平地で、丘のまわりは松の木が平地を囲むようにしてあり、木登りをして遊ぶにには最適の遊び場でもあった。
四方八方に伸びた枝ぶりは、そこに板を渡して樹上の小屋を造るにはもってこいだった。小屋といっても床板を固定しただけだが、数人が一度に座れることが出来たから結構頑丈だったのだ。
そこでゴロ寝をしたりターザンごっこをしたりして、日がな一日を遊びまくった。
その公園の平場に半地下状のくぼみがあって、何の穴なのか深く考えることなく、ガキどもには格好の遊び場でもあった。2人くらいは背を丸めれば入れたように思った。あとで聞いた話だが、それは戦争中の防空壕だったところだという。

後年、先の戦争がテレビや映画化され、庭先に掘られた防空壕に、空襲警報のサイレンが鳴ると三角頭巾を被って隠れる様子を、何度か見たことがあるけど、あれよりももっとチャチで、およそ防空壕などと言えた代物ではなかった。いつ掘られたのか分からないから、ある程度は自然崩落で埋まったのかもしれない。

最近北朝鮮のこれまた狂人が盛んに戦争ごっこを始めていて、我が国はその射程にはいってしまった。
「Jアラート」が発令されたらすぐ避難をするべく訓練が、ポツリポツリと自治体で行われ始めた。公共交通機関も運転見合わせをするなどしているが、今のところ9自治体が実施している。着弾までわずか10分足らずでしかないのにかんたんに避難できるものだろうか。どうもしっくりいかない。

「平時から危機感が重要」といって、訓練の重要性を訴える某大学の教授が煽っている記事を見た。「訓練への批判の背景にある国内の危機意識の低さ」を嘆いて、日頃の教育の必要性に言及している。
うさんくさい。なんか気になるのだ。暗に「訓練への批判の背景」にあるもの追及せよ、と安倍内閣がもっとも喜ぶことを煽っているとしか思えない。
そのうち、訓練に参加しない者は非国民と呼ばれるんだろうな。自宅の庭には、とっさの場合に備え防空壕を掘れと言い出すのかもしれない。

また、あの夏がきた。
決して風化できない残酷の戦時を、再び繰り返したがっているアベシンゾウの心中は、「国家を守るためには国民の犠牲を伴うが、やむを得ないだろう、今後は国主導の避難訓練を早急にやっていきたい」「反対する組織、個人は共謀罪の対象となる」なんてこと思ってんだろうな。

「終戦」なのか「敗戦」なのか、日本は8月15日を終戦記念日としているが世界大戦の参加国はすべてが9月の2日や3日としているそうだ。にもかかわらず、日本はいまだに歴史認識が全国民共通認識になっていないから曖昧のままなのだ。それはいったいなぜなのか、「敗戦」を認めれば靖国神社に祀られている戦争遂行責任者の名誉を否定することになるからだという。
すべてを曖昧なまま片付けてしまう日本民族の資質は、天皇陛下の玉音のひとことで全ては終わった。

葦原の山姥くんなら400年の歴史認識を持っているだろうから、こんなことも知っていると思う。防空壕とともに「傷痍軍人」と言う呼び名を・・・。
ボクも子供の頃には、橋の袂や賑やかな人通りの路端にじっと座っていたり、アコーデオンを引いたりしてアルミの小鉢に入る小銭を見つめている姿を今でも思い出すことができる。
子供心によくわからないまま、いつの間にか見ることがなくなったけど、戦争遂行責任者らは彼らをどんな目でみていたんだろうか。

「あとは水に流そう」のひとことで未だに戦争遂行責任者の責任が曖昧なまま72回目の「終戦」を迎えることになる。   (彰)

Re: 防空壕

しっかし、少しぐらいは私の記事に言及してくれないものでしょうかね。
┓( ̄∇ ̄;)┏

愛宕公園の防空壕は知りませんが、平らなところにあるってのはヘンですね。都会ならともかく……。水神宮の下の崖に横穴式の防空壕がありました。海の方から機銃掃射されるとひとたまりもなかったでしょうね。東京などでも貧弱な防空壕に逃げ込んで焼け死んだ人が多かったとか。米軍の焼夷弾の威力を知らされていなかったんです。というか、政治家も軍人も知らなかったというのが真相でしょうか。

