塩の道橋 

塩の道1 塩の道2 塩の道3

塩の道橋は自宅近く、小名木川の番所橋と丸八橋の間、仙台堀川親水公園の合流点にかかる人と自転車の専用橋で、2008年に完成した新しい橋である。橋の名前はかつて江戸まで塩を運ぶ道であった小名木川にちなむ。川の両側の小学校5・6年生から募集し決定したとか。近くには塩なめ地蔵の宝塔寺もあり、なかなかセンスのいいネーミングだ。橋はコの字型の平面形を持ち、外観は木を思わせる黄色の鋼板が使われている。橋に下には仙台堀川からの排水の一部を流すちょっとした足湯風(?)の施設が造られている。が、この水、ご覧の通り泡だらけで大丈夫なのか考えてしまう。

仙台堀川公園は現在ここまで続いているが、江戸期に開削された本来の仙台堀は現在の平久川合流点までであり、その東側の三十間川をつないで運河として利用されてきた。一方、大正期には砂町の発展に合わせた輸送力の向上を目指して運河の開削が計画され、大正8年、東京運河土地株式会社を設立。昭和8年までに小名木川から横十間川を結ぶ逆L字形の砂町運河が完成した。民間資本で開削された例の少ない運河だという。昭和23年、東京都に移管されて砂町川と名称を改め、同40年に仙台堀川の一部となり、55年埋め立てられ、のち親水公園として生まれ変わった。2800メートルに及ぶ仙台堀川公園の大半はこの砂町運河跡だということになる。江東区の川の歴史を説明しようとすると大変複雑になってしまう。川が出来たり消えたり、あれとこれがくっつき、名前が変わり、人工の川と自然の川が組み合わさって様々な地誌を描いてきたのが江東区なのである。
     
※本文訂正しました。小名木川の丸八橋と番所橋の間が正しい。砂島橋ではありませんでした。

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コメント:

川の歴史

東日本大震災の被害は埼玉県にも及んでいるがその昔沼地や河川、湿地帯の跡に建てられた現在の宅地が液状化現象で被害を受けている。江東区の川の跡も知らないと二の舞を踏むのでは・・・。

Re: 川の歴史

千葉・埼玉の造成地と違い、江東区は年季が入ってますから大丈夫でしょう。夢の島などは別ですが……。

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