柊鰯が読めない 

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人生初のインフルエンザは熱は治まったが、痰の絡み方がひどく血も混じるので、抗菌剤グレースビットと抗アレルギー薬フェキソフェナジン塩酸塩+ムコソルバンに変えてもらった。グレースビットには「下痢が起こることがある」との注意書きがあったが、案の定、次の日あたりから軟便になり次に下痢が出始め、しかも不意に催すのにはまいった。電車から降りて西大島駅のトイレへ駆け込んだら誰でもトイレ含めて使用中。慌てて(エレベーターでは間に合わないので)エスカレーターを駆け上がり、真上の総合文化センターへ。辛くもセーフ。こんなことは久しぶりだ。グレースビットは2日飲んで止めたが、下痢は全然治らないし外出も不安だ。そこでまた荒木医院へ行って下痢の薬を出してもらう。常在菌まで殺してしまうグレースビットの効き方は大したものだ。
耳鼻科へいつもの治療に行き「インフルエンザの治りかけで」と漏らすと、先生がまじで「いつからですか?」と訊く。咄嗟のことで答えられず、お薬手帳を見てやっと答えたが、これは認知症的なものかな?
なお難物と思った膝の痛みは、整形外科でX線写真を撮って関節に異状がないことを確認してもらい、医師の指示通りジクロフェナクを真面目に塗ったら3日くらいで簡単に治った。これまでは塗り方が甘かったらしい。

                             
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表参道のピクトリコギャラリーで河原孝夫写真展「柊鰯のある風景」を観る。ヒイラギイワシと訊いてピンとくるのは山姥さんくらいではないかと思うが、作者は柊鰯との出会いを自分にとってのデスカバリージャパンと捉え、東京周辺の祭事風景をしっとりしたタッチで撮っている。ところでこの柊鰯、節分に魔除けとして玄関先に飾るものといい、関東以西の風習であるようだ。ネットでは青森にもあるように記されているが、『青森県百科事典』(昭和56、東奥日報社)、小舘衷三『青森県の民間信仰』(昭和61、北方新社)、『野辺地の社会と民俗』(平成2、野辺地町)いずれにも載っていない。載っていないからないと言えないにしても……。

                 
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今年の青森の雪は聞きしに勝る多さのようだ。青森市は1メートル近く、野辺地はそれほどではないが、日中でも氷点下という日が続き解ける暇がない。凍結防止のため水道は出しっ放しだとか。道路の除雪は進んでいるものの、家から車を出すまでが大変だと弟がぼやいていた。地球は温暖化ではなく氷河期に突入するという説もあり、自然の猛威を前に我々人間はなすすべもないありさまだ。

                        
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熱いうどんでひっかぶり 

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とうとうインフルエンザにかかってしまった。日曜日に高円寺のバー鳥渡へ行き、帰ると頭が痛くなった。ビールを飲んだからかと思っていたが、2日しても治らないし、寒けも前とは違うようだ。買い置きのパブロンSαを飲むが改善しない。8日には体温が38度を超えてしまった。こりゃイカン。休み明けの荒木医院へ駆け込むと、インフル検査キットで即座にA型との判定である。12日まで外出は控えよとのお達しだ。タミフル他の薬を出して貰う。これを飲んで寝ると次の日には熱は一気に下がったものの、そこからがつらい。熱は下がったがまだ高いし、痰には時に赤黒い血が混じり、くしゃみや寒け、頭痛が続く。
食料は少しあるがその先をどうするか、今後の治り具合に掛かる。実はインフルエンザと断定されたのは初めてである。自慢じゃないがこれまで一度もワクチンは打っていないので、自業自得ということかな。土曜日は1個所行くべきところがあったが失礼した。
「医者殿も熱いうどんでひっかぶり」とは子供の頃母によく聞かされたことわざだが、インフルエンザには通用しまい。

そんなわけで今回の更新はこれまで。皆さんも気をつけて!

