続・寒けに右往左往 

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21日、厄日。昨日は効きそうと思われた真武湯だが、今日は朝から寒けが強くて全く動きが取れない。外出も控えた。ファンヒーターは点けっぱなし、PETボトルを使った湯たんぽもすぐ冷めてしまう。やむなくアセトアミノフェン300mgを含むタイレノールAを飲み始めた(食後)。体温計は36.1度から36.5度の間を行ったり来たり。頭が冴えずメルマガ仕事も上手くいかない。不完全なものを2回もアップして恥をさらしてしまった。
そこで夜半に至り酒を飲む。買っておいたのは「一ノ蔵無鑑査」。懐かしい名前である。純米酒ではないが、キリッとした辛口で好ましい。魚肉ソーセージを肴にぐい飲み2、3杯。ホーロー鍋で直に温めたら沸かしてしまった。
次の日、朝は暑くて目が覚めるが、背中は寒い。体温を測ると35.8度。しかし食事をして動き回るとすぐ36度台になってしまう。昼前にクリニックへ行き、真武湯が効かずアセトアミノフェン製剤を飲んで、下痢気味でもあると言うと、カロナール300と下痢止めに整腸剤を出してくれた。クリニックでの検温結果は36.5度。真武湯がまだ残っているので併せて飲む。外へ出ると風がものすごく冷たく感じ、動きが取れない。


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昔ビデオに取っておいた『レッズ』を観ようとしたが、テープが固まって回らない。だましだましして動かしたが、最初の方はうまく観られず全部観るのに何日かかかった。『世界を揺るがした10日間』を著した米国のジャーナリスト、ジョン・リードの半生を描く。監督と主演、リードを演ずるのはウォーレン・ベイティ、恋人のルイーズをダイアン・キートン。2人が一瞬で恋に落ちるあたりは驚きだが、実生活でも2人はくっついたというから大変だ(ベイティは名うての肉食系)。第一次大戦参戦に反対しコミュニズム運動にのめり込むリード。革命直後のロシアに入り革命の熱に驚喜するが、米国の運動は分裂と弾圧の中にあり、彼は自分のつくったアメリカ共産労働党のお墨付きを得るべく再びロシアに潜入する……。
可愛いながら芯のあるダイアンに比べると、牡羊座のベイティはおっちょこちょいの先走りの観あり。しかしダイアン、否ルイーズとて劇作家ユージン・オニール(ジャック・ニコルソン)とも関係を持つ奔放さ。「もうひとつの『ドクトル・ジバゴ』」との評があったけれど、確かに同じ時代を描く大河ドラマでありながら、印象はずいぶん違うとも似ているとも言える。革命の被害者・傍観者であるジバゴに対し、リードはコミュニストとして革命を伝え広め推し進めようとするが、モスクワで病に斃れる。壮大なロシアの大地を描くのは何と言っても『ドクトル・ジバゴ』のほうである。

四丁目の子(中)は尻尾を修復中。右はその友達
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土曜日はポルトリブレでギタリスト、ソンコ・マージュのコンサート。日曜日は平井で「置文」の忘年会がある。体調もさることながら出費がかさむのが心配だ。
                            

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コメント:

障害発生か?

山姥さんからコメントが書き込めないとの通報がありました。障害発生中やメンテ中の知らせはないようなので、一時的なものかもしれません。時間をおいてトライしてくださるようお願いします。酒の名前は訂正しました。

やっぱり寒気が気になるよ

なぜ寒気がするんだろう。やっぱり気になるよね。
いくつか考えてみた。だまっていると眠れないし体に良くないのでちょっと書きます。

何か疾患がないとしたら、体質的なものか外的なものか
1 失礼ですが、布団はちゃんと温かでかつ乾燥していますか?私の場合は、汗っかきなので、数日おきに布団乾燥機で乾燥しないと、朝方に寒くてしょうがない。
 「背中が寒い」というのは、やっぱり布団が寒いのでは。
 ちなみに、私のマンションでは、階下の住民がいない日が続くと、部屋が冷える。階下の暖房が結構上階の部屋を暖めているのです。

