布団は冷たいが町は温かい 

                           
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思い出の松浦食堂。右の酒屋はお休み
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いやはや、今回の帰省(墓参)は雨風に祟られて散々であった。1日目(13日)は東京も雨で駅まで行くうちに手提げ袋の上に載せた新聞がビショビショになった。雨風が強いので墓参は中止、草取りも写真撮影もできないので、ローソンでカーネーション1本を買い仏壇にお土産と伴に供える。カーネーションは土の代わりに消臭剤と似たようなビーズが入っている。どのくらい持つものであろうか。夕食を食べ、飲んでいるうちに弟が絡み出したので、まだ6時だが早々に引き上げる。風呂は面倒だし私が入った後のお湯は捨てることになり、もったいないのでシャワーにするが当然寒い。ベッドは冬布団を掛けたので大丈夫だろうと思っていたが、夜中に風が強くなり、身体が温まらない。毛布を追加したがまだ寒く、PETボトルにお湯を入れて湯たんぽ代わりにしたが効かず、熱いお湯を入れてやっと寝付けた。

                    
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次の日は寝坊したので、昼ご飯を食べてから墓参りに行く。周りを掃除して花を供えるが、線香やろうそくは風が強いので立てられない。写真を撮り歩きついでに、本町の旧姓Aさんの薬局に寄り四方山話。中学のN先生が亡くなったという。N先生は音楽の担当で私をコーラスメンバーから降ろした事件の恨みが忘れられない。顛末についてはこちら(たかしくんに言わせると生徒虐待だという)。ついでに大根のど飴を1つ買う。家のまわりの草取りをするが、地面が濡れているので靴が泥だらけになってしまった。ダイエーのアイディアショップで買った狭いところの草が取れるという器具を使ってみたが、屈んでやるので膝と腰がけっこう痛くなる。結局、3分の1ほどはやり残した。
さて下町の途中に脇へ入る二股道があり、いつも歩いて撮っている道だが何となく気になっていた。今回たまたまそこにいた男性と話をしたところ、この道が江戸期の旧道だと聞かされた。道は川で途切れているが、かつては橋で川向こうの道につながっていたのだという。意外な情報だった。藤川旅館の横の道は新しい道だということになる。

真ん中の写真、右の道が江戸時代の旧道だという
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3日目も烏帽子のお山は姿を見せない。親戚のHさんのところへお土産を届け、写真を撮って歩くが天気が悪く遠出する気にならない。鳥居が壊れた石神様へ行ってみた。再度近所のYさんやUさんと話をする。石神様が財務省の土地であること、Uさんの本家(在北海道)から毎年しめ縄が送られてきていること、石神様は軽石なので年々小さくなってきていること(屋根を掛けるのが望ましい)、鳥居の廃材で賽銭箱を作ってもらったらお賽銭ごと盗まれたことなどの話を聞かされる。塩ビの鳥居が安価なので本家の人の意向も聞き、何とかご近所を纏めてもらえないだろうかなどと話していると、Uさんが私には荷が重すぎてできないと言い出した。とりあえず本家の電話と住所を聞いて置いてもらうことにする。確かに高齢のUさんに負担を掛けるべき案件ではない。帰り際にYさんはこっそり「(ご近所は)みんなこうなんですよ」と打ち明けてくれた。石神様の存続に責任を負わされたくないという思いらしい。

                
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もう一度お墓に寄り灯明だけ点けて懇ろに拝んでおく。帰り道、偶然役場の近くにGARDEN CAFEという小洒落た喫茶&雑貨の店を発見したので入って珈琲を飲む。広い店内はログハウスふうでテーブルやイスも手造りで纏められ、カントリーウエスタンが掛かっている。弟に聞くと彼の同級生の娘さん達がやっている店だそうだ。女性向けだというが、野辺地は喫茶店が少ないので続いてほしいと思う。