                        
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無縁の事情 

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国会中継はNHKの番組で唯一ウソがなく見応えのある番組である。私はなるべく観るようにしている。今日は共産党の志位和夫が生活保護の見直し(引き下げ)について質問し、最後にアベチンに「生活保護は憲法に保障されたまっとうな権利だと宣言してくれ」と迫ったが、ついに答えなかった。言質を取られるとでも思ったのか、まったくケツの穴の小さい野郎だ。

さて昨日はどうしようもない場面に遭遇した。4丁目に散歩に行ったのだが、ミャー子は出てこないし帰ろうとしたところ、お婆さんが道路で歩こうとして歩けないでいる。歩きたいようだがさっきから全然進まず、いわば立ち往生の状態だ。あまりのことに近づいて声を掛けたら、前を向いたまま手を前に伸ばし「足が悪くて……」と言うのだが、どうもそれだけとは思えない。歩き方を忘れてしまったかのようだ。しかし何もできそうにないので一旦通り過ぎたものの、気になって数分後にまた戻ってみた。すると私より年配の男性(あとで名前と家が分かった)が身体を支えて何やら話しかけていた。私も近よって二人で対応策を相談した。車も通る道だしどうしたらいいのか。本人は救急車は困るみたいなことを漏らしている。

                       
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よくよく訊くと彼女は一人暮らしで、丸八通りの肉屋へ買い物に行くつもりらしい。肉屋へ行けば何かしら事情が分かるようだが、肉屋まではまだだいぶある。彼女の妹が丸八通りの向こうに住んでいるというのだが、丸八通りを渡るわけにはいかないし電話も知らないという。私が一人で肉屋へ行って訳を話すと、息子らしい若い店員がわざわざ来てくれ、次に奥さんが来て、事情が飲み込めたようだ。すぐ件の妹さんも自転車で駆けつけ「家に電話したら通じなかったので」と言う。一挙に事態が解決した。
彼女が一人暮らしをしているのは息子が虐待するからだというのだが、それを鵜呑みにはできない。よく見ると衣服の前がだいぶ汚れて認知症の症状を窺わせる。日頃は妹さんが面倒を見ているのだろうか。老老介護といっても同居しているわけではないし事情は複雑だ。当の息子さんとて仕事があれば大変だろう。公的介護は頼めないのか頼まないのか。社会の狭間でいろんなことが起きていて、自分とも決して無縁ではないのである。

                            
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2月1日、大久保で飲んだ夜、大島駅から北砂へ帰ろうとしたとき、傘も持たずに濡れていく若い男を見つけた。ちょうど行き先も同じだし、大した降りではないが濡れたらイヤであろう。声を掛けて傘に入れてやった。住まいが同じ団地であることは何となく分かったが、奴さん、日本語がまるでだめ。英語も話せないようだ。いったいこの日本のどこでどんな仕事をしているのか、知る術はない。9号棟の前で別れるとき「シェーシェー」と言っていたのが唯一通じる言葉だった。大丈夫か、あいつ……。
                    

惜しまれて閉店 

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右膝の痛みが続いている。寝る前にハリックス55を貼っているが、効果ははかばかしくない。ミルナくんからは軟骨がすり減ったためだろうというアドバイスがあった。その可能性も排除できないが、私は環境条件痛というのが当てはまると思う。筋肉に一定の偏った力が加わることで起きる間接外の痛みだ。今のところイスから立ち上がる、布団から立ち上がるなどは支障がなく、もっぱら階段を下りるときに痛む。平坦地をしばらく歩くと痛み出すときもあるが、痛まないこともある。対処法としては歩かないことだという。それはちょっと……ね。それで今日は新宿御苑からいつもは乗らないメトロに乗り、西大島駅からのバスを10分待ち寒さに震えた。

                                 
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例年の健康診断の結果を聞きに行く。悪玉コレステロールが少々高いのと、オプションで受けたPSAが4.25とまた高めになった。前立腺肥大の影響だろうと思う。ノコギリヤシは飲み続けているが、加えて前立腺の反射区の刺激を始めた。内くるぶしの斜め下、かかとの骨に近い辺りをグイグイ揉む。先生からは6か月後にPSAの再検査をせよとのお達し。どうしよう。
それと、明け方背中が寒いというので電気敷毛布を使ったら、そのせいか今度は左側の歯が浮きだした。歯茎の痛みは治しようがない。電気敷毛布を止めて掛け物を増やしたら重たくて血圧が上がりそうだ。上の掛け毛布の上半身の部分をめくって寝たら、寒くてまた5時過ぎに目が覚めた。江東区の朝の気温は0度。こんなに寝起きが不規則では現役は務まらないな。