2 からだの血の巡りが悪くなっているのかなあ。たとえば
①きちんとした運動をしていない。軽い歩きでは「運動」にはならない。運動しないと、体温を保つ機能ー恒常性ーが低下するのは明らか。
②栄養状態 とくにアルブミンなどの血中たんぱく度が低く、いわゆる低栄養状態になっている。オプションで血液検査のときにアルブミン値を調べて下さい。なお、新栄養基準を参考に。高齢者の3人に一人は「低栄養状態」だとか。これが老廃症候群につながる。
③食事全体で、漢方で言う「冷」の状態になっていないか。冬なのに生野菜類を食べるとか。やっぱり温野菜がいいよ。冬至にカボチャを食べましたか?


 熱がないのならカロナールは300ミリも要らないよ。100ミリ程度でオーケー。これだと胃薬も不要だ。

年末なのに、安倍晋三の悪事の総集編も報道されない。もうこの問題は片付いたとばかりに、あの男は勝手にあちこち出かけている。何?昭恵夫人とともに望年会だと?コン畜生だ。国民は「忘念」しないぞ。今に見ておれ。悪事はかならずバレルし裁かれるんだ。百倍にして返してやるからね。


Re: やっぱり寒気が気になるよ

コメ返、遅くなりました。夕食後に急に気分が悪くなり、トイレに駆け込んだせいです。どうも食前に飲む真武湯がいけないようです。下痢止めも貰ってあったんですが、飲み忘れました。あるいはもう少し時間をおくべきか。それで今日も風呂はなし。

寒けの件でご心配をいただき、ありがとうございます。
布団2枚はなるべく干すようにしていますが、なにせ古いものなので真ん中がへたっています。マットレスもだいぶへたってますので、保温性は期待できません。だからアルミ蒸着の断熱シートを敷き、電気敷毛布も買ったわけです。電気敷毛布はマットレスの上、2枚の敷き布団の下に敷いています。下階の暖房までは分かりませんが、そういうことはあり得るでしょうね。
カロナール300は、少なくとも現在の症状には物足りないくらい。胃薬は飲んでいません。日本の薬局で買えるアセトアミノフェンは1回に飲んでもいいとされている用量が海外のものと比べて少ないという欠点がある、という説もあります。

いずれにせよ、それらの総合作用で背中のゾクゾク感はだいぶよくなってきました。どういうわけか、背中の寒けは寝ているときだけで、起き上がった後は感じません。風邪の前兆だったと言えそうです。老人の風邪は一気に熱が出ないのでやっかいです。

漢方の難しさ 女狐は葉っぱ2枚を残した

漢方は難しいね。症状にあわせてこれ飲みなさい、というものではない。「証」が違えば、同じ症状でも処方が違う。西洋医学と同じレベルで考えて処方する医師も多いのでは。「合わないな」と思ったら、即刻止めた方がいいのでは。漢方の副作用は結構強い。たくさん飲めば死に至る成分が入っているのだから。漫然と飲んだら命取りになる。

 老齢期には「全身」を見るという点で漢方的視点が大事になってきますね。対症療法ではうまくいかない。
 ま、低体温状態は体からのシグナルだから、「風邪」という観点だけでなく、食生活も含めて全身の改善を求めているのかもしれない・・・・。生活状態も食、住も。その他の生理条件ももろもろ。こちらは順調ですかねえ。

今日は今年最後の定期通院の日。かかりつけ医ともすっかり仲良しになって、薬なども私の提案をほとんど受け入れるようになった。医師の専門性を尊重しながら、患者として卑屈にはならない。医師と患者のパートナーシップが大事だと思う。「診察室は小さな階級闘争の場」というのは、最終的には医師と患者の共闘が成立する場でもあるのだと思う。闘いなくして前進もない。
 専門家のパターナリズム(権威主義、支配主義、温情主義)とどう対決するかは、医療だけでなく介護その他のあらゆる専門家と対峙する場に共通することだ。