傷痍軍人……ここはお国を何百里~などとハモニカを吹きながらカンパを募っていましたね。彼等は結構財を成したでしょうな。

同病相哀れむ

ははは、お腹の調子が悪いのは、同じですね。悪いものを食べたか、暑気あたり気味か…。なぜか、体調は大納言氏とシンクロしているようです。妙齢の女性とシンクロするならいいのですが…。いや、そんな女性は現れるべくもないですが…。

どっちにしても体力の低下と関係があるかも。近頃、体の変調の様子がブログに書かれることが多くなったと思う。「恒常性」の機能が、加齢とともに低下していることなのでしょうね。
ま、今までと同じと考えずに、これまで以上にご自愛下さい。

香山りかの件、過日いち早く直接社協に抗議をしました。だいぶ前になったが。こういうことは、間髪を入れず電話、ファックス、メールを入れることが大事です。わずか20名?とかの「脅かし」があったことを理由に、集会の自由が損なわれることは座視できない。そもそも社協というのは行政の天下りで、およそ福祉とは関係ない連中がど真ん中に座っているどうしようもない組織で、多分真ん中に座っている元行政マンが「子どもへの危害があれば…」とかいうゴマかしを思いついて、中止の命令をしたのでしょう。

こういうことには、敏感に「声」をあげることが一番。みなさん、NHK、新聞社などには、どしどし意見を言いましょう。とにかく、声を上げることです。

Re: 同病相哀れむ

なぜか下痢するのは昔から日曜日(厄日)か、または3・12・21・30の山羊座の厄日。しかし最近は下痢の激しさが増してきているようです。自律神経失調症か……寝起きが悪いのが色々悪循環になっているようです。

さて、社協に抗議したとは本部にですか? 6月の事件で今頃抗議を受けるとは思っていなかったでしょう。
江東区の社協は会長が区長で忙しすぎるの(が原因)では、という意見が出てましたが、そんなことあるか。自民党の区議だからむしろ喜んでひっこめたのでは? 山崎区長は私やたかしくん、ミルナくんとも同じ昭和18年生まれで、現在5期目の長期政権です。五輪予算はもっと増やせというほどの立場。江戸っ子で物事をきちんと考えるタイプじゃありませんね。

傷痍軍人

幼い頃、上野や浅草に行くと必ず見かけたものです
たいていには二人一組で、一人は足を負傷し松葉杖姿でアコーディオンを弾き、一人は肩から腕にかけて包帯を巻き三角巾で腕を吊るしていましたっけ
誰も何も教えてくれず、誰かに尋ねることができない子どもだったこともあり、彼らが訳もわからずただ無性に怖かった………
浅草の花やしきも上野の動物園も大好きだったのに、彼らの存在ゆえ親に行きたいとねだることができませんでした
最後に見たのは、ちょうど三昔前(1987年)の春でした
上野のお山から不忍池にかけて桜を見ながらあてどなく歩いていた時、実に十数年ぶりに遭遇したのです
衣服もゲートルも包帯も鞄(布製の肩掛けカバン)も、おろしたてであるかのように眩しいくらいに真っ白だったのが、強く印象に残っています(昔の傷痍軍人は薄汚れていました)
おや懐かしい…と思った次の瞬間、この人たちはいつどこの戦争で負傷したのかしら、と疑問が浮かびましたっけ(苦笑)



防空壕を作らにゃならなくなった頃は、多くの地域が女こどもと年寄りばかりで、頑丈な防空壕なんて望めなかったと思います
そのうち金属供出させられ、掘る道具すらなくなってしまったかもしれませんよね
お国は、しもじもの者から略奪することしか考えていません
傷痍軍人のなりで物乞いをするのも、しもじもの必要に迫られての知恵の一つだったのかもしれません(胴元がいた、という話も聞いたことがありますが…)

