昨日、悲(かなし)辺地にて…… 


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寒い野辺地から帰って、東京でさらに寒い思いをするとは……。今回は弟が胃が痛いとか何とかで対応が悪く料理は手抜き、天気もイマイチであった。しかも右手が火傷の後とあって、雑草取りは中途半端に終わった。弟は草には無頓着な一方、庭の山桜を切りエントランスのさわらを切り、その他灌木も幾つか切ってしまったようで、父が育てた緑がどんどんなくなっていくのが淋しい。
10月14日は鉄道記念日。12時前の新幹線で上野を経つ。今回は往復とも座席が通路側なので景色は見られない。八戸で青い森鉄道に乗り換え、3時半野辺地着。青い森鉄道701系はJR時代の白鳥などと違い通勤電車であり、台車のせいか揺れ方が激しい。準急「しもきた」はディーゼルエンジンの振動が響くので敬遠している。
野辺地は相変わらずひっそりしている。弟の車で花を買って墓所へ行くが、弟はお寺へは入らないという。やむなく1人で墓の草を取り泥を落としてから、線香を上げて灯明を点す。両手を合わせ目をつぶると父母や弟の笑顔が見えるようであった。お寺から淋しい日暮れの町を徒歩で家へ向かう。

                          
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次の日は寝坊して10時頃起きだし、昼食後の腹ごなしに家の回りの草取りをする。それから母の従弟Tさんの家まで弟と行ってお土産を渡し、弟と別れて写真を撮って歩く。金沢の石神様を訪ねるとYさんが出てきたので話をするが、壊れた鳥居再建に進展はないようだ。後の家のUさんが動かないのでみんな動けないという雰囲気。筋向かいのK建材の奥さんが古くからここにいてよく知っているかもしれないというので、今度はKさん宅へ行き3人で話す。かつて幟を作ったが揉めごとが起こってお蔵入りになったった由。石神様は女の神様だからよく揉めるということだ。そのうち、石神様の祀り主のUさんは私が育った浜町の人であることや、石神様の後のUさんは野辺地の文化人S・Uさんの奥さんであることが分かって驚いた。U・Sさんは『野邊地方言集』の復刊などにも携わっているはずで、早くに亡くなったことが惜しまれる。そんなことを話している間に外は真っ暗になっていた。

                        
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3日目は枇杷野開拓への淋しい道を途中まで行ってみたら、養豚家のOさんが養豚を止めてしまっていた。「歳で疲れるから」と言っていた。昼食後は旧姓Aさんの薬局に寄って話をし、墓参りついでに写真を撮り歩く。海中寺の中に地蔵堂と稲荷神社があるのを知ったのは収穫だった。前回見つけたガーデンカフェという喫茶店に入って小休止し、帰ろうとすると空が夕日に染まっている。しかし急ぎ足で鳴沢橋の所まで来るともう色は薄れ、写真にはならない。

                    
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衆院選がどんな状況か知らないが、Webを見てもテレビをつけてもアベのおぞましい顔が出てくるのはどうしたことか。メディアは全て自民党に乗っ取られた(これは事実)かのようだ。今日の東京新聞で竹田茂夫氏が「安倍政権の本音は強面の国家作りにあり、経済は国民を引き寄せる餌にすぎない」と書いている。消費税で教育の無償化……「赤い羽根」のような詐術になぜ騙される?

                              
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大儀な解散総選挙 

               
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右手を火傷してしまった。ラーメンを作ろうとしてタレを溶くための薬缶の蓋が開き、湯気が薬指と小指を直撃した。保冷剤で冷やし続けたが痛みが取れないので風呂に入らず何とか眠った。次の日、見事に大きな水ぶくれができていた。ところがこの水ぶくれ(水疱というらしい)、なかなかややこしい。小指の1つは潰れて水が出始め、もう1つは自分で潰したが跡がジクジクしてよくない。薬指の2つもいつ潰れるか分からない。やむなく団地の皮膚科の門を潜った。医師は化膿の恐れがあると言い、水を抜いて軟膏を付け、薬指と小指をそれぞれ包帯でぐるぐる巻きにしてくれた。しかしこれだと右手が使えない。特に水仕事は全くできない。パソコンも打ちにくい。風呂に入ったときはゴム手袋をして頭を洗った。

                           
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衆院選挙戦前半、改憲勢力の過半数は楽勝だという。ヘリが1つ2つ落ちたくらいではビクともしないようだ。小池は失速だが別に困ることはない。安倍と小池には新党ができる前に「五輪を成功させてくれたら改憲で協力する」という約束ができていたそうだから、その後のじゃれ合いに騙されてはいけない。
8日の日本記者クラブでの党首討論会はなかなかスリリングだったが、自由党小沢一郎の姿はなかった。民進党もそうだが、どういう議論が行われたのか不明のまま公党が1つ消えたのである。まことに不気味な情勢と言える。
党首討論では安倍の居直りとのらくらぶりが目立った。たとえば吉田忠智社民党党首に「モリカケ問題でのキーパーソン、アッキーと加計孝太郎を呼んで証言させるべきでは」と問われた安倍は「妻に代わって私が答えている」ととんでもない男尊女卑の思想を露わにした。妻を私物化し人格を認めず、自由な発言を妨げるのが日本の総理だという現実に愕然とする。しかし今のところこれを問題視する発言や記事は出ていないようだ。

