ハイシャ復活戦 

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土曜日、眼科へ行く。主訴は左目のかすみが強いことだが、視力検査ではある程度数値が出るためか先生の危機感は薄い。昨年は白内障が右目にあるとのことだったが、今年は両目にあると言われた。そのせいだろうというのだが、ではなぜ右にも症状が出ないのか納得のいく説明はない。それ以上聞くと切れそうな雰囲気なのでとりあえずは引き下がった。何とか病院の何とか部長をやったとの経歴がサイトに載っており、確かに診察は緻密で丁寧だが器が小さい。限界かもしれない。来週は数年ぶりに以前の歯科クリニックで歯を診てもらうことにしている。

                          
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松方弘樹に続き渡瀬恒彦が胆嚢がんで亡くなった。享年72。獅子座の生まれだ。いろんな作品に出ていたようでつぶさには知らないが、テレビの十津川警部シリーズ(TBS)は亀井刑事を伊東四朗が演じ、高橋英樹-愛川欽也コンビで30年続いたテレビ朝日の同シリーズともども楽しませてもらった。彼の映画で忘れられないのは巨匠山本薩夫の『皇帝のいない八月』である。確か名画座で『新幹線大爆破』と二本立てだったような気がする。渡瀬はクーデターを画策する若きリーダーを演じ、これが役者としての飛躍の契機になったという。当初の主役の想定は兄の渡哲也だったが、スケジュールの都合が付かず渡瀬にお鉢が回った。しかし三島由紀夫ばりのアジテーションをぶつ場面など、常識人の渡瀬に狂信的なカリスマ性は出せず、いささか残念な結果に終わった。むしろサブを務める三上真一郎がよい。
小林久三の同名小説を映画化。現体制に不満を抱く自衛隊の過激分子が三々五々首都をめざし、主力の渡瀬隊は寝台特急さくらを列車ジャックするのだが、当時の国鉄にも自衛隊にも協力を拒まれ、列車のシーンはセットとミニチュアで撮っている。そのため特急の疾走感が全然感じられず、銃撃戦の指揮の拙劣さと相まってフラストレーションが溜まった。『白い巨塔』の山薩ならではのオールスターキャスト大作だが完成度はイマイチ。象徴となるはずの交響曲「皇帝のいない八月」(佐藤勝作曲)もメリハリを欠いた。ラストはロボミーを施された三國連太郎の表情が不気味だった。

                            
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大久保辺りでは、60年安保世代の自死が取りざたされたらしい。仄聞する限りでは生活苦からの焼身自殺だったとか。おそらくは80歳前後。国家(行政)の施しは要らない、生活保護は受けないという自恃であったのか。かつて共同的営為が除外した生活――家族や老いや貧困や死という極私(きょくし)的なものがそれぞれに立ち塞がっているようだ。少し前に書いた友人Y君も全共闘の端くれだったらしいが……。
     

うろうろ、にょろにょろ 

9日、F病院へ大腸検査の結果を聞きに行く。約5ミリの管状腺腫で、陰性だが放っておけばがんになる可能性があるという。これが便潜血の元かどうかはわからないが、今後は潜血検査だけで済ませず、異状があれば検査を受けるべしとのアドバイスであった。医療保険給付を申請するための診断書を頼んだら、7千円なにがしの費用が掛かるそうだ。

                    
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さて、大腸検査を控えた前の週の土曜日、いきなり血尿が出たのには驚いた。血尿といっても出始めに鮮血が混じるタイプで程度は微量。痛みはない。月曜日にも少し見られ、出たり出なかったりで色は茶色に変わっている。火曜日、危ないので思い切ってA医院(泌尿器専門で区の健康診断を受けている医院)を受診した。尿の検査、血液検査、エコー、直腸診を受ける。腎臓などは何ともなく尿の出は正常だが、歳相応の前立腺肥大があると言われた。肥大があると血尿が出こともあるという。とりあえず抗生物質と止血剤を処方され、様子を見ることにする。
大腸検査が終わった週明けの火曜日、検査の結果を聞きにいく。尿に赤血球・白血球が混じっているのは想定内だったが、細菌が検出されたという。つまり感染症だったのである。よくある尿路感染症というヤツだろう。これについては薬は出さず、2、3か月後にもう一度検査するということになった。前立腺肥大が進めばその治療を行うとか。この日の検査でも尿の潜血が1+だった。