Re: 傷痍軍人

こらこら、誰が傷痍軍人の話を……。

観察が細かいこと。腕を吊ったらアコーデオンは無理ですからね。ハ-モニカじゃ迫力が出ません。87年に目撃というのはなかなかの情報です。ま、負傷したならいつまでやっても文句は言えませんが……。

防空壕はそもそも空襲に対する政府や軍の認識がまずかった。今でも机の下に隠れましょうなどと言ってるくらいですからね。空襲を舐めていたと言ってもいい。推奨されたのはバケツリレーですが、米軍が投下したのは化学焼夷弾で水で消せる代物ではなかったんです。ドイツが降伏してヨーロッパ戦線用に開発製造された高性能の焼夷弾が大量に余ったのが日本にとっての悲劇でした。そこが戦争の止め時だったんですが、日本には戦争を終わらせるという思考はなく、昭和天皇など「連合軍にがつんと一発喰らわせてから(講和だ)」などととぼけたことを言ってたくらいです。空襲でまじめに消火活動に当たった人ほど多く亡くなってます。

自然保護区

唐突だが盛岡市の西方に「サンクチュアリ」という名のお店がある。アイスクリームを販売したり、観光案内をしたりするところだ。この地域は盛岡市の奥座敷といわれ、温泉が豊富で忘・新年会など仕事が終わってから気軽にいける穴場になっている。もちろん今頃の季節は緑濃い渓流そばの宿でゆったりくつろげる。これこそがサンクチュアリだ。

自然保護区とか聖域とかの意味だという。
公園の定義をいまさら云々しても始まらないが、東京には自然状態を保った公園はない。智恵子の東京には「空がない」と同義語かもしれない。

仙台堀公園を改修するという話だが、樹木と清流あってこその公園雰囲気であるだろうが、半分以上も伐採したらそこはもう公園ではないのではないか。
ごく最近北国地方でも道路の拡幅とかで、あっちこっちの緑豊かな大樹が切られいる。人間の寿命よりも遙かに長く生きて酸素を供給してくれている事がどれほど重要か、人間の浅はかさをいつかは思い知ることだろうね。

南部藩の首都でも、江戸から(それ以前からかも知れない)の歴史を見てきた樹木を消し去ってしまった。もりおか歴史文化館を造るとかいって、長い歴史を刻んできた大樹をばっさり切ってしまったが、何のための何の歴史館か。
切る切らないの争いも今は昔となってしまったが、憩いの緑陰がなくなってしまい、城址から続くサンクチュアリがなくなってしまった。

東京の公園は見てくれだけの箱もの行政の一部でしかないから、そこには自然状態とはどんなものなのかは全く考慮されていない。暗渠してその上に人工の川を造るだって?本気か!気狂い沙汰だ。生物の棲めない小川に何の憩いがあるというのだ。葦や名もなき草ぐさが生えて名もなき生物がゆったり泳いでいるさまこそが真のサンクシュアリじゃないのかね。(彰)

Re: 自然保護区

東京のいわゆる「親水公園」は川ではありません。
川もどきで本来の川は暗渠化したままその上に浄水を流し、事故なく水に親しんでくださいというわけですな。都内に何カ所もできましたが、それなりに樹木が茂り、車は通らないので気軽な散策や子供たちの遊び場としてはいいかもしれません。自然なき東京の人工の自然空間と言えます。

仙台堀公園はちゃんとした本物の水面があり、水鳥やトンボ・カメが生息しています。植栽には絶滅危惧種のタカの一種、ツミも観察されているそうです。春のサクラ、秋の紅葉は緑の少ない江東区の貴重な資源です。確かに運河の護岸をそのまま公園の境界にした造りは今となっては古いし、護岸や植栽の劣化も大きいと思う。だからといって区の考えるような道路を含めた大幅改修が、区民のコンセンサスを得ないまま進められることには賛成できませんね。水と緑の街の復活を願う。