ところで、豊洲の汚染が伝えられる中、女狐の化けの皮がすっかりはがれて、残ったのは木の葉っぱ2枚。「やっぱい豊洲移転よ」、もう1枚は「希望の党」。どちらも都民、国民騙し。それにしても、社会現象とも豪語した小池支持者の一団は、今の姿を見てどう思っているのでしょうね。石原以来ずっと続いてきている都政のポピュリズム支配。都民はいつになったら目覚めるのでしょうかねえ。

振り返る

天皇誕生日もイエス・キリストの誕生祝いも過ぎて、いよいよ酉年のトリを飾るダイナくんの「○○歳」を寿ぐ年末となった。しかし、「寒けの続編」が出るくらいだからあまり調子が良くないのかなと気にかかる。体温は正常でも「低体温症」という怖い病いがあるそうだ。下痢も結構頻繁のようだが、明らかにカラダの冷えからきていると思う。

大気の最低気温は明け方だから、体温は明け方には下がる道理だ。くわえて高齢者になるとカラダの表面温度は低くなるため、脇の下もさがるから、日に4、5回計って自分の平均体温を覚えておく必要があるという。体調変化を知るバロメーターとか。あとでわかったことだが入院してるとき、日に三回計っていたのはそれなりに意味があったのだ。

ボクの場合、年初から年末の今日までを人並みに振り返ってみても、これと言ったものはなかった。生きて退院出来たことが、本当は我が人生のトップニュースなんだろうがそれほどの感慨もない。退院したての頃は、卒業した母校のようで感謝と親しみがあったけど、なんどか定期的な検査をしに行くうちに「この先いつまで続くやら・・・」と思う気持ちが自己自身にストレスをかせてきているようなのだ。
年齢相応の体力で、そこそこ健康であれば多少の頭痛、下痢、風邪など普通人なら誰にでもあるだろうからおかしくない健康だと思うけど、でもボクはやっぱりまだ半病人だったかと・・・。この気持が少しずつのしかかってきているから、病院へ行くのが辛くなってストレスのひとつになっているかもしれない。

今年も大ニュースがたくさんあってボクらの生活レベル者には「良い年」ではなかった。振り返ってみても、何ひとつ節目や潮時があったとは思われなかった。気がかりな問題がどれもこれも中途半端に覆い隠され、なにやらきな臭い闇の圧力がのしかかって来た一年でもあった。
アベシンゾウ独裁者を生んだ国民の責任だが、すべてが民意の名のもとに闇からジワジワ這い出してきたいい例が、ヘリコプター空母「いずも」を改造して戦闘機用の母艦にする計画だという。来年にはいつの間にか出来あがっているんだろうな。この航空母艦も、いまや専守防衛の名のもとに先制攻撃洋ミサイル同様持てると言う屁理屈も用意しているという。そのためにも来年はなんとしても改憲して、これらの武器を手中にしようという野望がますますあからさまになってきた。

ダイナくんの昨年今頃、ブログにはやはり風邪で悩んでいる様子が書かれてあった。まるで年中行事のようだ。これがないと新年を迎えられないのかなんてね。
それはともかく平成もあと一年四ヶ月、来年秋には年号を公表するとか。ボクらにとってはいよいよ「昭和の時代」は歌にも残らなくなってしまうのか。新しい年号になってもそこそこ元気でコラムを楽しみたいものだ。
「昭和、平成、○○」と三代も生きていることが、あるいは生きてきたことが歴史に残るような世情であってほしい。

北国のひと《たかしくん》在住地と同じく寒波の毎日は、次第に骨身にこたえるようになってきたけど、冬至が過ぎたら目に見えて日脚が伸びてきたようで、それだけでも気分は上向きになりつつある。
(彰)


Re: 振り返る

おっしゃる通りで、去年も同じ時期に風邪で苦しみました。私も去年の日記を読み、運転免許更新に行き薬を買ったことを思い出していました。ミルナくんも、寛解に至るまでは長い苦しい道のりでしたね。お互い検査・健診で何を言われるかとひやひやする年代が続きます。