もう1つ気になったのは、倉重幹事からの「北朝鮮の問題で拉致問題は安倍政権で成果が上がっていない。圧力一辺倒でいいのか。水面下での交渉はどうなのか」という質問に、安倍は得意げに「水面下というのは水面下だ。やっているともやっていないとも言えない」と屁理屈をこねた後、こう述べた。「小泉政権下で5人の被害者と家族が帰ってきたのは、米国の軍事的圧力に北朝鮮が狼狽した結果で、圧力に効果がないとは言えない」。これが本当なら、北朝鮮まで出かけていった当時の小泉総理や、水面下でミスターXと交渉したとされる田中均氏などの努力はなかったことになってしまう。安倍は自分の怠慢を覆い隠すために歴史を改竄して平気の平左である。速記テキストはこちら

                              
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12日は根津の喫茶・ギャラリー「りんごや」で開催中の菊地美奈写真展「愁跡」へ行き、夜は劇団FIREBALLの『神津~、箱根でなんか起こるってよ~。』を観た。菊地の作品は務めを終えた古い街や建物など、私好みのしぶい写真。劇の方は今回派手なチャンバラはないが、伝奇物風事件に探偵3人組(“ルパン三世”という声あり)が挑むアップテンポの活劇について行けない。劇場を出ると雨が土砂降り。顔見知りと酒場に潜り込む。

                       
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猫への伝言 

                              
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我が団地の西側に稲荷通りという商店街がある。治兵衛稲荷神社の参道みたいな通りに飲食店や商店が建ち並ぶ田舎風の商店街だ。そこにある写真屋に居着いた三毛が、私を見ると必ずにゃんと挨拶してくれる上に、寄ってきて撫でてとせがむのが嬉しい。美猫だが名前は聞いていない。向かい側の美容院にもベージュの猫がいるが、こちらはすこぶる臆病でカメラを取り出そうとしただけですぐ中へ引っ込んでしまう。小路を北へ入って行くと込み入った路地にSさんのお宅があり、ここにいる茶色の猫がまた人懐こい性格で、やはり私に撫でてとせがむのだが、このところ3、4か月姿を見なくなり心配していた。
先日、通りついでにS宅へ様子を見にいくと、玄関先に主人が佇み猫が足元にうずくまっていた。主人の姿を見たのは初めてでぎくりとしたが、「お宅の猫ですか?」と訊いた。「そうですよ」と答える主人の顔には警戒信号が黄色に灯っている。ヘンな老人がやってきてヘンなことを訊く。こりゃ何者だというわけだ。難癖付けられるんじゃないだろうか? 「餌もやっている」「そりゃそうでしょう。うちで飼ってるんだから。それが何か?」更に雰囲気が悪くなってきた。が、よく見ると足元の猫は黒茶ブチで私が知っている猫ではない。

                             
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「……いやその、もう一匹いませんか? ここらへんによく来てる猫が……」「ああ、いますよ。女房が餌をやってて、二階の物干し場に塒を作ってる」「最近も来てますか? このところ見かけないんだけど」「うーん、そういえば……」だいぶ話が飲み込めてきたようだ。だけど猫がいなくなったわけではなさそうだ。餌はSさんの他に向こうのM宅でもやっているようだし、通りがかりの人がやることもあるという。面相はイマイチだが人懐こいのが天性で、皆に愛されているのも分かる。Sさんはチャと呼んでいると言っていた。
そんな立ち話を聞いていたわけでもないだろうが、今日行ってみるとチャが向こうから歩いてきて猛烈なアタックだ。しばらくぶりに会えて嬉しいというボディランゲージがよく分かる。いつもの3倍の時間撫でてやった。しかし、Sさんと話した翌日に会えるなんて、嬉しい偶然にびっくりした。

                             
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4日は母の命日。5・6・7日と野辺地に帰る予定であったが、メルマガが順調に入ってきていることやギャラリー関係のスケジュールが詰まっているので、14・15・16に延ばした。これは昨年と同じ日程だ。なにより、今日明日の運勢がよくないから。いつも墓参で帰省となると無用に緊張する。同期会の通知が来て11月11日に新宿でやるそうだ。今回ばかりはどうしようか迷っている。
       

一党(首)独裁 

6時7時に目が覚め、朝食後に二度寝することが多い。こういう場合は最初に起きた時、身体が冷えているのが分かる。両足の指は相変わらずこわばり、痛い。とりあえず便通が順調なことだけが救いか。

                          
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空が猛烈な夕焼けに染まっていた。バスが来そうにないので駅へ徒歩で向かうつもりで砂島橋歩道橋へ上ると、真っ赤な太陽が真西の川下に落ちかかっている。思わず「スゲー!」と独りごちてカメラを向け、ワンカット撮るうちに夕陽は雲に隠れてしまった。臆病で恥ずかしがり屋の猫みたいだ。この橋は歩道橋とあるので勘違いしがちだが、小名木川に架かる橋で人と自転車しか通れない。お気に入りの撮影ポイントの一つである。