2時に寝て9時半に目覚める

ヘンな夢を見ました。
知り合いの若い知人のところへ行くが、延々と退屈なパフォーマンスを続けていて、飽きてしまう……。

昨日は眼科。帽子を忘れた上にバスに乗りそびれ、歩いて帰ったので頭がすっかり焼けました。大失敗です。

台風一過

台風5号はどうやら日本海にでて我が藩にはお構いなしのようだ。まだ安堵はできないが今朝の目覚めが8時半といつもより2時間近くも寝坊した。午前2時半ころに小用に起きての後からだから、いつもより長くは眠ったが・・・。
そのせいかどうかトイレは便秘!気張ると血管がパンクなんてことになりかねないので、腸内に留め置いた。早々に流罪申しつけたいところだが稲田同様なかなか罪を認めないので往生している。

ヒンヤリした朝、風はまだ結構あり、雲は流れず台風一過の夏空は明日以降か。(彰)

雲も流れず留め置きし固体流れず

流罪申しつけるもお留め置き令依然強し

便よりも睡眠優先台風一過

商用なき小用差し控え大までも留め置く

Re: こらーっ!

通りがかり人殿、久々のお出ましにとりあえずご挨拶を……。

宿便の重さ気になる今日の雲

世の中はお盆休みのひっそり閑

朝の小用、黄土色なる危険かな

長崎の鐘

安倍首相、何を語るか……。

秦郁彦『八月十五日の空 日本空軍の最後』(文春文庫)を読むと長崎の悲劇性がはっきりします。長崎は2発目原爆の第一の目標ではありませんでした。B-29が最初向かったのは小倉です。3度進入を試み爆弾倉の扉を開きましたが、邪魔が入って目標を長崎に変更。こちらは偶然雲が晴れ、市の中心部が露わになったのが運命を決めたと書いています。
秦郁彦は実証的な右派学者で、教科書裁判の国側参考人を務めたり慰安婦問題では慰安婦側に手厳しい論評をしていますが、昔の航空戦関係の本は大変ためになります。

雲の切れ間

ちょうど城山三郎の「忘れ得ぬ翼」角川文庫を読み終えたところです。そうですか、そんなことで、長崎に。空中戦なら、まだ、ひかれますが、原爆が絡むのはいやだな。ダイナー氏はいろんな作家を知っているので、助かります。早速注文しました。
 海音寺潮五郎の西南戦争の田原坂というのも読みました。薩摩は焼酎の樽酒をあおって突撃していったのですな。恐怖をなくすため。いま、薩摩の焼酎のもらい物を飲んでいるので、これをストレートで飲んで、突っ込んでいくのか、と、思いました。南部藩は恐怖を取り除くため、日本酒を飲んで、突っ込んでいったのでしょうな。私も強く戦争に反対で酢添え。酢でも添えて猛反対します。サンクチュアリは雲の中だけ‥ううむ。

Re: 雲の切れ間

> ちょうど城山三郎の「忘れ得ぬ翼」角川文庫を読み終えたところです。

「忘れ得ぬ翼」は海軍中心みたいな何ですが、そうでもないんでしょうか。戦争末期に活躍した海軍の紫電改は漫画にもなり人口に膾炙しましたが、陸軍は野暮ったくてちと華やかさに欠けますからね。
特攻隊も死出の杯などと言って酒を飲んで出発しました。末期の本土防空戦でも多くの悲劇を生みました。最後は米軍機が我が物顔で飛び回っていたんでしょう。

「出口」管理は人類万人の問題

出口を滑らかにすることは、人類万人の課題。
 チューブから「モノ」が出にくいのは
 ①「モ」が固いから
 ②「モノ」が出るに必要なチューブの圧力が低いから
 ③出口に「モノ」が出るための滑らかさがないから。
 ①は しょうがない。
 ②は、頑張りすぎると、血圧が上がる
 ③は 少しだけ潤滑油をさす。ないし入れる。
 かかりつけ医に話すと、「ポステリン」(他の呼称があるかも)という坐剤をくれる。本来は「出口」の治療薬だが、潤滑油の役割も果たす。そうすると、頑張らなくても固形物は出ることが多い。たまに使うのには都合がいい。ただ、緑内障などにはあまり好ましくないとかあるが…。また習慣化は同様によくない。他にもいい方法があれば、教えて下され。

