猫への伝言 

                              
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我が団地の西側に稲荷通りという商店街がある。治兵衛稲荷神社の参道みたいな通りに飲食店や商店が建ち並ぶ田舎風の商店街だ。そこにある写真屋に居着いた三毛が、私を見ると必ずにゃんと挨拶してくれる上に、寄ってきて撫でてとせがむのが嬉しい。美猫だが名前は聞いていない。向かい側の美容院にもベージュの猫がいるが、こちらはすこぶる臆病でカメラを取り出そうとしただけですぐ中へ引っ込んでしまう。小路を北へ入って行くと込み入った路地にSさんのお宅があり、ここにいる茶色の猫がまた人懐こい性格で、やはり私に撫でてとせがむのだが、このところ3、4か月姿を見なくなり心配していた。
先日、通りついでにS宅へ様子を見にいくと、玄関先に主人が佇み猫が足元にうずくまっていた。主人の姿を見たのは初めてでぎくりとしたが、「お宅の猫ですか?」と訊いた。「そうですよ」と答える主人の顔には警戒信号が黄色に灯っている。ヘンな老人がやってきてヘンなことを訊く。こりゃ何者だというわけだ。難癖付けられるんじゃないだろうか? 「餌もやっている」「そりゃそうでしょう。うちで飼ってるんだから。それが何か?」更に雰囲気が悪くなってきた。が、よく見ると足元の猫は黒茶ブチで私が知っている猫ではない。

                             
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「……いやその、もう一匹いませんか? ここらへんによく来てる猫が……」「ああ、いますよ。女房が餌をやってて、二階の物干し場に塒を作ってる」「最近も来てますか? このところ見かけないんだけど」「うーん、そういえば……」だいぶ話が飲み込めてきたようだ。だけど猫がいなくなったわけではなさそうだ。餌はSさんの他に向こうのM宅でもやっているようだし、通りがかりの人がやることもあるという。面相はイマイチだが人懐こいのが天性で、皆に愛されているのも分かる。Sさんはチャと呼んでいると言っていた。
そんな立ち話を聞いていたわけでもないだろうが、今日行ってみるとチャが向こうから歩いてきて猛烈なアタックだ。しばらくぶりに会えて嬉しいというボディランゲージがよく分かる。いつもの3倍の時間撫でてやった。しかし、Sさんと話した翌日に会えるなんて、嬉しい偶然にびっくりした。

                             
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4日は母の命日。5・6・7日と野辺地に帰る予定であったが、メルマガが順調に入ってきていることやギャラリー関係のスケジュールが詰まっているので、14・15・16に延ばした。これは昨年と同じ日程だ。なにより、今日明日の運勢がよくないから。いつも墓参で帰省となると無用に緊張する。同期会の通知が来て11月11日に新宿でやるそうだ。今回ばかりはどうしようか迷っている。
       

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モーツアルトの猫の二重唱

今回のブログは、大納言氏の愛猫家ぶりを遺憾なく発揮している。全編、これ猫編ですな。

>いつもの三倍撫でてやった

 いやいや「撫でさせてもらった」と書くべきでしょうか?

モーツアルは愛猫家として知られていて、作曲中に猫を見かけると中断して撫でてやったという。晩年に共作したとされる喜劇に「賢者の石」というのがあるが、その中に、魔法にかけられた女性が何をいっても「にゃん にゃん」(ドイツ語?ではミヤウ ミヤウと鳴く?)とだけ答えるソプラノとバスの「喜劇的二重唱」とも呼ばれる曲がある。

 はじめから終わりまで、登場する女性は「ミヤウ ミヤウ」というだけ。
 やがて、魔法が解けて、言葉を取り戻すのだが…。

Uチューブは下記 

https://www.youtube.com/watch?v=0jeP8vEiaI0

ま、猫好きな大納言氏に、猫満載お歌をお勧めしましょう。ミヤウ ミヤウですよ。


 