                            
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そろそろ10月なので高校の首都圏同期会の話があるかと思っていたところ、A君からメールが来てTさんからどうなっているのかと問い合わせてきたという。これには事情があって、昨年幹事だった私はA君とTさんを次の幹事に指名したのである。ところが万事積極派のN君が「今度新潟に越したが新潟は大変いい所だ。次の同期会はみんなに来てもらい新潟でやろう。宿などは何とかする」と言い出した。私も含め高齢化した昨今、大方は新潟など行けない。そのことは後でA君とN君が話し合い東京ということで納得したと聞いた。ただ幹事のツールはN君に引き継いだので、実質的な幹事はN君ということになる。N君は曲者で固定電話は通じない、ケータイには出ない、手紙に返事がない、メールはない、仕事も住所も毎年のように変わっているという困ったちゃんだ。同期会は開いても開かなくてもいいと思っているが、N君にかき回されるのだけはご免だ。少なくとも各メンバーとの連絡をきちんと取るべきだろう。なお、N君は現野辺地町長の従兄だとかと聞いたような気がする。

                          
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いきなり立ち上がったハリボテの一夜城「希望の党」にはビックリした。しどろもどろの若狭勝は気の毒なくらいだった。党代表の中山恭子に去られた中野正志も茫然自失だろう。ひるおび!では田崎史郎が「野望の党ともいうらしい」とつまらないジョークを飛ばしたが笑う者はいない。あらゆる手続きをすっ飛ばす大博打は、劇場型政治をも凌駕した3D政治だと言ってもよかろう。小泉純一郎を取り込み自民との差別化を図った「原発ゼロ」の旗もあざとい。あっちもこっちも党首が危険な暴走を始めている。

                             
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原燃ワガネ 

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急に暑くなったのでちょっと外を歩いたらぐったりした。朝7時に目が覚めたので寝不足でもあったが……。それと、夜になって目がやたらしょぼつき文字が見にくい。考えてみると、電車の中で眼鏡を掛け岩波文庫の『窪田空穂歌集』をずっと読んでいたせいだ。
少し前の文庫本は文字が小さく、すこぶる目が疲れることは誰しも感じているだろう(30年以上前の文庫などとても読めない)。もう一つの要因は電車内の照明だ。同じ都営新宿線でも、都営の車両と乗り入れする京王の車両ではかなりの差がある。照明だけでなく、壁材などのグレード感、シートの座り心地などいずれも私鉄に軍配が上がる。新宿線の一つ前の世代、最初のLED照明車両はとても本が読めないほど暗い。新宿線の車両はJR東と同じタイプのようだが、なぜか都営地下鉄にはチープ感が漂う。最近はスマートフォンやタブレットの利用者が多いので、車内照明は重要視されなくなっていくのだろうか。新聞読みには春・秋の強力な送風も煩わしい。

                               
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我が野辺地町は一時人口が2万人に近づき、市への昇格も取り沙汰されたというが、このところ1万3,000人台に留まっている。町から『広報のへじ』を送ってもらい毎月読んでいると、人口や世帯数の推移もさることながら、苦しい小自治体の現状が朧気ながら分かる。ついでに「おくやみ」欄や誤植もチェックし、封筒はありがたく再利用させてもらう。
町では6月下旬に「町長とみんなでしゃべる会」という集会を8会場で実施、町の施策を説明するとともに町民との質疑応答を行った。その内容が公報の9月号に載っているのだが、いささか気になることがある。役場庁舎の建て替え問題である。現在の庁舎は昭和29年落成で築64年、戦前の映画やテレビのロケに使えそうなくらい古い。建て換えはやむを得ないとも言える。一方、熊本地震で災害時の行政の中枢拠点として庁舎の重要性が再認識され、市町村役場機能緊急保全事業が創設された。建設費用の内、最大90パーセントを地方債として借りることができるようになった。ただし、この優遇措置を受けるためには、32年度までに新庁舎が完成することが条件となる。


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そこで目を付けられたのが、年間1世帯当たり約6,000円交付されている原子力立地交付金(いわゆる原発マネー)である。これを減額、つまり本来各世帯に渡るお金の半分または全額を町に入れ建設費の返済に充てようというのだ。新庁舎の規模はまだ固まっていないが、仮に全額町に入れば年約1億3,000万円が返済できる計算になるとか。だがそのためには、六ヶ所村の再処理施設が存在し続けることが絶対条件となる。危なくて脱原発などとても口にできなくなるのではないか。お金はちゃんともらうが口も出す、そのくらいのしたたかさがなくちゃこの世は渡れないぞ。

追記:野辺地ではすでに交付金の半額を減額し庁舎新築の初期投資に回している。また、新庁舎建設予定地は中学校の前の空き地だが、隣接する町長の潰れたガソリンスタンドを、どさくさ紛れに買い取らせるとかいう思惑も囁かれる。ここにも私物化が絡む。

                              
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