 嘘つくと苦しいもの。今の政治状況は、「うそ八百」の例えのとおり。ウソのうえにウソをつく。またウソをつく。ウソはどんどん増殖していく。最後には「記憶にないのでありません」と、「観念」と「存在」が逆転したような倒錯した言い訳がはびこる。
 
 「政治の私物化」 もりかけ問題は、たんなる国有財産の私物化などではない。日本を「マフィア型国家」にするのかどうか(長谷部恭男)が問われている。思想信条を問わず、マフィア政治にはノーと言うしかない。

Re: 「出口」管理は人類万人の問題

ポステリザンですね。強力ポステリザン注入軟膏
私もだいぶお世話になりました。コーチゾンを配合し切れ痔系には抜群の効果を表します。いちぢく浣腸風の容器が内部の患部に届くのがよろしい。今は薬局で買える同様のボラギノールもあるけど、こちらはもっと強い(たぶん副作用も)。

これらは痔の薬ですから、簡易には前夜にキャンディーを押し込んでおくといいという話も聞きましたよ。ノンシュガーのキャンディーは便がだいぶ軟らかくなり、多量に食べると下痢します。果物ではバナナもお薦めです。余談ですが、双子座の人は必ず便秘を患います。

>「観念」と「存在」が逆転したような倒錯した言い訳

まさに、おっしゃる通り。
特別監察が国会質疑の防波堤になっています。稲田ともちんは観察の対象じゃありませんしね。そもそも、小野寺を防衛相にしたのは得意ののらりくらり答弁で野党の攻撃をはぐらかそうという魂胆なんですから、話になりません。未だ表に出られない佐川国税庁長官もそうですが、隠す・はぐらかす・ごまかすでどこまで乗り切れるでしょうか。マスコミの奮起を期待したい。



マスコミの奮起?

「マスコミの奮起」以上の問題として

「マスコミは奮起できるのか」ということが大問題だと思う。
今月号の「世界」を読んでいる。「報道と権力」。既成のメデアにかわる市民出資型の「調査報道」の実態や可能性について論究がある。「ジャーナリズムと市民社会の再接続」という花田達朗の論文、「ジャーナリズムの本義に立ち戻るための挑戦」も面白い。

国家権力とメデアが渾然一体化してフェイクを垂れ流す現実をどう批判し、乗り越えれるのか。

じーっと資料や本を集めてきたことがー大納言氏の時宜を得た情報提供もその中に入っていますー近頃、だんだん全体状況をつかめるようになりつつある。メデアリテラシーが時代を変える。「情報教育」こそがキーポイント。
 

Re: マスコミの奮起?

お早うございます。

>近頃、だんだん全体状況をつかめるようになりつつある。

そりゃすごい。私は未だにポスト真実の意味も飲み込めずにおります、ハイ。
マスコミは奮起できるか。市民出資での再構築も1つの方法だろうとは思いますが、いずれにせよ、これまでのような「大マスコミ」は退場するということでしょうか。歴史的には瞬間に過ぎない安倍一強を補強する、フジサンケイ(ZAKZAK)などの跋扈も目障りでしょうがありません。
ブログの更新は猫の写真がたまったら行います。

安倍は死に体だ

安倍は死に体だ。どんなにジタバタしても、本人を信頼できない人間が多数という状況で、巧言令色まき散らしても、お釈迦だ。トランプとそろって末期的だ。この二人がそろって去って行かせなけれならない。政治は「国民の不断の努力」なしには語れない。15日には街頭に出よう。一人でも非戦を叫ぶために。

 もう 戦争は いやだ
 武器から 平和は 生まれない
 シリアを見よ 廃墟を作って 平和と呼ぶか
 武器から 平和が 生まれたためしはない
 
 戦争の火種をなくすのは理性のちからしかない。 

Re: 安倍は死に体だ

土曜日の東京新聞・「考える広場(気分はもう戦前? 今の日本の空気)」がたかしくんの嫌いな三浦瑠麗の文章を載せていたので一読したが、聞きしに勝るバカですね。稲田ともちんもビックリの主張をしておりました。戦前の空気がひどかったのは1943年から45年まで、今の民主政治は成熟し抑制が利いている、一国平和主義は幼稚、台湾の李登輝総統は戦前の日本が育てた人物(だから当時の日本は悪くない)……等々、いったい何を見ているのかといいたくなるような暴論が並ぶ。よく載せたものです。