Re: モーツアルトの猫の二重唱

撫でさせてもらった、です、ハイ。

モーツアルトが猫好き。そりゃ嬉しい初耳です。確かにあのメロディーには跳躍する猫のイメージが窺えます。ヘミングウェイも猫好きで日本人が残したタキという猫を飼っていたそうです。タキの本名はタケで、タキが亡くなったときのペットロス症状は大変なものだったようです。

「いざ、いとしき乙女よ、共に行かん」拝聴しました。街猫の魔法が解けたらスゴイことになりそう……。

ナナカマドの赤い実

北の地では、ナナカマドの実がすっかりと赤く色づいた。おそらく野辺地町のナナカマドも真っ赤に燃えていることだろう。

11年前に妻が壮絶な病との戦いの末に他界したときも、街路樹の燃えるような赤い実が目に飛び込んできたことを思い出す。出会いは野辺地だった。

赤い実は、どんなことがあっても、諦めるな、と励ましているように見える。他のすべての樹木が実を落としても、この木の実だけは厳寒の時季になっても木にしがみつくようにして燃えている。たいして背丈の大きくない木なのに、しっかりと自己主張しているのだ。

秘密保護法、戦争法、共謀罪…これの犠牲者はまだ出ていない。しかし…これは「時限爆弾」のように、あるとき暴走をはじめる。多くの人々の生命を奪う。

人々が諦めに追い越されたとき、権力は凶暴化する。

 諦めてはいけない。諦めたらお終いだ。

ミャオ―の歌 最後はハッピーエンドなら男女の意味深なエンデングを示唆して終わるのだが……大納言氏の愛撫は、なかなかハッピーエンドにはなりませんなあ。

猫の声を発するヒト科ヒト族を愛撫したら…子孫が増えるのにね。
猫だけ増えてもしょうがないや。あ、いや、これは余計なおせっかいか。

 今注文している本
「親鸞と日本人」(中島岳志)、『ナチスの「手口」と緊急事態条項』」(長谷部恭男他著 集英社新書) 
 
 それにしても、安寧な高齢期を迎えようとしていたら、とんでもない時代になった。社会保障も先進国では最後進国。ほんとうに「老いにくい時代」になったものだ。

Re: ナナカマドの赤い実

山姥さんブログへのコメントで、ミルナくんがナナカマドに言及しています。たかしくん家のご不幸は知らなかったが、直向きな赤さは身に染みたことでしょう。しかし、なかなか写真には撮りにくいんですよね。

老いがたくも老いねばならず秋の風
     

8党首討論会

今日午後行われましたが、大変スリリングでしたね。誰も観た人はいないんでしょうか? 概要は「TVでた蔵」で。日本記者クラブのサイトでも動画がダウンロードまたは再生できると思います。

ユリノミクスについて小池はマクロ経済というよりマーケティングだと述べていました。経済施策は皆無に等しいようです。

党首討論会

動画は https://www.youtube.com/watch?v=BJSVqzGEMTA&feature=youtu.be

枝野が国民に謝らないことへの不信

民進党解体にともなう惨劇に責任を負っているはずの枝野は、「立憲○○」を立ち上げて以来、この間の事情をなんら説明もせず、反省もせず、国民に謝罪もせず、少し人気が出てきたと思えば、また勝手なことを言い始めている。
 民進党の解体過程のガバナンスの欠如、党決定のまるで北朝鮮労働党を思わせるような拍手で満場一致決定する滑稽な党運営、同じことを「立憲○○」でも繰り返すのか。「立憲」を名乗るなら、自らの決定手続きにおける民主主義欠如という致命的無能さを、きちんと総括し、謝るべきだろう。
 国民のあいまいな「リベラル信仰」の対象になって、「人気」が出ている状況だが、少し待てよ、と言いたい。

 素朴な「リベラル信仰」はリベラルをいっそう劣化させるだけだ。つぶれかかった民進党にしたのは、支持してきた側にも責任がある。

「丁寧に 争点ずらす もはや芸」 「朝日川柳」10.11付

安倍のごまかしは、詐欺師 顔負けだ。


Re: 枝野が国民に謝らないことへの不信

まず謝るべきは前原ですが、彼は想定内だと居直っている。
枝野氏も立憲民主を立ち上げたから民進党のことは知らないではなく、あの集団催眠的な状況の推移をきちんと説明してしかるべきでしょう。そして新党のガバナンスとアカウンタビリティには強い態度で臨んでもらいたい。古い政治家の枝野氏より福山君に期待しています。むしろ福山君がトップであってもいいくらい。