砂銀と、右は亀戸香取神社の参道商店街           
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尿路感染症では身に覚えがある。十数年前にもそれで猛烈な頻尿になり苦労したのだ。直前の治りにくい包皮炎がそもそもの原因だったらしいが、一般病院の診断にがっかりした。細菌は検出されず、今となっては膀胱炎がこじれたものと推測するしかない。悪いことに男の更年期とおぼしき心身の変調期と重なり、陰鬱な日々を過ごしたものだ。回復までほぼ1年を要した。
今回は勘ぐれば風呂水が怪しい。節水のため、いつも入った後に風呂水清浄剤を入れ4、5日は使うのだが、それが長すぎて濁り細菌が増殖したのかもしれない。清浄剤はふろ水ワンダーが元祖だが、高いのでエムズワンの風呂水マジックというのを使っている。この冬は冷え性が嵩じて風呂の水替えと掃除が間遠になったことも事実。少し早めに替えるよう努力したいが、どうなるか……。

よく見えるよう眺望はISO感度100で
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前の空き地にマンションが建つことになったことはお知らせしたが、思った通り北側のいわゆるサンクチュアリと呼んでいた養魚池の名残の部分も開発が始まるらしい。内容は分からないが既にガードレールが撤去され、樹木が切り倒され、クレーン車やパワーショベルが音を立てている。いつかはこうなるだろうと思っていたが、イヤな成り行きだ。

                 
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ワルプルギスの夜 

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1日は内視鏡検査。一枚掛け毛布を剥いで寝たので、早朝寒くて目が覚め体調は悪化モード。それが後でじわじわ効いてくる。予定通り徒歩で病院へ行き、8時過ぎに受付する。3階へ移り2リットルの下剤を飲み始める。車いすに乗ったおじいさんがナースと話している。「息子が来ないな?」「何言ってるんですか、息子さん毎日来てるでしょ。妹さんも来てますよ」「そうかあ?」。3人組のおばあさんが隣のソファに座って話す。「出来合いの物をチンして食べるのがいちばんよ。鍋いっぱいにつくって腐らしてもね」。小さい鍋でつくればいいんだよ。10:45やっと便がきれいになる。予定表通りだ。着替えて待っていると12時近くなってやっとお呼びがかかり、2階の内視鏡室へ。検査はなかなか慎重に進むが、怖いのでモニター画面は見ないようにしてるから、どうなっているのかさっぱり分からない。S状結腸に5ミリのポリープが1個あるので取るとの声。やっとOKが出たのは20分くらい過ぎてからだろうか。あとでマスクを取った先生の顔を見たら齋藤孝先生みたいなさわやか人だった。そこから車いすに乗せられ5階の病室へ移る。6人部屋に5人が入っている。2人は骨折、1人は老人で肝臓がどうのと言われ、もう1人は2回ばかり医師や看護師が慌ただしく対処していたが、どんな病気なんだろう。

以下6カットは病棟の窓より
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担当看護師が点滴を付けに来たので、名前を聞いたらTさんだという。そんな駅があったはず。「岩手かどっか?」「青森です」。ほほーと思ったがそこからの話が全然通じない。親が青森で本人は東京生まれだとか。五戸と八戸の区別もつかないようだ。当然野辺地などは知らない。点滴チューブの接続をミスって血を迸らせていた。こらーっ!
点滴は付いたがまだ2時前。食事はできないしやることがない。とりあえずスポーツドリンクを飲み、窓から見える風景を写真に撮って歩く。春の日が何となく暮れると皆さんには夕食が出るが私のはなし。自販機のPETボトル飲料を飲むしかない。家の本棚から持ってきたE・H・カーの『ロシア革命』を読み始める。今まで読んだことのないものだ。21:00夜勤のナースが血圧を測りに来る。上が145。フロア消灯。手元照明は12時頃までいいと言われていたが、誰も点けていないので私も消す。