トー大農学部から「国際政治学者」へ 基礎知識すらない政治学者

三浦瑠麗(はい 今回は間違わないように) このオンナの発言は 最低の政治・歴史知識の検定をしてみたいほどの驚きの無知。
 日本は経済的に余裕がないから、戦争するなんて考えられないでしょ 考える方がおかしい とか。「私は安倍さんは戦争考えていないと思いますよ」とか…。すべて「論拠」を示さず「トー大卒」の「国際政治学者」の肩書ですっとんだ言説をまき散らしている。「トー大」「国際政治学者」をフルに使って。このオンナは今のうち本質を暴いておかないと、とんでもないことになる。
 ここで「オンナ」と表現したのは、自称「美人」を売り物にしている「女性」だから。この程度の発言を男性がしたら、小ばかにされちゃうでしょう。まさに「オンナ」を武器にしている。
 稲田もびっくりのびっくバカだが、「学者」の仮面をかぶっているから、各紙に登場する。
 東京新聞の記事を読んでみたいものだ。

 このオンナは、新型アカデミック右翼 アカウヨともいうべき存在でTV,新聞に出まくっている。北朝鮮問題では「日本は非核三原則をやめればいいんですよ」(過日の「朝日テレビ」での発言)とか、なんの論拠も示さず、長年の「国是」をあっさりと投げ捨てよと扇動する。
 トー大の教育がいかにひどいものか、豊田議員をみればわかるでしょう。三浦の場合は、大学院教育がバカを量産している実態を明らかにしているという点でも、問題だ。
 問題なのは、このオンナをトー大総長のシンクタンクに位置づいている組織の「講師」に採用したことだ。まともではない。

よくぞ載せたものです

 こういう「よくも載せたものです」という記事に対しては、機敏に新聞社に意見をいうことです。
 
 望月いそ子さんにしても「頑張ってるね」「日本の記者クラブのなれ合い体質を打破して」とか、きちんと「声」を届けること。そのことが新聞社を動かす。黙っているとネトウヨの攻撃にさらすだけ。正義は黙っているのではなく、絶えず発信することで「正義」となる。
 とにかく「声」に出すこと。小さな声の集積が、民主主義を守ります。

Re: よくぞ載せたものです

望月衣塑子ですね。かな書きされると誰だか分からなかった。
菅義偉とのバトルは「会見は質問に答える場ではない」などというトンデモ答弁を引き出しています。産経によるとこれも東京に朝日が荷担して時間を独占しているという話になってしまう。

1945年8月15日

今回特にダラダラと長くて申し訳ないが歴史の節目なので・・・

ボクはまぼろしの国、満州国の大連というところで生まれたそうだ。生まれた日から2年と4日目、8月14日にポツダム宣言の受諾(日本の降伏表明)を連合国に通告したが、つまりこの時点で日本は『降伏=敗戦=実質的な終戦』をしたことになるという。
ボクのオヤジは満州鉄道でSL(アジア号)の機関士をやっていたと聞いたことがある。戦時中は仕事がらそこそこの生活をしていたようだ。しかし敗戦、ソ連の満州国侵攻を機に引きあげとなり、今があるのはなんとか帰ってこられたからということになる。

8月15日が「太平洋戦争の終戦の日」となったのは昭和天皇が「玉音放送に」によって終戦の詔書が国民にむけて読み上げられたので「終戦の日」としているが国際的には通用せず、あまり意味のある日ではない。
連合国側にとっては9月2日に戦艦ミズリー号で降伏文書(休戦協定)に調印してはじめて終戦が成立したことになる。ただし、これもあくまで戦闘が終わっただけで、なお戦争状態のままである。
正式に戦争が終わったのはサンフランシスコ平和条約(1951年9月8日に調印)が発効した1952年4月28日となる。