リベラルの素顔は小池以上かい  闇なべを食わせる選挙か 

IWJ のyoutube で 民進参議院の桜井充へのインタビューが出ている。インタビューアーの岩上安身氏のきびしい質問に対して、なんら理屈の通った話ができない。
見ていて、あれほど森友・加計問題のPCで論理的に役所を責めていたにもかかかわらず、自分のこととなると、まったく逃げている。これって何なの?これじゃ自民党の政治の私物化を批判できないでしょう。「離れていった人の気持ちもわかる」ってなことを言っている。民進は浪花節かよ。自分で政党交付金一人当たり少なくとも数百万も私物化していて、安倍政治の私物化を批判できると思っているのか?全部で百数十億円あるというではないか。
やっぱりリベラルだからといって甘やかしてはいけない。国民の税金である「政党助成金」から「緑の女狐」(「キボ―の党」)にすでに一人数弱万以上振り込まれているという。これは明らかに政治的、道義的、法的におかしいのではないか。リベラルな大衆はリベラル政治家に超甘だ。これだから、リベラルが腐る。

桜井さんの参議院の当選に際しては、仙台までお金をかけて支持を頼んだのに、まったく裏切られた。次は絶対応援しないぞ、という気分だ。

また暗闇選挙が始まった。選挙で許された方法以外の街頭での政治活動はできない。個別訪問さえできない。こんな暗黒選挙で、どんな政策論争ができるのか?
こんな真っ暗闇選挙はぶっつぶせ。
  

Re: リベラルの素顔は小池以上かい  闇なべを食わせる選挙か 

桜井充のことはよく知らないが、あまり緻密なアタマとは思えない。

リベラルは「鉄の規律」を薄めた規律をモットーにしているからそうなるんです。日本的規範を取り入れた自民党が最強ということになってしまう。新たな組織の規範と結合の仕方が求められるのに、諸派みな旗印の如何で対立してきました。そういうものが可能かどうかは分からない。しかしにじり寄っていくパースペクティブがどこかになければ全ては無効です。

一人当たり数百万円以上が緑の狐に渡った?

なんだか、みんな元気かい? 対談みたいになってきたじゃないか。

訂正も含めて 一人数百万ですね、正確にはわから~んですが、とにかく、税金の私物化です。これでモリかけを追求できるか? 勿論できないのですよ。立憲何とかも、できないはずだ。

自民トーの昼定食 モリかけ
希望のトー 緑の狐どんぶり
立憲民主トー 日替わりランチ
共産トー 筋肉入りカレー
小生の昼ごはん 卵納豆かけご飯 

それにしても、お前原切れよ!←わかるかな?と叫びたくなる。あのあほ面を下げて、それでも、演説をしているらしい。なんと醜悪なことか。
 野党の共闘を枝野は「共闘ではない、連携だ」と抜かしている。英訳するとどうなるんだあ? ことば遊びしているところかよ。彼は演説カーで、絶対他の野党と並んで立たない作戦らしい。微妙に時間をずらして、選挙カーに乗るんだそうだ。まるで、コソ泥作戦ではないか。アッホみたい。「保守票が逃げる」だと。
 野党共闘は未成熟なのか。それでもやはり追求しなければならないのか。ひょっとすると「歴史的早産」(これは使い古されてしまった表現だが)なのか。

 野党を増やせ、本当の野党を増やせ
。そうしないと、この国は滅亡だ、戦争だ、悪党がまかり通る「マフィア国家」(長谷部恭夫)だ。



Re: 一人当たり数百万円以上が緑の狐に渡った?

お前、腹切れよですか……。あまりうまくないかな。

共闘ではない連携だ……ふーーん、彼もあくまで共産党とは距離を置きたいらしいね。今必要なのは差を際立たせることではないのに。

帰る前に更新したいと思っているんですが……。

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