                             
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消灯前からだったと思うが、遠くの病室でおばあさんが大声でわめいていた。
「きよこぉ~きよこぉ~、ああああ~誰か来て~、痛いよ、きよこ、あああ~痛いよ、ああああ~!」「えっ……えっ……ぐええーーーっ!」。なだめる看護師の声「○○さん、他の人が困ってるから静かにしてください。お願いします」
その声も途絶えて、外は雨が降り出していたが、私は全然眠れない。漬け物石のような家の夜具と違い、掛け布団が薄く気分的に寒くてかなわない。しょっちゅう暖かい飲み物を買いに行くのでトイレも小が近くなる。ひとつだけ助かったと思ったのは、家から持ってきたローソンの黒糖のど飴。厳密に言えばこれも禁止だろうが、密かに舐める。朝は暗い内に目が覚めた。5:00フロア点灯。6:40血圧125。7時半頃、院長先生の回診。8時、やっとお粥が出る。精算が終わって病院を出たのは9時半過ぎではなかったか。1週間お酒は禁止、ジョギングのような激しい運動も禁止だそうだ。病理検査の結果が出るまでは安心できない。帰りはバスを使った。
                            
E・H・カーを読む
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朝食はたいらげた
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勘違い女、大逆走 

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寒い寒い、風が寒い。冬の最後のあがきであろうか。やっと陽射しは戻ったけれど、東京の乾ききった風が雪国育ちにはとても耐えがたい。猫町巡りもしばし中断だ。
さて、このところメルマガ仕事がどさっと入ってきて忙殺されていた。しかし、そればっかりやっているとパソコンで目がおかしくなるので、夕方には無理にでも出てギャラリーを回り、ついでに電車で新聞を読むようにしている。
コニカミノルタプラザ、ロッカールームギャラリー、ツァイトフォトサロンがなくなったことはすでに書いたが、コニカミノルタの撤退は本当に痛い。新宿の中心で一度に3本の写真展を開催する他、フォト・プレミオという年間大賞に100万円を授与する奨励賞があり、若手写真家の登龍門の1つとなっていた。写真界へのダメージは極めて大きい。形を変えても継続を望む声があったのは当然だ。

                     
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水曜日は大腸の内視鏡検査で、3日前からワカメ・ヒジキなどの海藻類、ピーナッツなど種子・種のある果物は禁止、前日は3食、白米・うどん・トーストのみでおかずは摂れない。前夜9時以降は水以外口にせず、下剤を飲むのを忘れないように……。本格的な下剤は朝、病院に着いてから飲むんだそうだ。しかし1日・2日はイレーネの占いで凶となっている。まーた肝心なときに……。

安倍がまた切れた。24日の衆議院予算委員会で今井雅人氏に、昭恵夫人が名誉校長になっていた森友学園のHPから挨拶が削除されたのは隠蔽ではないのかと言われ、「校長を受けたとき奥さんから相談を受けたのか」と質問された首相は――

「隠蔽というのはですね、隠蔽というのは、隠蔽というのは、じゃあ、私が隠蔽したんですか! 私がですね、私が森友学園のHPに対して隠蔽しようがないじゃないですか!」
よっぽど触れられたくない話なのか、「レッテル貼りだ!」「公共の電波の前で私を侮辱した!」「私と妻を侮辱した!」と早口でまくしたて、「(隠蔽の言葉を)取り消さないと答弁できない」とダダをこね、揚げ句に「まるで私が関与しているかのごとくイメージ操作を延々と、それしかないのでしょうけど、だからあなたたち(民進党)は国民からの信用を得られないんですよ」と、公共の電波の前で民進党を侮辱していた。(日刊ゲンダイDIGITAL2017年2月25日