                    
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牡羊座と蟹座のカップルは不吉 

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連休中の一日、目黒美術館で「よみがえる画家-板倉鼎・須美子展」を、次の日は世田谷美術館分館・清川泰次記念ギャラリーで「清川泰次の写したパリ」を観る。
目黒は28歳でパリに客死した板倉鼎と、25歳で他界した妻須美子の画業を紹介していた。夫婦で渡仏して先端的な思想を吸収し、羽ばたき始めようとした矢先の鼎の急逝は無念。鼎が牡羊座の生まれ、須美子が蟹座で、その結婚は不吉な前途を予感させた。帰国した須美子と幼い子供2人も相次いで世を去っている。
世田谷は、画家の枠にとどまらない清川泰次が1954年にパリを撮った作品を展示する。もともと、立体カメラStereo Realistで2カットずつ撮影されたものだが、展示はその1カットをプリントしている。パリ裏通りのスナップが味わい深い。親交を深めた藤田嗣治がアトリエで裸のモデルを描く様子も撮影しており、帰国後その1枚が『アサヒカメラ』(1955年2月号)の表紙を飾った。なお、立体カメラの撮影画像を変換し、数カットを赤・青のメガネで見られるようにしたものが置いてあったが、私の左目は色覚が弱いのでうまく立体視できないものもあった。

                        
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「ウォーターゲーム」にはいろいろご意見をいただいたが、私自身内容をよく把握できなかった部分もあり、たまたま届いた元江東区議・前田かおるさんの区政レポートがうまく纏めていたので、その要約を引用する。
①水道事業での国と自治体の役割を事業計画の策定と実施から「水道基盤強化」へと変更し、事業の経営主体は水道事業者等とする。②水道事業に公共施設等運営権を新設する、等の内容となっている。この法案は公的責任を大幅に縮小し、計画と実施の責任を民間の株式会社が持つようにできる、民営化のための法案になっている。参照法であるPFI法を水道事業に適用する法案と言える。公共事業等運営権は自治体が施設の賃貸借兼は持つが、事業内容については運営する民間企業が決めるというもの。民営化すれば料金値上げもほぼ確実ではないか。PFI法では運営企業に破綻や不正があった場合、自治体が企業に損失補塡するとまで定められている。あまりにも露骨な企業の利益優先の法案ではないだろうか……。

                            
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高円寺北口でH君が営むバー鳥渡(ちょっと)に掛かっている林剛平写真展「雪の山、ブナの落ち葉、足の裏の肉球が弾む」は意外な拾いものだった。山形と新潟にまたがる山をテリトリーにするマタギの1グループにつごう5年間同行した記録だ。林は東北大の研究者で、3.11以降の放射線の影響を調査してきたという。この地域は日本の原発事故の放射線は極小となる代わりにチェルノブイリの放射線がまだ残っている。それを熊の肉と糞で調べるのだそうだが、淡々とした記録写真に凄みがある。何となく甲斐啓二郎のシリーズ作品を連想してしまったのは、タイトルの熊という字のせいばかりではなさそうだ。15日まで。

団地東側の工事内容が判明した。真ん中に道路を引き、両脇に2階建ての木造アパートが数棟できる由。2階建ては元が池で地盤が緩いせいではという声あり。
                             
                        

ウォーターゲーム 

知り合いの造形作家H氏が喉頭がんで放射線治療をしていると聞いた。手術すると声を失うので放射線にしたそうだが、治療の半ばを過ぎて食事が飲み込めない、皮膚が焼けるなどの副作用が出ているという。酒を飲むと赤くなりチビチビと何時間も飲むタイプで、それがよくないらしい。彼は私の弟と同じ歳だから心配だ。その1つ上の友人は脳梗塞で入院し一時は歩くことができなかったとか。リハビリがまだ続いているようだ。別の歳下の友人は昨年、硬膜下血腫で手術したとも聞いた。いわゆる団塊の世代の闘病体験が不安をかき立てる時代になった。いきなり過栄養社会に産み出され、高度経済成長下では自他共にイケイケの無理を多分に被った世代である。皆どこかにしわ寄せが来ていても不思議ではないだろう。