では日本人が信じる8月15日とは何か、そもそもこの日は「終戦の日」なのか「敗戦の日」なのか。昭和天皇が「玉音放送」という形で日本国民と日本帝国軍人に武器を置き、敵対行為をやめるよう命じたもので、戦闘行為をいったん休止する「休止宣言」をした日であるといえる。しかし、当時の国民からすれば天皇陛下の肉声(玉音)は全てに優る絶対的なもので、改めて「敗戦」の現実を突きつけられた日が国民にとって実質的な「終戦」となるのである。

「終戦の日」は一般に戦争が終結した日をさす。伝統的な戦時国際法において、休戦協定の合意は口頭による同意があれば良く、文書の手交は要件としない。このため、休戦が協定された日と休戦協定が外交文書(降伏文書)として固定された日は異なり、実際に各地の戦線で休戦が合意された日もまた異なる。(ソ連の領土略奪侵攻をみればわかる)

日本においての戦争が終結したとされる日は諸説あり、1945年8月14日、同15日、同9月2日そして1952年4月28日とあるがどれにしても「戦が終わった日」と理解していても間違いではないという。

半藤一利の昭和史によれば、戦争というものは起こすのはたやすいが終えるのは容易ではない。日本が一方的に「ポツダム宣言を受諾してやめます」といって終わりになるわけではない。ポツダム宣言受諾は「戦争状態を終わらせる」、「戦闘をやめる」ということだ。きちんと「降伏の調印」をするまでは、戦争そのものは完全に終結していない。それを日本は、みっともない話し、実は知らなかったという。

物ごころがついてからの事だが「8月15日は、なぜ『敗戦』でなく『終戦』なのか」理解できなかった。学校で習ったのは終戦だけだったように思う。
今でこそネット社会の中にあってちょっと検索しただけで、右から左へと嘘かマコトか分からないが、溢れる資料を知ることが出来るようになって少しは理解出来るようになった。

ボクの思っていた疑問と同じことを、防衛大学名誉教授・佐瀬昌盛が産経新聞の「正論」に「戦後72年に思う」と題して意見を述べていた。『昭和20年8月15日が、どうして終戦なのか。敗戦ではないのか』と『国民学校5年生の私にとって、それは紛れもなく敗戦であった』という。
『いったい敗戦がどうして終戦になったのか。終戦には価値判断が欠けており、第三者的で痛みを伴わない。他方敗戦には屈辱感が漂う』という。
締めの言葉に『私の世代は国民学校に学び小学校を知らない。文字通り軍国主義教育。だから日本は戦争に敗れたのであり、戦争が終わったのだという気はない』というような趣旨を述べていたが《「産経新聞の正論」、「防大教授」》から連想すると、教授の言うとおりなのかな、それとも反面教師としてのラベルで見たほうがいいのか、彼の私見に興味があったので引用してみた。

ボクに関して言えば「戦争」についての歴史認識が足りないからウロウロしてるけど、たまたま誕生日と終戦の日、盂蘭盆会が重なっていたので今は亡き両親の想像も出来ない苦労をよすがとしたのである。

なぜ「敗戦」でなく「終戦」なのか。ボクは未だによく判らない。そこには単なる言葉のあやではなく、深い意味が隠されているのかな。
と思いつつ自学自習のために漁った資料を紹介してみた。(彰)

Re: 1945年8月15日

まずは誕生日おめでとう。娘さんのプレゼントは前倒し?

問題が幅広いのでたかしくんの見識に待つとして、1つだけ間違いを指摘しておきます。「満鉄」の正式名は「南満州鉄道」です。支線には西満州鉄道だというのもあったらしいけど。この件では東京新聞の読者応答室の女性と大げんかし、気分の悪い思いをしましたが……。お父上は満鉄の機関士。新幹線の機関士などとは違う大変なエリートですよ。徴用工だったうちの親父とは大違いです。

終戦はニュートラルだが敗戦は屈辱感が漂う……。だから敗戦と言いくるめたか。ところで、今日まで3日間放映されたNHKスペシャルは貴重でした。日本空襲、南樺太への侵攻、今日はインパール作戦を取り上げます。新しい資料映像を加え、貴重な証言もある。是非観て下さい。

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