                   
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 森友学園の問題は国有地取得の不明朗さだけではない。塚本幼稚園の園児がわけも分からぬまま教育勅語を暗唱する異様な光景が公開され、ヘイトまがいの文書が配布された事実に海外のメディアが強い関心を寄せているというが、国内大新聞の追及は今ひとつとか。夫婦で学園をヨイショした安倍晋三の答弁は支離滅裂で二転三転し混迷を極める。昨年、十和田の新渡戸記念館廃止問題の集会に昭恵夫人が来て「主人もがんばっていますから」と挨拶したのは、どうやら「武士道」で勘違いしたような気配があるのだ。中身のない家庭内野党が逆走している。

                    
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崖っぷち世代論 

「都民ファースト」……大変いい言葉だと思っている人が多いかもしれないが、小田嶋隆氏のコラム(日経ビジネスオンライン)を読んで、これが桝添前知事の決めた韓国人学校増設のための都有地貸し出しを撤回するとしたときの差別用語であることを知った。確かに撤回方針は都知事選における小池百合子の選挙公約だった。官邸の特別解説委員・田崎史郎は「小池さんは安倍さんのような強い人とは戦わないんですよ」と言っていたが、強い弱いではなく彼女は手近の都政から既存政治の流動化を仕掛けているからだろう。ポピュリズム的流動化の目くらましに引っかからないように気をつけたい。

マンション工事が始まった(左)
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先日やった大腸がん検診(便潜血)で陽性となり、内視鏡検査を受けることになった。このところ腹部右側が引きつったような感じがし時に鈍痛があるので、内視鏡はやむを得まい。ただ7年前の感じの悪いSクリニックは辞退し、隣町南砂のF病院を紹介してもらった。F病院は境川交差点の近くでバスの便がいいし徒歩でも15分以内。院長(たぶん)は気さくで、聞きたいことにきちんと応えてくれる姿勢がいい。検査は3月1日に決まった。問題はポリープでもあって取ったりすると1泊入院になるという。うーん、それはなんだか気が重いな。
現在、ミルナくんは入院して抗がん剤治療中、むつのO君も今週、急遽入院手術になったと聞くし、たかしくんにいたっては歯茎が痛いと思っていたら、やばい感染症で首が倍にふくれ入院したとか。歩調を合わせるわけではないが、お互いそういう崖っぷちの歳になったということかもしれない。たかしくんによると老年は青春期と反対の意味で不安定な時代なのだという。エリクソンを持ち出さなくてもそのへんは実感できる。しかしミルナくんが送ってくれた今年の運勢では、我々ひつじ年の三碧木星は喜楽運、だったか、つまり大変いい運勢なんだそうだ。それを信じよう。

       
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猫の絵が目に留まって新宿は全労済会館で『ジミー・ミリキタニ絵画展・写真展』を観た。ジミー・ツトム・ミリキタニはサクラメント生まれの日系二世で日本名・三力谷勤。戦時中強制収容所に入れられ辛酸を舐めた後、いつ頃からかニューヨークのホームレスとなり、路上で絵を描きながら尊厳をもって生きた男である。彼がボールペンで描く猫はお茶目だが驚くほど強い生命力が迸る。今回は佐藤啓郞によるジミーの写真展示と併せ、リンダ・ハッテンドーフ監督の「ミリキタニの猫」、Masa監督の「ミリキタニの記憶」という2本のドキュメンタリー映画《特別篇》がポレポレ東中野で上映された。上映は終了、絵画展・写真展は18日土曜日19時まで。


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ギャラリーの店じまいについて書いたのは私の早とちりだったようだ。来月のスケジュールが掲載されているので安心した。最近、写真ギャラリーの閉鎖や移転が多かったのでつんのめってしまった。当該ギャラリーの関係者には心よりお詫びしたい。ただ、ニコンが一部コンパクトカメラのラインナップを取りやめたのは事実だ。昔、未来のカメラ業界で残るのはキヤノンと富士だけと不気味な予言をしていた本もあったが……。

                
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