              
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テレビを買った。シャープのAQUOS19インチ。実は今まで使っていたテレビはソニーVIERA14インチで地デジチューナーがなく、レコーダーにつないで地デジ放送を視ていたので結構不便だったのだ。画面が小さいのはともかく、たぶん3.11の時だと思うが画面に傷が付き、それが日に日に大きくなる上、液晶の劣化も甚だしく見にくいったらありゃしない。価格コムで探すと、今ソニーは19インチクラスを出しておらず、有名メーカーではシャープ、パナ、東芝、日立となるが、実売価格やサイズでシャープに決めた。5年保証を付けて約2万5千円、PCボンバーという通販サイトが一番安かった。ネットで銀行からお金を振り込むと次の日到着した。

                   
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25日国会内で水道法の改正を巡る学習会が行われ、初めて警備物々しい衆院議員会館の中へ入った。当日Change.orgからのメールで知り、急いで駆けつけた。「プエンテ ~暮らしまつりごと~」というグループの主催で内容はこちら。森友問題のどさくさに紛れて主要農作物種子法廃止法案が可決された。これまで都道府県が管理していた農作物の種子が「自由化」され、重要な食の根幹が国際資本の猛威に曝される危険な事態になった。一方の水道法の改正は、現在市町村が運営する水道事業の人口減少に伴う水需要の減少、施設の老朽化、人材不足に対応し、水道の基盤強化を図るためとしている。所有権を自治体が保持し、運営権を民間事業者に設定できる制度を導入する。厚労省はこの上下分離方式を「コンセッション」と呼んでいる。麻生副総理は2013年TPPの交渉が進む中、米国の民間シンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)の講演で「水道を全て民営化します」と述べ驚かせたが、改正はその発言につながる第一歩だろう。

辻谷、山田、奈須の各氏
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法案を説明する厚労省職員
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水という生存権に関わるインフラがアベノミクス(死語か?)のツールにされてはたまらない。元農水相の山田正彦は「運営権の(民間への)譲渡を厚労省ははっきり言っていない。大問題だ」と発言した。先行したパリ市の水道民営化は失敗し再公営化されるなど、世界的に再公営化が趨勢となっている。水道法改正は80年代の流行の遅すぎた猿まねにすぎないとも言える。直面する水道事業の課題をまず議論の俎上に載せなければならない。

                      
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註:「ウォーターゲーム」のタイトルは、昨年東京新聞夕刊に連載された吉田修一氏の小説から借用しました。
                

夢十夜13 

7時に目が覚めたので、目覚ましを掛けて二度寝したら起きられず、寝坊して結局9時半起床。妙な夢を見てしまった。昔の仕事仲間に招集がかかり、以前のような部屋に集められている。私が行くと1つのテーブルに既に3人が座り、まさに始動せんとする態勢だ。別グループのSさんやKさんの顔もあった。仕事は数式ばかりぎっしり詰まった学術書。付箋がたくさん付いている。皆「これこれ、こういうのは手作業だよね」と張り切っているが、相変わらず手元照明がなく視力が心配になる。ゲラがまさに出ようとしている……。虫歯を治しに歯医者へ行く。女性の歯科医。左上の奥歯が腐っている。先生はなんとかかんとかと説明しているようだが話が分からない。知らないうちに注射を打たれたようだ。今日はこれで終わりか。だけどちょっと待て、私はN歯科クリニックで治療中なんじゃなかったっけ。この歯もそこで治せばよかったんでは? アチャー、今更引き返せない。いつも私はこんなことばかりしている……地震が来て建物が揺れ動き、患者達が顔を見合わせる。目が覚めた途端にイヤな過去を思い出し猛烈な自己嫌悪に襲われてしまった。

                       
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昨年ある同人誌に私の短歌を載せてもらったことは書いたが、次の号にまた俳句の作品と対で載せたいという電話があった。前回、洗いざらい出してしまったので……と辞退しようとしたが、もう台割りに載せられているようだ。そこで昔のメモやスクラップを引っ張り出したら、何とか1回分くらいの歌が集まりそうだった。今読めば赤面の至り的なものも多いが、それを纏めてページに組み、最後に新しい歌を強引に押し込もうとしたら、ある言葉がやはりどうしてもしっくりこない。再三ああでもないこうでもないと考えながらページをつくっていたので時間を食い、ブログの更新が後回しになってしまった。この歌は東京歌壇に出したものと同じだが、たぶん採用されまい。今年になって東京歌壇は不作が続いている。新聞短歌は人情の機微や街の移り変わりなどが主流で、私の歌のような虚仮威しは好まれない。