                             
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26日のことだが、昼前、団地が騒がしくなったかと思うと消防車が集まってきた。隣の棟の1つ下の階で火事があったようだ。原因を調査中とあった。こんな寒い日に水を掛けられたのでは堪らない。夜になって見にいくとドアに段ボールを貼り付けてあった。一昨年も向かいの棟で火災があり、女性が亡くなっている。この時はベランダから火が噴き出し、ヘリコプターが飛び交って騒然となったらしい(私はなぜか見ていない)。

                       
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砂町銀座東側の魚屋、魚壮が閉店した。西側の魚勝も勢いがあるが、魚壮は近いのでよく生牡蠣を買いに行った。ただし女店員の無愛想な対応は気分がよくなかった。閉店は建物の老朽化と経営者の高齢化だという。1月12日から15日まで閉店セールを行い、約60年の歴史に幕を下ろした。赤札堂向かいの八百屋も閉店したり、北砂界隈でこのところ古い店の閉店が続き、何となく淋しい気分にさせられる。

                
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「鞍掛橋」を探る 

                               
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たまたま山姥さんのブログで名前を目にしていた民俗写真の巨匠・芳賀日出男の写真展が、フジフイルム スクエアで行われることを知ったのは大収穫であった。お祭りの写真家という先入観でいささか食わず嫌いしていた96歳の写真家が、実はすごい仕事をしていることを教えられた。
満鉄社員の子どもに生まれ写真一筋だった芳賀が、慶應義塾で折口信夫の講義を聴き、折口の語った「神は季節の節目に遠くから訪れて村人の前に姿を現す」という話に、ならば神様を写真に撮ることができるかもしれないと思ったのが始まりであった。しかし、当時はリアリズム写真の全盛期で、彼の仕事はなかなか認知されなかったようだ。芳賀日出男は天才ではなく、彼の端正な作品はひとえに彼の努力の結晶だと言える。その内実は丁寧なロケハンと絵コンテづくり、そして引き算の演出である。引き算の演出とは、ヤラセや盛る演出とは逆に余分なものを除外する演出だという。フジフイルム スクエアの企画展として、芳賀日出男の原点とも言える祭礼や人生の通過儀礼をテーマにした作品約30点を厳選して展示。必見である。写真展の情報はこちら

                            
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東京歌壇に載った歌が「鞍掛橋」を詠んだものだったので、たかしくんから「鞍掛橋は龍閑川という堀割に掛けられたもの」というネット情報を引いたメールをいただいたが、これはちょっと違うらしい。この堀割の跡を歩いてみればはっきりするのだが、今はちと天気が悪い。
鞍掛橋は浜町(はまちょう)川に掛かっていた橋で、浜町川は竹森神社のところで龍閑川とつながっていたというのが正しい。龍閑川は竹森神社のところで直角に曲がり、神田川まで延ばされた。浜町川は一方で箱崎川(現在シティエアーターミナルのある場所)を経て隅田川につながっていたので、隅田川から神田川までをショートカットするように堀割が掘られていたと言える。龍閑川は南西に延びてJR神田駅、外堀通りをくぐり、お堀に通じていた。その場所に「龍閑橋」の信号が残っている。地方銀行会館のある角である。また、鞍掛橋は都電の停留所名でもあった。
いずれにしてもこれらの堀割は現在すべて埋め立てられ、浜町川のように暗渠や緑道公園になっている部分もある。詳しく知りたい人はたとえば栗田彰『江戸の川あるき』(青蛙房)などを参照いただきたい。

                          
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ブルーレイレコーダーを購入した。これまで船井のビデオ一体型DVDレコーダーを使っていたのだが、10年経ち留守録されなかったケースが度々発生するようになり、ついに買い換えた。ビデオは使えそうなので当分捨てられないだろう。ネットで2万8千円弱だった。チューナーは1個、HDMI端子しかないシンプルなマシンだが、パナソニックのこなれたインターフェイスがキビキビしてまことに使いやすい。今度はブルーレイディスクで容量はたっぷり、HDDも付いているので頻繁にディスクを入れ替える必要がないのは助かる。

                         
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さて、またしても近所に分譲マンションができるという。ちょうど駐車場の北端から子猫が遊んでいた背高泡立草の空き地を塞ぐ形で地上11階127戸の建物が建設される。あの道は通れなくなりそうだ。また、現在建設中のマンションの南側でも長く放置されていたYタイヤの建物が壊されているから、近々分譲地の工事が始まるかと思う。