平温というのがなかなか把握できません。理想的には体温・体重・血圧くらいは毎日測って記帳しておくのがいいんでしょうが、平時には体温計を使う気にならないのが正直なところ。低体温症は冬山遭難やなんかで問題になる急性の他に、慢性、老人性というのもあるんでしょうね。女性の不妊症にも強く関わるらしい。

今年は安倍の気まぐれに全国民が振り回されました。最悪の男に権力を持たせたもんです。巡航ミサイルの次に今度は戦闘機を買う、あくまで専守防衛のためだと言い始めました。専守防衛、専守防衛と言いながらいつの間にか侵略していくのが国家の常です。普通なら生活保護を削って戦闘機では国民の理解が得られないはずですが、いつの間にか弱者バッシングも政権の常套手段になっています。沖縄でも尾長知事が苦戦しています。その上、来年度予算が見せしめにばっさり削られてしまいました。

しかし確かに少しずつベランダの日脚が延びています。老人に(余り)明日はないが、やれるところまでやるしかない。74歳を目前に感慨深し暮れの風……。

1943.12.30

今年も年末である。地球時間の長さの中で、ホモサピエンスの生存しているほんの少しだけの歳月を、生きながらえて74年になった。
ダイナくんの誕生日が今日だという。どんな感慨をもって迎えたんだろうか。そこそこ?元気で迎えられた誕生日におめでとうを言わせてもらおう。

でもまあ、よくもこの歳までお互い生きながらえたものだな。碌な食い物やクスリもない時代のボクたちだけど、たくましく生きてきた自分たちを褒めてあげようじゃないか。

ボクは自分の誕生日を迎えたとき、何の感慨を持つことはなかった。退院して半年後の夏でもあり、まだ体調もそれほど回復していなかったから、食後にはよくうたた寝ばかりしていた。北国の短い夏にあって、幸い猛暑も少なかったから僅かながらの療養できて良かったのかもしれない。

でも今年の気候は変だった。梅雨の時季は真夏の酷暑だったのに、文月、葉月には蒼穹に入道雲のでることがほとんどなかった。そして申し訳程度の短い秋、冬の長い始まりは、病み上がりの体調にいいことがないまま今年も間もなく過ぎ去る。

ダイナくんは「今日の日」をどんな節目にして戌年をむかえようとしているのかね。新たな節目を迎えたら「歌集」でもブログをまとめた「冊子」なんか出してもいいんじゃないかな。スキャンしたたくさんの資料を駆使して何らかの「主張」をしてもどうかな。勝手な思いつきだが、ボクの衰えつつある脳細胞を活性化してくれると思うのだ。

ボクは思うに、誕生日をひとつの節目として人生をカウントしてみてもいいのかもしれないが、地球時間の中ではカウントしようもなく短いから一喜一憂ではなく、「一喜」だけを貪り続けたいのだ。
ボクには治しようもない、治らない「ペシミズム」の傾向があるから「一憂」ばかりしているけど、戌年はせめて酉年を上回る健康を祈念するために参拝してきたよ。

いつものごとく、たくさんの「できなかったこと」を反省して、来年への決意とすれば、新たな発見があるかもしれない。

おたがいに安息の新年を迎えようではないか。     (彰)




Re: 1943.12.30

>たくさんの「できなかったこと」を反省して、来年への決意とすれば、新たな発見があるかもしれない

なるほど、言い得て妙ですね。だいたいが(不純な)反省で終わってしまうんですが……。よく生きてきたと言えば言えるかもしれませんが、生きて恥をさらし他人に迷惑をかけ放題では迂闊に威張れないどころか、後悔でガラス固化体になりたい気分です。

短歌をまとめるどころか、今年は東京歌壇も1回しか採ってもらえずガッカリしています。言い訳めきますが、いつの間にかレベルがすごく上がってしまったようです。来年は工夫して態勢を立て直し、心新たに挑戦したいものです。

ブログやっと更新しました。今年はこれで最後だと思います。

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