                      
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ジーンズがへたったのでダイエー大島店へ買いに行ったら、ジーンズの棚はなくなり品揃えがまるで少ない。同じジーンズは見当たらない。東大島店へ行ってみるとこちらはもっとひどい。2階の衣類や靴を含む生活用品の売り場が全廃され、一部は3階へ移ったが、フロアは既にドラッグストアに取って代わられていた。なお、東大島のダイエーは元忠実屋で、ダイエーに買収された。
経営危機のダイエーはイオンに吸収されたものの、凋落ぶりは半端じゃない。店が残っただけでもよしとしなければ。しかし、おかげで木曜の市が取りやめとなり、うるさい「もっくんソング」が消えたのは朗報だ。このため私は3年ほど木曜日にダイエーに行くのを止めてしまっていた。客を寄せ付けないほどうるさいキャンペーンソングで集客を図る、それが前時代の感覚だということに経営者は気が付かなかったのか。

                       
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中上健次とは誰か? 

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4月13日、今年も亡くなった弟のアパートを訪ね、高石(川崎市麻生区)の丘を一巡りして帰ってきた。弟のことは毎年書いているので詳しくは触れないが、彼が亡くなってもう16年。追悼の旅はまだしばらく続きそうだ。

             
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駅前のマクドナルドの裏手に五反田川が流れており、私製(?)の橋が架かっている。渡ったところに棕櫚というカフェがあるが、やっているのかどうか分からない。まず川とこれを撮るのが毎年の儀式。護岸の深い五反田川がクネクネと流れる丘陵地に、鉄道そして住宅街と飲み屋群が緊密な風景を形作っているのがこの地の特徴である。南口を撮り、陸橋を渡って北口へ出て津久井道を線路沿いに西へ歩き、GSのところから高石神社の方へ上がっていく。魚屋も馬頭観音もお地蔵様も、その上の中学校も変わらない。校庭では青い体操着の生徒たちが走り回っていた。
弟がいたアパートは今年もひっそり静まりかえっていた。平日のせいだけではなく部屋がだいぶ空いているようだ。アパートの桜の木は切られたが、近所の家の桜が満開の枝を延べていた。傍の丘の斜面も桜と菫、菜の花が満開であった。
そこから下って千代ヶ丘に出、細い用水路みたいな川筋を辿ってまた駅に戻るのが恒例のコース。途中の深ピンク色のベニトキワマンサクが見事だ。今年は細山調整池のゲートが開いていたので中へ入って少し写真を撮った。広大な谷間(普段は水は入っていない)に桜が見事な満開である。線路の南側を通って駅に着く頃には、夕陽が射してやっといい雰囲気になった。川っぺりに建つ小屋みたいな焼き鳥店では、女将がぼけっとテレビを観ていた。パチスロ店の駐車場周りを撮って、最後にドトールコーヒーに入る。誰とも口をきかない旅はこれで終わりだ。

                         
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土曜日はくまくま会例会で中上健次について写真家の渋谷典子が話すというのを知り、A氏を誘って参加した。場所は日大文理学部の百年記念館。くまくま会というのは、中上が創った熊野大学の聴講生による熊野を語る東京の会の略だが、主宰者が急逝したため今回で終了となる由。この日の参加者は20人余り。
会は中上の戯曲『かぬかぬち』の上演の一部始終を捉えたETVのDVDから始まる、この時写真家として同行し、かつ夫婦共々中上と親交のあった渋谷が語るエピソードの裡に、稀代の作家の実像を垣間見ることができた。中上唯一の戯曲とされる野外劇『かぬかぬち』は、壮大なスケールで新宮の神社跡を使って上演され、3日間で2,000人が観たという。かぬかぬちとは金属神のことらしい。中上にオーラはないと話していた渋谷だが、途中涙ぐむ場面もあった。それを指摘したA氏の眼力は鋭いと思った。最後は自己紹介で、中上ともくまくま会とも全然関係のない私にはきつかった。中上と小学の同級生だったという女性研究者も参加していた。中上をケンジクンと呼び手をつないだという。

               
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